第4話

 万帆に入れ替わり作戦を提案したあと、瑞樹は美帆の彼氏である赤尾洋一郎にアポをとった。瑞樹は中学時代からみんなの前に立つタイプで、顔が広いから、中学の友達のツテをたどれば他校の男子であっても、接触するのは簡単だった。

 瑞樹はわざわざ赤尾の通う高校の近くまで赴き、近くのファミレスで作戦会議をした。


「というわけで、万帆ちゃんのために一肌脱いでくれないかしら」


 瑞樹が提案したのは、万帆との簡単なデートコースと、最後に壁ドンしてキスを迫ることだった。

 ただし、キスは未遂にする。おそらく万帆が拒否するだろうが、拒否しなかった場合は、赤尾の方から「実は妹の万帆さんだよね? 気づいてたよ」と種明かし。


「それ、僕に何のメリットがあるんですか?」


 一通り、おとなしく聞いていた赤尾は、おもむろにそう言った。

 瑞樹は固まった。赤尾のメリットなど、ないに等しいのだ。

 万帆が赤尾と仲良くしているところを見せつけ、光にショックを与えることだけが瑞樹の目的であり、赤尾にとってのメリットはなかった。むしろ、これで美帆との関係が悪化したら、赤尾にとってはデメリットともいえる。

 だから、瑞樹は赤尾に納得できる理由を説明しなければならなかった。


「えっとね、たしかに赤尾くんが得することは、ないのかもしれないけど……その、万帆ちゃんって、美帆と違って恋愛運がないのよ。自分から告白したら絶対失敗する、っていうジンクスがあって。つい最近、別の男の子とトラブルがあったの」

「ああ、それは美帆から聞いたんですけど。僕にできることは、ない気がしますね」


 この赤尾という男、近くでみるとなかなか整った顔立ちで、美帆にはもったいないほどのイケメンなのだが、思考は論理的で、なかなか手強かった。


「いやいや、赤尾くんなかなかのイケメンだし、デートできるだけで女の子にとっては自信になるのよ」

「そういうもんですかね?」

「そういうものよ」

「美帆に許可とっておいてもいいですか?」

「それはダメ。美帆には内緒でやってほしいの」

「そんな事したら、僕にとっては浮気みたいなものじゃないですか」

「大丈夫。美帆、万帆ちゃんと入れ替わって、万帆ちゃんと仲良くなってた光くんを陥れた前科があるから。今回の件でおあいこなのよ」

「……よくわかりませんが、それで万帆さんは幸せになれるんですね?」

「ええ! 約束するわ」

「じゃあ、やってみますよ。美帆、万帆さんを僕に紹介するの、頑なに嫌がっていたので、一度会ってみたかった、というのはあるんです」


 こうして、赤尾の合意を取り付け、瑞樹の作戦が実行されることになった。


* * *


作戦は、青柳駅の近くで実行された。

瑞樹はまず、光を呼び出した。『美帆から、万帆ちゃんに関する相談がある』という適当な話をでっち上げた。万帆の話題だったら、光は何でも食いついてくると、瑞樹は読んでいた。

 案の定、光はのこのこと現れた。

 しかし当日になって、美帆は演劇部の練習が入ったので、青柳駅へ来れなくなる、という設定。実際には、その日美帆が部活だと、かなり前から確認していた。

こうして瑞樹と光、二人だけが青柳駅へ集まった。


「ごめんなさい、美帆は来れなくなったみたい」

「何? だったら今日はすることがないな」

「ちょ、ちょっと待って、あれ見てよ」


 ちょうどこの時、赤尾と万帆の二人が、通りの反対側を歩いていた。


「むっ、あれは、美帆と例の彼氏か」

「……美帆は演劇部の練習に行っているはずよ」

「っ! ということは、あれは万帆さんか。ああ、よく見ると万帆さんだな」


 瑞樹は、遠目に万帆と美帆を見分けることはできなかったのだが、光にはわかったらしい。


「何故、あの二人が一緒にいる?」

「私にもわからないわ。とにかく、後を追ってみましょう」


 二人が一緒にいるのはもちろん瑞樹のせいで、この通りを歩くタイミングは、光がここへ来る直前に、瑞樹が万帆へ送ったLINEメッセージで決めているのだが。

 瑞樹はわざとらしく、二人のあとをつけ始めた。

 路地裏にある小さな公園に、二人は入った。というか、赤尾が万帆の肩をやや強引に掴んで、一瞬にして、さっと光たちの視界から消えた。


「なっ!」

「おっ!」


 光は突然の出来事に驚いた。瑞樹も、さすがは演劇部、女の子の肩を掴んであんなに機敏な動きができるなんて、と感心していた。

 気づかれないようゆっくりと、光たちは万帆たちが見える位置に移動する。

 万帆が、壁を背にして、赤尾に追い詰められていた。

 

「あ、あれって」

「どういう事なんだ……?」


 何らかの過激なスキンシップが始まる雰囲気。光にとっては、そもそも万帆がなぜ赤尾と一緒にいるのか、ここまで過激なことをしているのか理解できず、今はただ状況を見つめるしかなかった。

 息を飲んで、二人を見守る。

 瞬間、赤尾が壁ドンを決めた。


「っ!」


 光は見るに堪えない、といった顔をしている。これは効いているな、と瑞樹は思った。

 しかし、この後、想定外の事態が発生する。


「きゃっ!」


 驚いた万帆が、反射的に赤男のみぞおち辺りにパンチを決めたのだ。


「ぐふっ」


 綺麗なストレートパンチで、赤尾は耐えきれず膝から崩れ落ちた。

 予想外すぎる出来事に、光は言葉を失った。


「ぐあ……あっ……」


 のたうちまわる赤尾に、万帆が「ご、ごめんなさい!」と謝っている。


「何なんだあれは」

「まずい、万帆ちゃんがこっち見てる、行きましょう」


 まだ気になっている光の腕を強引に引っ張り、瑞樹はその場を離れた。

 万帆が赤尾に腹パンを決めたのは全くの予想外だったが、どのような場合でも、瑞樹は万帆によるネタばらしが行われる前に、光とこの場を離れる必要があった。瑞樹の真の目的は、光にショックを与えることなのだから、作戦を仕組んでいること自体、気づかれてはいけない。

 実際、万帆は光たちの方を見ていなかったのだが、瑞樹がわざとらしく言って、無理やり光を連れ去った。


「何なのかしらね、あの二人。万帆ちゃんは、美帆の彼氏に手を出すような子じゃないと思うけど」

「ああ……全くわからん……」


 瑞樹が仕組まなければ絶対に会わなかった組み合わせであり、光が理解できないのも無理はない。完全に作戦を掌握しているのは瑞樹だけなのだ。


 さて、ここからが瑞樹の正念場になる。

 失恋をした男は――それを慰めてくれる女に、簡単に落ちる。

 瑞樹は、そう信じていた。

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