第6話

 万帆が、中学時代はもっとやんちゃだったと知り、今は変わってしまった理由を知りたい光。

 光が、万帆以外は全く眼中にないと知り、根本的に作戦を練り直す必要がある、と考える瑞樹。

 瑞樹が、実は光を狙っているのだと知り、どこか焦りを感じ始めた万帆。

 さまざまな思いが交錯する週明けの教室で、光は万帆のことばかり考えていた。

 自分が万帆とうまくいかなかった理由が、万帆の過去と関係があるような気がしてならない。しかし、万帆へ直接それを聞くことはできない。

 相変わらず、光と万帆とはこれまでのコミュニケーションが途切れ、すれ違いざまの会釈すらない日々が続いていた。

 光はどうしても万帆の過去を知りたいが、本人を飛ばして瑞樹や美帆から聞き出すのは、不義理な気がして、ためらわれた。

 結局、光は何も行動に移せないまま、下校時間となった。


「山川くん」


 下駄箱のところで、久しぶりに倭文泉から声をかけられた。


「おう」

「一緒に帰りましょう」

「お、おう……お前とはもう付き合っていないはずだが」

「お互い誰とも付き合っていないのだから、誰と一緒に帰るのも自由よ」


 倭文泉は、空気を読まないのだが、思考はロジカルだった。

 誰とも付き合っていないのだから、誰とでも帰れる。そう言われると、光は返す言葉がなかった。まあ、泉と一緒に帰るといっても、玄関から迎えの車が止まっている校門までなので、大したことではなかった。

 玄関を出ると、泉は急に、光の腕をがしっ、と自分の腕で包んだ。

 泉が、光の腕に抱きついているような形になる。

 そうなると、光の腕には、全ての男の希望と憧れがつまっている、女子の胸が当たっているわけで、流石に光もたじろいだ。しかし、振り払うと泉に怪我をさせてしまうおそれがあり、抵抗できなかった。

 歩きながら、泉は明らかにぎゅむ、ぎゅむ、と自分の胸に光の腕を押し当てていた。泉の顔は赤く、光の表情をちらちらと伺っていた。

 万帆しか眼中にないとはいえ、光も男である。その柔らかな膨らみの感触を意識せずにはいられない……のだが、あいにく泉の外見からは、胸に明確な膨らみが認められない。分厚いコートを着ているため、胸というよりコートの柔らかい感触がする。

 そんな訳で、光は理性を失うことなく、泉と一緒に歩いた。

 校門につくと、例の高級車の運転席で、家政婦である山科が二人を見ながら、くすくす笑っていた。

 

「ちょっと、山科さん! 話が違うわよ」


 泉が光のもとを離れて、山科に怒鳴りこんだ。山科は窓ガラスを開け、泉に向かって大笑いしていた。


「こうしたらほとんどの男子は女子のことを好きになるって言ってたじゃない!」

「ははははは、私が昔やった時は効果あったんですけど、泉ちゃんには無理でしたね」

「どういう意味よ!」


 どうやら、山科が余計なことを吹き込んだらしい。


「山川くん、ごめんなさいね。まさか泉ちゃん、本当にやるとは思わなくて」

「……もう帰ってください」

「はーい」


 こうして、呆れた光は、まだ不服そうな泉を高級車の後部座席へ押し込むように誘導し、さっさと帰らせた。

 光は、一人歩きながら、最初に泉から言われたことを思い出していた。


『お互い誰とも付き合っていないのだから、誰と一緒に帰るのも自由よ』


* * *


 光はいろいろ考えたが、万帆の閉ざされた心の扉を開くには、自分から動くしかなかった。

 そんな訳で、泉から言われた『お互い誰とも付き合っていないのだから、誰と一緒に帰るのも自由』という言葉を拡大解釈し、今の光と万帆は自由に話せる関係だ、遠慮することはない、という結論に達した。

 しかし、この日はもう放課後で、近くに万帆はいなかった。

 悶々としたままの光は、気持ちを抑えきれず、自宅には向かわずに万帆の家までふらりと行ってしまった。

 マンションだが、部屋番号は覚えているので、インターホンを鳴らせば入れる。しかし、万帆がいるかどうかは不明だ。美帆や、その他の家族が出てくるかもしれない。そもそも、いきなり家へ押しかけるなんて不躾である。まずはLINEなどからソフトな会話で入るべきではないか。しかし光は女子とのLINEなどうまくできない……

 万帆がいるマンションの部屋を見上げ、結局どうすることもできず、帰ろうとした時。

 光の後ろに、学ラン姿の男子がいた。

 その男子は、胸に校章の入った古臭い学ランの制服を着ていて、おそらく中学生くらいだった。男子にしては背が低く、光がでかいこともあり、少年が光の顔を見上げる形になった。


「あれ……今、ウチの部屋見てました?」

「君の部屋?」

「万帆姉と同じ制服、このデカさ……もしかして、美帆姉が言ってた万帆姉の彼氏?」

「っ!」


 この言葉で、光はこの少年が誰なのか、すぐに察した。

 美帆姉。万帆姉。

 万帆・美帆の弟である。間違いない。


「もしかして君は、江草万帆さんの弟か?」

「そうです! 翔太っていいます。今日は万帆姉に用事ですか?」

「あ、ああ……そんなところだが」

「俺と一緒に行きましょう!」

「し、しかし、俺と万帆さんは今、あまり関係がよくないのだ」

「喧嘩したんですか? 大丈夫ですよ、俺がなんとかしますから!」


 なんとかする? 一体何をどうするというのだ?

 理解できない光だったが、まさか家を眺めに来ただけだ、と言うわけにいかず、先導する翔太へついていくことにした。

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