第12話
生徒会長選挙の作業は、瑞樹たちが黙々とこなしたおかげで、夕食の前に終わっていた。
旅館で用意してくれた夕食をとり、少し休憩したあと、皆で温泉へ行くことになった。
「俺、さっき入ったからいいや」
翔太はあまり温泉に興味がないらしく、一人でゲームをしていた。
「そう。じゃあ、女子みんなで行きますか。この部屋を左に出て、一番奥にある大浴場の右側が女湯だから。山川くんはどうする?」
「ああ。俺はせっかくだからもう一回入りたい」
光は一人で楽しむお湯もいいと思って、再び入るつもりだった。
女子たちの支度よりも男子である光一人の方が早いので、先に部屋を出た。
大浴場の入り口まで行った時、後ろから誰かが走ってきた。瑞樹だった。
「あー、山川くん!」
「おう。何だ?」
「さっき言うの忘れてた。ここ、大浴場とは別に露天風呂があるのよ。さっき大浴場は入ったみたいだから、今度はそっちに行けば?」
「そうか。ならそうしよう」
何も知らない光は、瑞樹に教えられた露天風呂へ向かった。すでに暗かったので『混浴』の看板は見落とした。
* * *
「行ったな!」
女子たち四人が準備をしている中、瑞樹だけが抜け出したのを美帆は見逃さなかった。
「やっぱり、山川くんと二人で温泉に入るつもりだね」
「最終手段・色仕掛け、か……」
万帆と美帆は、慌てて支度をした。美帆は手に、長い竹の棒の先にビニール袋を吊り下げた、動物をおびきよせる罠のようなものを持っていた。
「あなたたち、先に行くの?」
置いていかれそうになった泉が、あわてて支度を早める。
流石に一人だけ置いていくのは可愛そうなので、万帆は事情を説明することにした。
「倭文さん。ごめんなさい、わたし、今晩、光くんと大切な話をしたくて」
「……万帆さん。もしかして、告白するとか?」
「そんな感じ。温泉にはあとで行くから、ちょっとの間、一人で入っててくれるかな」
「……わかったわ。上手くいけばいいわね」
泉はちゃんと話せば、理解してくれる、と万帆は踏んでいた。こうして美帆と万帆は、泉と翔太を残して部屋を出た。
「あ、そういえばしょーたんが倭文さんのこと好きだって!」
部屋を出る直前、美帆がテキトーな事を言って、
「はあ!?」
翔太の顔が真っ赤になった。これで足止め完了、である。
* * *
光は露天風呂に向かった。脱衣所が一つしかなかったが、そもそも温泉の経験があまりない光はそういうものかと気にせず、入っていった。
川に面した、とても空気のいい露天風呂。空を見上げるとちょうど綺麗な月が出ていて、開放感がある。湿気の立ち込める屋内の大浴場とはまた違う心地よさがあり、光は癒やされた。
その頃――
いちど女湯へ入るふりをした瑞樹は、そこでしばらく待ってから、露天風呂へ向かおうとしていた。
瑞樹が女湯の脱衣所で待っていることを確認した美帆と万帆は、先回りして、露天風呂へつづく通路の物陰にひそんでいた。事前の調査で、ここなら二人で隠れられる、とチェックしていた。
「瑞樹ちゃん、遅いね」
「山川くんが全部脱いでから入るつもりなんだよ。脱ぎかけの時だと逃げられるかもしれないし」
「な、なるほど」
熱弁する美帆は、先程部屋から持ってきた長い棒の仕掛けを通路に少しだけ出していた。
「本当にそんなので釣れるのかなあ……」
万帆が心配そうにビニール袋を見守る。
「大丈夫だよ。相手はあの瑞樹ちゃんだよ?」
ビニール袋の中に入っているのは、光がキャッチボールをしたあとのシャツである。
瑞樹が筋金入りの匂いフェチだということは、万帆も美帆も知っていた。この三人、中学時代は悪友だったので、女子どうしの下ネタは一通り話している。光が知ったらショックを受けそうな過激な内容まで。中学生の女子にはありがちな話である。
「あっ、来た!」
美帆が瑞樹を見つけ、体を引っ込めて、長い棒をちょん、ちょんと振る。
瑞樹は――
露天風呂へは向かわず、ビニール袋の方向へふらり、と歩いてきた!
「確保―っ!」
美帆は棒を捨て、瑞樹の背後から抱きついた。というか羽交い締めにした。
「ちょ、ちょっと、何!?」
「お姉ちゃん! 早く!」
「う、うん、ごめんね瑞樹ちゃん」
こうして、瑞樹を拘束し、万帆だけが露天風呂へ向かっていった。
「……あんた、どういうつもりよ」
羽交い締めにされたまま、瑞樹がとても怖い声で聞いた。
「ふふん。悪いね。わたしは瑞樹ちゃんよりお姉ちゃんの味方なのだ」
「美帆、あんた裏切ったわね」
「まー、今瑞樹ちゃんに嫌われたって他校のわたしには関係ないし? っていうか、瑞樹ちゃん、いいかげん負けを認めなよ。山川くん、お姉ちゃんにしか興味ないよ」
「……」
取り押さえられ、冷静になった瑞樹は、急にその事実を思い出していた。
この後、瑞樹は美帆の予想どおり色仕掛けをするつもりで、光が求めるなら何でもするつもりだった。既成事実を作ってしまう、という略奪愛にはありがちな展開だ。
しかし、どう考えても両思いの光と万帆が順当に付き合うほうが自然である。この場合、瑞樹は悪役。
「……ふええ」
美帆に説得されて目が覚めたのか、瑞樹は彼女らしくない変な声を出して、意気消沈した。
「ね、わたしたちと一緒に温泉はいろ? 倭文さん一人になっちゃってるし」
「はあ……わかったわ。でも一つだけ、お願い聞いてくれるかしら」
「なーに?」
「あのTシャツ、山川くんのでしょう。私にちょうだい」
「瑞樹ちゃん……」
美帆はドン引きした。
お前はそれでいいのか……という気持ちだった。
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