第16話
店内はいかにも古風な純喫茶という感じで、茶色いシックな景色が広がっていた。大きなソファのある席に通され、光と万帆はメニューを見た。
「俺はメロンクリームソーダにする」
「あ、えっと、わたしは何にしましょう。おすすめはありますか」
「たまに女子高生の集団が、クレープを食べているのを見るな」
「じゃあ、チョコバナナクレープにしますね」
注文を告げた後、大きなソファのおかげで人目から解放されたからか、万帆はふうっ、とため息をついた。
「光くん、よくこんないいお店知ってましたね」
「母とよく来ていたんだ。いつもメロンクリームソーダを頼んでいた」
「それって……亡くなったお母さんの事ですか」
「ああ。父が厳しくて、あまり贅沢はしない方針だったのだが、父には内緒でよくこの店に来てな。母が亡くなってからも、たまに思い出して来ることがある」
「なるほど。わたしなんかと一緒でいいんですか」
「いや、むしろありがたいくらいだ。一人では少し恥ずかしいからな」
「光くんもそういう事思うんですね」
「まあな……」
ほどなくして、料理が運ばれてきた。
光のメロンクリームソーダは、ごく普通のメロンソーダにアイスが載ったものだった。
万帆のチョコバナナクレープは、クレープというよりオムライスみたいなサイズだった。バナナも丸一本分は載っている。
「ええっ、これ、すごい」
「中がアイスだから、早く食べないと溶けてしまうぞ」
「あっ、そうなんですか、じゃあいただきます」
万帆はクレープをとても美味しそうに食べはじめた。
光はメロンクリームソーダを飲みながら、ある疑問を覚えた。
以前、万帆とファミレスでデートした時、少食でこれ以上食べられない、と言って光が手伝ったことがあった。しかし今の万帆は、特大サイズのクレープを最後まで、ぺろりと食べきってしまった。
「……」
「ひ、光くん? どうしたんですか、わたしのことじっと見て」
「いや……間違いなく万帆さんだな。美帆ではないな」
「ええっ、なんで美帆が出てくるんですか。また騙してる、って疑ってるんですか?」
「そうではないのだが、以前の万帆さんは少食だっただろう。そのクレープ、よく全部食べられたな、と思っただけだ」
「あっ」
万帆はフォークを皿の上にぽろっ、と落とし、大きな音が響いた。
「美帆はよく食べていたからな。でも今目の前にいるのはどう見ても万帆さんだ。安心してくれ、俺はもう間違えない」
「どうやって見分けてるんですか?」
「なんとなく雰囲気でわかる」
「美帆は演技上手いから、わたしと似たような雰囲気もできますよ? 実際、一度騙されてましたよね」
「あ、ああ……実は外見上、万帆さんと美帆で違うところがある。ほんの少しの違いなのだが」
「えっ? そうなんですか? わたしたち一卵性双生児だから身体もほとんど一緒ですけど、何が違うんですか? 教えてください! 家族にも間違われるくらいなので、今度からそこを見てくださいってみんなに言います!」
万帆は、純粋に好奇心でそう聞いているらしく、目を輝かせていた。
「いや……そこはあまり見ない方が……」
「えっ? どこなんですか? 別に、怒ったりしませんから!」
「その……万帆さんの方が、少しだけ、胸が大きい」
「え」
万帆は、自分の胸に手をあてた。
「よ、よくわかりましたね。実は美帆よりわたしの方が一センチだけ大きいんです」
「そうだったのか。いや、しかしそれで見分けるというのも失礼だな。あまりじろじろ見ていいものではないしな」
「光くんは、別に見てもいいですよ」
「なに……?」
「だって、光くんはわたしの彼氏ですから。身体を見るのくらい、いいですよ」
いたずらっぽく笑う万帆。
光は、万帆の意外な言動に驚きながら、どこかデジャヴュを覚えていた。
目の前にいるのはたしかに万帆だが、美帆のようないたずらっぽい雰囲気がある。
「あっ、でも、時と場所は考えてくださいね……あれ、光くん、そんなにじろじろ見られたら流石に恥ずかしいです」
「いや、すまん。今日の万帆さんは、雰囲気が美帆のようだと思ってな」
「えっ……?」
「クレープは全部食べたし、言葉遣いはいつもどおりだが少し積極的な感じがする」
「そう、ですね……」
万帆はもじもじと、人差し指どうしをつんつん、と突き合わせはじめた。
「あの……わたし、少食だっていうの、嘘なんです?」
「何? なぜそんな嘘をつく必要がある?」
「ちょっと前に、しょーたんから聞いてますよね。わたし、昔ある男の子に告白したんですけど、その子が間違って美帆に返事したんです。それ以来、わたし、美帆と間違われないように、おとなしめのキャラに変えてみたんです。今はだいぶ慣れましたけど、昔のわたしは、今の美帆みたいな、やんちゃな感じに近かったんです」
「そう、だったのか……間違われたくないなら、髪型を変えるとかじゃ駄目なのか」
「それもやってみたんです。でも駄目でした。『髪の長い方が万帆、短い方が美帆』って覚えてくれるのは、一部のお友達だけで。髪の長い方が双子のどっち、って覚えてくれる人は意外に少なかったです。今の髪型、ふたりともお気に入りだから変えたくなかったですし。格好だけじゃなくて、まず雰囲気を変えないと駄目だって思ったんです」
「なるほど。その作戦は今、成功しているじゃないか」
「はい。多分、上手くいってると思います……でも時々、昔みたいにやんちゃな気持ちが戻ってくることがあって……でもそれを見られたら、光くんはわたしのこと嫌いになるんじゃないかって」
「そんなことはないよ」
「本当、ですか?」
「俺は今ここにいる万帆さん全体が好きなのであって、万帆さんの中から何が出てきても、それで嫌いになったりしない」
「ふええっ……」
光にまっすぐ見つめられ、そう言われたおかげで万帆は真っ赤になり、固まってしまった。
「ああ、いや、うん、その」
普通に恥ずかしいことを言ってしまった、と光はあとから後悔し、二の句が継げなくなる。
「ありがとうございます……さすがわたしの彼氏さんですね」
万帆が天使のような笑顔でそう答えたので、光はますます恥ずかしくなり、思わず目をそらしてしまった。
「あの……ずっと気になってたことを打ち明けられたおかげで、安心して、ちょっとお腹が減ってきました」
「何?」
「わたし、パフェも食べてみたいんですけど、頼んでいいですか」
「お、おう」
光は、万帆のことを決して嫌いにはならなかったが、特大クレープのあとにパフェを頼もうとする食い意地の強さには、普通に引いた。
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