第15話
終始ドタバタしていた生徒会合宿は、結局、光と万帆がふたたび付き合い始めるという形で幕を閉じた。
二人が交際していることは、二日目の朝に美帆から全員へバラされ、瑞樹は苦虫を噛み潰したような顔をし、泉は達観した表情でそれを受け止めた。
帰りの電車では、二人がけの席が並ぶ車内で、光と万帆が一緒に座っていた。
「なんか……ちょっと照れますね、ふふ」
「おう……」
一泊旅行の疲れもあって、会話は少なめだったが、二人の間にはとても幸せな空気が流れていた。
その後ろでは、犬猿の仲であった瑞樹と泉が並んでいた。
泉が電車の中でも勉強していたため、大した会話は発生しなかったが、
「……すんすん」
「……?」
瑞樹が泉の肩にもたれかかり、泉の髪の匂いをかぎながら眠っていた。
さらにその後ろの席では、翔太と美帆が座っていた。
「ねえ、しょーたん、何があったの」
「……」
「わたしの飲みかけのコーラ飲む?」
「……」
「そんなに倭文さんと一緒にお風呂入りたかったの?」
「……るせえ」
完全にへそを曲げている翔太。それは七割くらい美帆のせいなのだが、美帆は翔太が本当に泉のことを好きだったとは思っておらず、弟の見たことがない変化に戸惑っていた。
こうして明暗の分かれた電車は、皆を家まで静かに送り届けた。
* * *
帰宅後。
光は、あまり経験のない電車での長距離移動や、温泉、翔太とのキャッチボールなどの疲れから、自室で大人しくしていた。
万帆と再度、付き合う約束を果たした訳で、光にとっては大満足の旅行だった。もちろん温泉も心地がよく、新しい趣味にしたいと思うほどだった。
一つだけ、翔太が最後の最後にへそを曲げてしまった事が不可解だったが、美帆もついていたし、あまり深く考えないことにしていた。
軽めの夕食をとり、さっさと寝ようとしていた時、LINEの通知が鳴った。
万帆からだった。
『光くんへ
昨日は、私の下手な告白を受け取ってくれて、ありがとうございました。
私は弱い人間なので、泉ちゃんと光くんが本当に付き合うのではないかと思ったり、瑞樹ちゃんに光くんを取られてしまったのではないか、と心配で心配で、毎日夜も眠れませんでした(美帆はよく寝てました)。
一度は光くんから告白してくれたのに、それを断ってしまって、もう本当に駄目かな、と思ってました。でも心のどこかで、光くんはきっと私の気持ちに気づいてくれる、と思っていたところはありました。
ごめんなさい、うまく言葉にできないんですけど、とにかく、私はとても嬉しいです。
また、二人でちゃんとデートしたいです。
一緒にいたいです。
これからも、よろしくお願いします。』
光はドンキーコングのようにベッドを乱打し、喜びの舞を踊った。
三十分ほど狂喜乱舞したあと、ふと返信しなければ、と思ったが、もともと文通の経験がないうえ、嬉しすぎて今の気持ちを文字にすることなど到底できなかったので、結局、日付が変わるくらいの時刻に「また、デートしに行きましょう」という微妙な返事を送るだけだった。
* * *
週明けの、平日。
その日、光と万帆は朝から帰りのホームルームまで、特に会話もしなかった。再度付き合うことが成立したとはいえ、二人の間にはまだ、ぎこちない空気が漂っていた。
放課後になり、皆が教室を出始めたところで、光が動いた。
友達と話している万帆の近くへ行き、
「い、一緒に……帰ら、ないか」
と、声をかけたのだ。
光はとても恥ずかしかったが、これまでも様々なすれ違いで万帆の気持ちを裏切ってきた経験から、ここは自分で動こう、と決めていた。
案の定、二人は破局していると思っていたクラスメイトたちは、二人を遠目に見て口々に何かを噂している。えっ、あいつら復縁したの? と。
「い、いいですよ」
「じゃ、じゃあ、行こうか」
ひゅーひゅー、と男子たちにからかわれながら、二人は教室を出た。というか、二人とも恥ずかしすぎて、教室には長くとどまれなかった。
すたすたと逃げるように校門を出たところで、今度は万帆の方から話があった。
「あの……光くん、このあと予定ありますか?」
「特にない」
「だったら、どこか寄りませんか。わたし、ちゃんとしたデートも嬉しいんですけど、こういう風に学校帰り、なんとなくどこかへ寄り道するのも、ちょっと憧れてて」
「そうか。なら駅の反対側の出口に、俺が昔よく行っていた喫茶店があるから、そこへ行ってみようか」
「いいんですか? ありがとうございます」
この日、光は万帆と一緒に帰れれば十分だと思っていたので、この話に驚いた。光が案内した喫茶店は、いつか万帆とデートをする時に切り札として使おう、と思っていたものだったが、突然の誘いに全力で答えるため、今解放する事にした。
普段は通らない駅の反対側の出口にあるその喫茶店は、雑居ビルの二階で、狭い階段が入り口の少し入りにくい雰囲気の店だった。ショーケースに蝋細工でオムライスやパフェといったサンプルが置かれている、古風な店だ。
「すごい。わたし、こういうの初めて見たかもしれません」
「最近は見なくなったな」
はしゃいで、記念にスマホで写真を撮る万帆。まずは好印象だと、光は感じた。
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