第20話

 光から万帆への告白は、すべて瑞樹がセッティングしてくれた。

 万帆との約束からデートコースの設定まで、これまでの抽象的な助言だけだった瑞樹の行動とは異なり、いたれりつくせりだった。

 光は少し不審に思ったが、自分にはできないので、瑞樹に任せるしかなかった。

 約束の日、光は万帆に貰ったマフラーをつけて、待ち合わせ場所であるカフェの前に向かった。万帆は制服姿だった。これまでデートの時は必ずおしゃれをしていたのに。光はそれだけで、万帆から拒絶されたような気分だった。


「あ……」


 万帆は光を見て、何も言わなかった。ここで二人、お茶をする約束なのは間違いないのに、あまり一緒にいたくなさそうな雰囲気だった。


「……とりあえず、入ろうか」

「はい……」


 これまで経験したことのない、重苦しい空気が流れていた。カフェに入ったあとも、二人はほとんど会話をしなかった。


「……テスト、結果はどうだった?」

「普通、です」


 これが唯一、意味をなした会話で、他は無意味に長くコーヒーをすすったり、メニューを見たりするだけで、三十分足らずでカフェを出た。


「公園でも、歩こうか」

「はい……」


 瑞樹の作戦通りに、光は駅近くの公園へ向かった。ここのベンチで万帆に告白する予定なのだ。

 予定では、カフェで一度打ち解け、いい雰囲気でここまで来る予定だったが、冷めきった空気は変化しそうにない。

 光は告白を中止しようかと思ったが、泉との交際を断った手前、ここで改めて万帆に告白しなければ不義理になる、という気持ちがあった。

 数分ほど歩いて、二人でベンチに座った。二人の間には、人一人ぶんのスペースが空いている。


「……倭文さんとは、別れた」

「……そうですか」


 もう学校内の噂で知っているかと思ったが、万帆はそう答えた。知っているのか、知らなかったのか判別できなかった。


「その……自分勝手な話なんだが……聞いてくれるか」


 万帆は何も答えない。


「俺は、倭文さんからの告白を万帆さんからの告白と間違えて……嘘をついたと言うわけにはいかず、倭文さんと付き合うことになった。だがそれは間違いだった。倭文さんには、事情を説明して、別れてもらった」

「……」

「俺は……万帆さん、が……好き、だ。初めて話した頃から、ずっと」

「……」

「倭文さんと色々あった後ですまないが……万帆さんさえよければ、俺と付き合ってほしい」

「……」


 万帆は表情を変えず、光の言葉を聞いて、ずっと黙っていた。

 そして、しばらくしてから、急に顔を赤くしながら、話しはじめた。


「……都合がよすぎますよ」


 万帆からの、強い拒絶だった。

 瑞樹は絶対成功すると言っていたが、光は断られる可能性の方が高いと思っていた。勘違いとはいえ、泉と付き合ったのは事実であり、さっさと鞍替えしよう、というのは全く光の都合だ。浮気者だと思われても、仕方ない。


「わたしも、光君のこと好きですよ。でも、光君が倭文さんと付き合ってた時、わたしがどんなに辛かったか……考えてくれたこと、ありますか」

「ああ……」

「今更、付き合ってくださいって言われても、そんなの無理ですよ」

「……すまない」

「謝ってほしいんじゃないです」

「……なら、どうすれば」

「光君のばか!」


 万帆は、走って逃げてしまった。

 光の脚力なら、万帆に追いつくことは簡単だ。しかし、今は逃げる彼女を追うべきではない――と光は考えたが、よく見たら万帆はめちゃくちゃ足が早く、全力疾走しても追いつけそうになかった。

 光は公園にぽつんと取り残され、やはり駄目だったか、と肩を落としていた。光は真っ黒の画面に、『 GAME OVER 』の文字だけが表示されたところを思い浮かべた。

 予想はしていたものの、告白を断られるのはショックで、一人とぼとぼと家路についた。

 そんな様子を公園の別の場所から、瑞樹と美帆が覗いていた。


「上手くいったみたいね」

「はあ。お姉ちゃんの機嫌とるわたしの苦労も考えてよね」


 そう、全ては瑞樹の作戦通りだった。

 瑞樹は、万帆が告白を断ると確信していた。というか、美帆に「今山川君に告白されたら付き合う?」と直接聞いてもらって、付き合わないという返事をすでに聞いていた。


「ここからが本番よ。私の応援演説を山川くんにさせて、その間に仲を深めるの。万帆ちゃんは精神的ショックで山川くんに近づけない。倭文泉も潰した。完璧な状況だわ」

「瑞樹ちゃん、顔が怖いよ」


 この物語のタイトルにも選ばれている正ヒロイン・清宮瑞樹の逆襲が始まろうとしていた。

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