第3話
こうして万帆の新しい彼氏疑惑は晴れた訳だが、週明け光が学校へ行くと、周囲の男子たちからの哀れみの視線が、さらに強くなっていた。男子だけでなく女子からも、そのような視線を感じた。
一体何事なのだろう。
そう思った光は、昼休み、福永大地と谷亮太に話を聞いた。
「あー、山川マジドンマイ」
亮太がまずそう言った。先週よりも気持ちがこもっているように聞こえた。
「何故そんなことを言うんだ?」
「聞いてねーのかよ? 江草さん、この前とはまた違う男と青柳モールを歩いてたって」
思いもよらない亮太の発言に、光は地面が揺れたような衝撃を覚えた。
万帆に新しい彼氏などいない。そう確信した矢先のことだったのだ。
「な、に……?」
「この短期間で二人も、いや山川入れたら三人も乗り換えるとか江草さんマジやべーわ」
「俺は見間違いだと思うけどな。江草さんはそういうキャラじゃないだろ」
大地がフォローを入れて、光は正気を取り戻した。
「そうだな……また聞いてみるか」
「誰にだよ?」
「江草さんの双子の妹にだ」
「直接聞くんじゃねーのかよ!」
大地はやや呆れていたが、まだ今の光には万帆と直接話す勇気がなかった。
放課後。例によって家庭科準備室に瑞樹を呼び、例の噂のことを話した。
「私も聞いたわ、それ。気になるから美帆に聞いてみる」
瑞樹が美帆へLINE通話を発信し、光も一緒に聞いた。
『なにー?』
「あんた、先週の土曜、彼氏と青柳モール行ってたの?」
『えー? 土曜は瑞樹ちゃんと一緒にいたじゃん。青柳モールは行ってないよ』
「そうだけど。万帆ちゃんがこの前とは別の男と青柳モール歩いてたって噂になってるのよ」
『あー、えっとねー、それ多分しょーたんの事だよ』
「しょ、しょーたん?」
『瑞樹ちゃんに言ってなかったっけ? わたしたちの弟の翔太。しょーたん』
そう言えば光が万帆の家へ行った時、万帆が弟の部屋へこもっていた。光は一人っ子なので、このお年頃で弟と一緒に買物へ行くのが普通なのか、よくわからなかった。
「弟と一緒に買物行ってたってこと?」
『うん。お姉ちゃん、わたしと違って一人で買い物とか行けないから、たまにしょーたんに頼んで一緒に行ってるよ』
「あんたたち、仲いいのね」
『んとねー、わたしたちはしょーたんの事大好きなんだけど、しょーたんはわたしたちの事そんなに好きじゃないんだよね』
「何それ。 弟って何歳?」
『三こ下だから、中二だよ』
「なるほど。だったら姉弟で歩くのは恥ずかしくなるお年頃ね。仕方ないか」
『わたしたちはしょーたんのこと嫌いになったことはないんだけどなあ。どうしたらいいかな?』
「知らないわよ。あんたの彼氏にでも聞きなさい」
『つめたーい』
こうして通話は終わった。
光は胸を撫で下ろした。今回も、新しい彼氏が出現した訳ではなかったのだ。
「はあ。意外としょうもない話だったわね」
「ああ。しかし、双子は大変だな。美帆のいる高校の生徒に目撃されたら、美帆に新しい彼氏ができたんじゃないかと、勘違いされそうだ」
「ややこしいわね。本当に似てるもんね、あの二人……そういえば、山川くんはちょっと前、万帆のふりした美帆に騙されたのよね」
「そうだ。美帆の存在を知らなかったとはいえ、途中まで気づかなかったのは一生の恥だ」
「ふーん……いいこと思いついたかも」
「何だ?」
「あっ、何でもない。私と美帆の話だから」
「そうか」
最後に瑞樹がとても怪しい顔をしていたので、光は怪訝に思った。しかし、それよりも万帆に新しい彼氏がいない、とわかったことが嬉しくて、この日はさっさと帰った。
* * *
結局、万帆に新しい男ができたという話は、本人が周囲から聞かれたときに否定した事もあり、徐々に収まっていった。
光は安心した訳だが、一方、瑞樹は別の作戦を考えていた。
もちろん、瑞樹が光を手に入れるための、あくどい作戦である。
とある放課後、瑞樹は万帆に声をかけ、二人で話した。同じ中学出身とはいえ、瑞樹と万帆は普段あまり話さなかったので、万帆はおどおどしている。
「えっと、なんでしょう……?」
「万帆ちゃん。美帆に復讐したくない?」
「ふくしゅう……? 勉強なら一人でできますけど」
穏やかな正確の万帆は「ふくしゅう」と聞いて「復讐」が出てこず、授業でよく聞く「復習」だと思ったらしい。こんなピュアな子を陥れていいのか、と一瞬、瑞樹は良心を痛めたが、光を手に入れるため手段は選ばないと心に決めていたので、続けた。
「この前美帆が万帆ちゃんのフリして、光くんを騙したでしょ」
それを仕組んだのは瑞樹なのだが、万帆はまだ知らない。
「ああ、はい。それが何か?」
「美帆に彼氏がいるらしいじゃない。今度は万帆ちゃんが騙してやるのよ」
「えっと……美帆に彼氏がいるのは知ってますけど、別にわたしはちょっかい出そうとか思ってないですよ。そもそもわたし、美帆と違って演技力ないから、騙せないと思います」
「そこは大丈夫よ。美帆の彼氏の性格とか、好きな事とか全部私が調べておいて、万帆ちゃんはセリフを読めばいい、くらいの感覚でいいから」
「でも……そんな事してどうなるんですか? 美帆は、私の彼……じゃなくて、仲良くなった光くんのことを知れて面白かったと思いますけど、私は美帆の彼氏のこと、そんなに興味ないです。というか、こっちが聞かなくてもしょっちゅう彼氏の話してますし」
「ふふ。確かに騙すだけなら、つまらないわよね。だから美帆に、万帆ちゃんが美帆の彼氏と一緒にいるところを見せつけるのよ」
「ええっ……?」
「さすがの美帆でも、彼氏が姉とイチャイチャしてるとこ見せつけられたら嫌でしょ。万帆ちゃん、恋愛に関しては中学の時から美帆にずっと、やられっぱなしじゃない」
「……っ」
一瞬、万帆がとても苦しそうな顔をした。
効いてるな。性の悪い瑞樹は、そんな万帆の様子をすぐに感じ取った。
「一回、美帆をギャフンと言わせて、流れを変えましょうよ」
「……」
「いいの? このまま妹に邪魔されてばっかりの姉で」
「……ちょっと考えます」
これで二人は別れたが、瑞樹は、万帆は美帆への復讐に動くだろう、と確かな手応えを感じていた。
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