第2話
週末。
瑞樹の作戦で、美帆を呼び出した。
一緒にファミレスで期間限定の苺パフェを食べる、という甘い誘いに、美帆は「行くいくー!」とあっさり乗ってきた。
待ち合わせ場所には、瑞樹と光が待ち構えていた。
「あれ? 山川くんも一緒?」
不思議がる美帆。瑞樹と光は二人で美帆の両腕を掴み、近くのカラオケ店へ連行した。
「えっ、ちょっと、なにこれ!」
カラオケルームに連行された美帆は、一人だけぽつんと椅子に座らされた。その両脇で、瑞樹と光が鬼のような顔をして立ちはだかっている。
「美帆、あんた、私たちに隠してる事があるでしょう」
「えっ? 別にないけど。山川くんはともかく、瑞樹ちゃんに隠す事なんかないよ。わたしたち親友でしょ?」
「先週まではね」
瑞樹がいつになく厳しい表情なので、美帆はガチで怒ってる、と勘付きはじめる。
「あれ……ほんとに隠し事とかないんだけど、もしかしてお姉ちゃんと間違えてない?」
「違うわ。万帆ちゃんが山川くんに振られてすぐ彼氏作る訳ないでしょ」
「彼氏?」
「美帆。あんた彼氏いるでしょ」
「えっ、いるけど」
美帆はあっさりと答えたので、光は拍子抜けした。同時に、万帆に彼女がいるわけではなさそうだ、とわかって心の底から安堵した。この件、瑞樹はただひたすら美帆に嫉妬しているが、光としては万帆の様子が気になるばかりだった。
「なんで言わなかったのよ!」
「だって別に聞かれてないじゃん。なんでわかったの?」
「先週、青柳モールで万帆ちゃんと他校の男子がデートしてたって噂になってるのよ。万帆ちゃんは山川くんに振られたばっかりで、すぐ他の男子と付き合いはじめるとは思えない。だからあんたしかいないと思ったの」
「あー、先週青柳モールでデートしてたのはわたしだなあ」
「キスしてたって話なんだけど、本当?」
「んー、しょっちゅうしてるから覚えてな――ごふっ」
瑞樹が美帆に腹パンを入れた。全力ではなかったが、かなり効いている。
「うげえ、暴力反対~」
「私、全然知らなかったわよ。女友達なんだから彼氏のことくらい話しなさいよ」
「えー、だって恥ずかしいじゃん……ごふっ」
また腹パンを入れられる美帆。耐えかねて、光の背後に隠れた。
「山川くん助けて~」
「断る」
「ええ~、山川くんは割と誰でも助けてくれる人だと思ったのに」
「今回の誤解で、俺は万帆さんに彼氏ができたのではないかとショックを受けた。万帆さん自身も、妙な噂で少なからず迷惑しているだろう。誤解を与えたお前の責任は大きい」
「そうよ。だからさっさと私に、彼氏できた、って言えばよかったのよ。万帆ちゃんの双子の妹の美帆ちゃんには彼氏いるよ、って私が噂流しておけば、今みたいなヘンな話にはならなかったでしょう」
「そこまで考えてないよ~。ってか、他人の彼氏のことくらいほっといてよ」
瑞樹が、美帆の隣に座った。腹パンを二発与えたことで気は晴れたらしい、光も合わせて、美帆の隣に座り、瑞樹と二人で挟んだ。
「で、いつから付き合ってるの?」
「んっとねー、夏休みの終わりくらいかな」
「どこで出会ったの?」
「夏休みに、演劇部で他校と合同の合宿があって、そこで気に入ったからわたしから告白したよ」
「なによ、あんた積極的じゃない」
「わたしが積極的というか、すごく気が合ったんだよね。絶対いけると思ったもん」
「他校の子なのね? あんたの高校の子もけっこう知ってるけど、私の知らない子なのね」
「うん。溝上高の子だから絶対知らないと思うよ」
溝上高は、光たちの住む青柳エリアから電車で三十分以上かかる隣町。交流がなくて当たり前だった。
