第5話
瑞樹と光は、近くのよくある駅前カフェへなだれ込むように入った。
店へ入るまで、光はほとんど何も喋らなかった。相当なショックを受けているのだろう、と瑞樹は考えた。
光はコーヒー、瑞樹はカフェラテを頼み、席についた。
瑞樹は、向かいに座っている光の様子がおかしいことに気づいた。
光は、とても真剣な表情で何かを考えていた。ショックを受けて生気がなくなった、という感じではなかった。むしろ、全神経を集中させて、推理に入っているようだった。
「……あの二人、どうしたのかしらね?」
沈黙に耐えきれなくなった瑞樹が、先に話しはじめた。
「わからん。何もかもわからん」
「この前美帆が万帆ちゃんのふりして光くんを騙したみたいに、万帆ちゃんが美帆のふりして赤尾くんにいたずらしてたのかな?」
光のただ事ではないという雰囲気に押され、作戦内容をばらしてしまう瑞樹。しかし、光の感心はそこではなかった。
「その可能性はある。だが――俺が気になるのは、万帆さんがあんなに鋭いパンチを繰り出したことだ」
「えっ、そっち?」
「ああ。俺の知る万帆さんは、とても大人しくて、怒ったとしてもあのような攻撃はしないと思っていた。もしかしてあれは美帆だったのではないか、とすら思っている」
「美帆は演劇部の練習で間違いないわよ。あの子、ちゃらちゃらしているように見えて部活には熱心だから。やっぱり、急に近づかれたら驚くし、あれくらいされても仕方ないんじゃないの?」
「……」
瑞樹は、光が自分の目をじっと見ていることに気づいた。
強面の光である。まるで人を殺しそうな強い目線に、瑞樹はたじろいだ。
「……何か隠しているな?」
「ひっ」
まずい。
光は、何かを察している。
瑞樹が今回の入れ替わりデートを仕組んだことにはまだ気づいていないようだが、何らかの陰謀に巻き込まれている、ということに光の直感が到達しそうだった。
「清宮。お前は、万帆さんのパンチを見ても特に驚いていなかったな」
「そ、そうだけど」
「何故だ?」
策士の瑞樹も、光にじっと見つめられたら、隠すことができなかった。
「え、えっとね、信じられないかもしれないけど、万帆ちゃん、中学の頃はもっと、美帆みたいにやんちゃで、活発な子だったの」
「なに……?」
「だから、あのパンチを見た時は、驚いたというより、久しぶりに万帆ちゃんの昔の姿を見たような気がして、ヘンに納得してしまったわ」
「そ、そうだったのか……なぜ今は、あんな性格になってしまったんだ」
「それは……」
瑞樹が目を逸らした。
「とある事件があってから、万帆ちゃんは急にああいうおとなしい子になってしまったの。私は、というか私の中学の子はみんな知っているのだけど……万帆ちゃん本人が周りにそのことを言っていないから、私の口から言うのは、ちょっと」
なんとか耐えた。えらいぞ、私。
瑞樹はそう思った。光は納得したらしく、両手で顔を覆った。やっとあの恐ろしい表情から解放され、瑞樹はほっと肩をなでおろす。
「そうか……確かに、本人が隠していることを無理やり聞き出すのはよくないな」
「うん、そうね。山川くんが万帆ちゃんともっと仲良くなって、本人から聞けばいいと思うわ。大丈夫、一回振られたくらいじゃまだ全然チャンスあるから」
「ああ……すまない。今日はもう帰るか」
「えっ、あっ、はい」
こうして、瑞樹と光は別れた。
光が先に帰り、一人駅に残った瑞樹はとても虚しい気持ちになった。
光はどんな状況であっても万帆のことしか考えておらず、自分の事など眼中にないと、この時確信してしまったのだ。
* * *
