第三章

第1話

 山川光、江草万帆、倭文泉。

 それぞれが皆、自分の意志に反して、失恋を経験した冬。

 ショックを受けていても、学校生活は否応なく進む。

 清宮瑞樹は、三人の失恋をよそに、自らの野望を進めていた。

 三人には悪いが、瑞樹にとっては絶好のチャンスだった。

 まず万帆と付き合えなかった光に寄り添い、惚れさせる。どれだけ万帆のことが好きでも、振られた直後は男女共に弱くなっている。近くに優しくしてくれる異性がいれば、九割がたそちらに意識が行ってしまうものだ。

 これで、思いを寄せている光との交際を確立させる。

 加えて、生徒会長選挙のライバルである倭文泉が、光との一件でノックアウトしてしまった。察するに、泉はこれまで恋愛感情を体感していなかったが、光との交流で急に意識し始めている。いくら冷静沈着な泉といえども、しばらくは落ち着いていられないだろう。今頃は、光のことを視界に入れるだけでドキドキしてしまうような、乙女心に支配されているのだ。

 しかし光が泉との仲を復活させることはまずないので、泉にはこのまま光への片思いを続けてもらい、その隙に自分が生徒会長選挙を精力的に進める。

 理想は、光が瑞樹の応援弁士をすることだった。泉の考えた作戦だから、いますぐ光にそうしろと言ったら、パクリだと思われてしまう。光と付き合えるほど仲良くなったところで提案するのが最も現実的と思われた。

 こうして、瑞樹は自らの野望のために、やっと本作のメインヒロインらしく進みだした訳だが――

 物事は、そう上手くいかなかった。

 光が、万帆に振られて数日経ったある日のこと。

 皆、光と万帆の話題をクラスでは避けつつも、陰では盛んに噂していた。噂の出本は瑞樹だった。この機会に光と万帆がうまくいかなかったという事実を学校で確立させ、二人の仲の復活はもう絶対にない、と決め込みたかった。

 光は、ある程度噂になるのは仕方ないと考えていた。ところが一週間経ってから、突然、光を取り巻く男子たちの雰囲気が変わった。


「山川、ドンマイ」


 ことあるごとに、光は男友達からそう言われた。

 振られたのはたしかにショックだが、少し期間が空いてからそう言われるようになった理由はよくわからなかったので、光は放課後、福永大地を捕まえ、理由を聞くことにした。


「よう山川、ドンマイ、ドンマイ」

「福永。そのドンマイとはどういう意味だ」

「あ? そのとおりの意味だが」

「いや、ドンマイという言葉の意味はわかるが。なんで最近になって、皆俺にそう言うんだ」

「あっれ、山川、もしかして知らねえの?」


 二人で話していたら、谷亮太が乱入してきた。こいつはいつも大声で目立つのだが、急に声を潜めて話しはじめた。


「江草さん、この前の土日に青柳モールで他の学校の男子と遊んでたって、噂になってんぞ」


 亮太が声を潜めた理由は、すぐわかった。まだ万帆も教室から出ていないタイミングで、聞かれないためだった。

 それを聞いた光は、ショックのあまり心臓が数秒間停止した。もちろん事実ではなく、本人の感覚であるが。

 数秒間、一切の思考が止まり、少し時間を置いて急に鼓動が早くなった。倒れそうだったが、男がこんなことで倒れたら笑いものだと思い、踏みとどまった。


「マジで知らなかったのか。まあ、江草さんはなかなかのやり手だってことで、女子たちの噂になってる」

「大地―、どうするんだよこれ、山川完全にイッちゃってるぜ」

「失恋くらい一人でどうにかしろよ」

「そうだな。江草さん、その男と手つないで歩いて、キスもしてたらしいぞ」


 いつもは優しい大地が、異様に厳しい態度だったことも少しは気になったが、それより光は、万帆に新しい男ができた、という事で頭がいっぱいだった。特に、亮太が最後に加えた情報は、光を地獄のどん底に突き落とした。

 二人が去った後、光は生徒会室へ向かう瑞樹を呼び止め、例の家庭科準備室へ向かった。光が鬼気迫る勢いだったので、瑞樹は断れなかった。


「ちょ、ちょっと、いきなり何よ」

「教えてくれ。万帆さんに、新しい彼氏ができたと聞いたんだが」

「――は?」


 瑞樹はあんぐりと口を開けていた。どうやら瑞樹は、その噂を知らないらしかった。


「女子の間で噂になっていると、福永から聞いたが」

「ええと――ごめん、女子の間で、と言っても私、普段は万帆ちゃんのグループとあまり話さないから、その話知らなかった。相手は誰なの?」

「そ、そうか――お前なら、何か知っていると思ったんだが。他の学校の男子らしい、という事以外は俺にもわからん」

「ごめんなさい、それ本当に初耳。明日から他の女子に聞いてみるけど、今は山川くんの役に立てないと思う」

「わかった。急に変なことを聞いてすまなかった。しかし、俺がふがいないのは認めるが、そんな急に新しい男と付き合えるものだろうか。気持ちが切り替わらないと思うが」

「うぇっ」


 瑞樹がヘンな声を出す。振られた男を狙って落とす作戦は、瑞樹が今まさに計画中の事だった。いまからその罠にはめようとしている光が「気持ちが切り替わらない」などと断言したので、瑞樹は不安になった。


「ま、まあ、万帆ちゃんもあんなおとなしい性格に見えて、意外と積極的な子だったって事じゃない。私たちが知らないだけで、元からその男に迫られてたって可能性もあるし」

「だが、万帆さんが他の学校の男子と付き合いがある、という情報は全くなかった」

「そうよね。確かに、万帆ちゃんの行動とは思えないわ。それ、ただの噂なんでしょ? もしかして、万帆ちゃんにそっくりな子を誰かが見間違えたんじゃない……?」

「万帆さんにそっくりな子……」


 そう言われて、光は少し悩んだ。

 万帆にそっくりな子。ちょうど、そんなヤツがいたような……

 全く同じことを、言った瑞樹も考えていた。

 数秒間沈黙したあと、


「「美帆!!」」


 二人仲良く、噂の真相だと思われる人物の名前をハモった。

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