話を聞きながら、光は妙に納得した。万帆と美帆が入れ替わってデートした時、万帆とちがって、美帆は男子と一緒にいることを恥ずかしく思っていなかった。すでに慣れていたのだ。
「付き合ってるのは、秘密なの?」
「最初は秘密だったけど、演劇部関係の人たちにはみんなバレちゃったから、今はもういいやって感じ」
「……で、どこまでしたのよ」
「ええ~、それ聞く? 瑞樹ちゃんはともかく山川くんに知られるのは恥ずかしいなあ」
「いいじゃない。青柳モールでキスしてたとか噂になる子がいい子ぶってるんじゃないわよ」
「まあ、処女の瑞樹ちゃんにこの微妙な気持ちはわかんない――ごふっ」
また腹パンが入った。だんだん瑞樹の私怨が強くなってきた、と感じ始めた光は、このへんで許してやってもいいんじゃないか、と思い始めた。
「しかし、双子は大変だな。まさか彼氏を間違えられるとは」
「ほんとそーだよ。わたし、全然そんなこと思ってなかったもん。今日帰ったらお姉ちゃんに謝っとく」
「そうしてほしい。お前のせいではないような気もするが、何はともあれ誤解が広まってしまった」
「ねえ、写真見せてよ」
光が場を収めようとしたが、瑞樹は依然として女子の恋バナモードのままだ。
「えっ、やだよ」
「いいじゃない、みんな知ってるんでしょう?」
「瑞樹ちゃんに見られるのはなんかやだ」
「待受とか設定してるんじゃないでしょうね」
「ぎゃーっ、携帯を奪おうとするなーっ!」
瑞樹と美帆がもみ合いになっていた頃、光は部屋の外に一人の男子が立っているのを感じた。
その男子は、美帆をじっと見ていた。しばらくして、光のことをきつい目で睨んできた。
光は直感した。
「おい、あそこにいるんじゃないか?」
「えっ? あっ、赤尾くんもう来てる!」
美帆が慌てて、部屋のドアを開けた。
「どういう状況?」
赤尾くんと呼ばれた男子が言った。ルックスは普通で、少し背が低いくらいの特徴しかなかった。しかし表情にはなんとも言えない、笑顔とも憎悪ともとれる複雑なものがあった。さすが演劇部、いつも仏頂面の自分とは違う、と光は思った。
「んっとねー、怖い人たちに拉致されてたの」
「拉致……?」
赤尾は、主に光を睨んでいた。どうやら光が美帆を誘惑しているのではないかと、誤解しているらしい。
「いや、すまない。俺は……そこの美帆さんの姉の万帆さんと関わりがあって、いろいろ話を聞いていたんだ」
「ああ、この前美帆が言ってたお姉さんに告白した人?」
「そだよ。お姉ちゃんに告白した人」
どうやら二人で共有されているらしく、光は急に恥ずかしくなった。
「ご愁傷さま」
「ああ……」
結末まで伝わっているらしく、笑われてしまった。
「なんで彼氏さん、ここにいるのよ」
「え、だってわたしたち、瑞樹ちゃんとパフェ食べ終わった後二人でカラオケするって約束してたもん」
美帆は赤尾の隣に立ち、腕をぎゅっと掴んだ。
その姿を見て、光と瑞樹は「この二人、本当に仲がいいんだな」と実感した。これまで万帆や倭文泉といった、少し癖のある女子と光の関係ばかり考えていたので、最初から相性のいい美帆と赤尾のようなカップルを見ると、急に拍子抜けしてしまった。恋愛って、条件さえ合えばこんなにすんなりと進むんだな、と。
「……邪魔しちゃってごめんなさいね。山川くん、行きましょう」
「お、おう」
光と瑞樹は、敗北感に満ちたままカラオケ店を出た。
帰り道、二人でファミレスに寄り、期間限定の苺パフェをやけ食いした。
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