一方、例の万帆が赤尾を腹パンした現場では。
光と瑞樹がその場を去った後、しばらくして、もうひとり新しい人物が現れた。
美帆である。
「な、なにごとー!?」
倒れてうずくまる赤尾と、申し訳なさそうにそれを見つめる万帆。
そんな二人を見て、美帆は慌てて駆け寄った。
「お姉ちゃん、赤尾くんと何してるの!」
「ご、ごめんなさい、赤尾くんのお腹殴っちゃった」
「えっマジ? 赤尾くん、お姉ちゃんのガチの腹パン食らったの?」
赤尾はこくこく、と倒れたままうなずく。
「それはやばいね。三日くらい痛みが引かないかも。赤尾くんお大事に」
「そ、れ、だ、け、か、よ」
「あー、はいはい、とりあえず立とうか」
美帆は赤尾を引っ張り起こして、近くのベンチに座らせた。万帆、美帆も一緒に座る。
「お姉ちゃん、赤尾くんと何してるの?」
「……この前の仕返し?」
「あー」
ずいぶん短い会話だが、一卵性双生児である美帆と万帆はすぐに理解していた。
「お姉ちゃんでもそんなことするんだ。ちょっと意外かも」
「美帆、怒らないの?」
「んっとねー、お姉ちゃんには怒らないけど、お姉ちゃんにデレデレしやがったこいつは死刑」
ずむ、と美帆が赤尾の足を踏んだ。
「ぐわっ!」
「そ、そのへんにしときなよ。赤尾くんはいい人だったよ。突然壁ドンされた時はびっくりしたけど」
「ああーん? わたしにもそんなこと、したことないよね?」
美帆がぐりぐりと赤男の足を踏みにじる。
「ま、待て待て、これは命令だったんだよ」
「命令? 誰の?」
「万帆さんの高校の、清宮さんって人に、そうしろって仕組まれたんだ」
「あー、なるほど、なんか読めてきたぞ」
「美帆、心当たりがあるの?」
「えっとねー、実は今日、瑞樹ちゃんがわたしの予定聞いてきたんだ。予定聞くだけで遊びの誘いがなかったから、怪しいと思ってここに来たの」
「そうだったんだ……実は、わたしも清宮さんに、今回の仕返しを提案されたの。たまには妹を見返してみないか、って」
「なるほどなるほど。よくわかった。瑞樹ちゃん、ほんっと性格悪いなあ」
「清宮さんが? でも、こんなんことして清宮さんにメリットないよね?」
「あるんだな、これが」
万帆は首をかしげた。まだわかっていないらしい。
「どういうこと?」
「はあ。瑞樹ちゃんに怒られそうだけど、もう言っちゃうかー。お姉ちゃん、わたしがばらしたことは内緒だよ?」
「うん」
「瑞樹ちゃんはね、山川くんのことが大好きなんだよ」
「えっ……!?」
「多分だけど、最近お姉ちゃんに彼氏ができたとかいう噂が立ってたみたいだから、それを利用して、お姉ちゃんに本当に彼氏がいることにして、山川くんを諦めさせようとしてるんだよ」
「ええ……」
完全に当たってはいなかったが、美帆の推理は的を得ていた。
「お姉ちゃん、早くしないと瑞樹ちゃんに光くんとられちゃうよ? あんなにいい人がお姉ちゃんのこと好きだなんて、多分もう一生ないよ?」
「なんか、すごい失礼なこと言われてる気がする……」
「まあね。でも瑞樹ちゃん、ほんとに手段選ばないから。お姉ちゃんにその気があるなら、急いだ方がいいよ」
「うーん……」
「ま、いいや。わたし、部活で疲れたからもう帰ろ。あ、こいつが何したか全部教えてね。お姉ちゃんにエロいことしてたらその回数だけコロス」
こうして、万帆と美帆は帰っていった。
一人公園のベンチに残された赤尾は、力なく、小さな声で一言だけつぶやいた。
「あの二人、マジで見分けつかないな……」
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