第19話
「じゃあ、邪魔者は去りますから、後は若い二人でお楽しみあれ~」
山科は光にウインクをしてから、部屋を出ていった。
「ごめんなさい、山川くん。山科さんに邪魔されちゃって……続き、する?」
「いや、それはいい。倭文さん、今日の昼休みに話した大事なことというのは、そういうことじゃないんだ」
「何かしら?」
泉はきょとんとしている。まだ、幸せな気分でいるらしい。
「すまない。俺と別れてほしい」
しばらく泉は何も言わなかった。何を言われているのか、わかっていないようだった。無言の時間が辛いので、光は続けることにした。
「倭文さんに告白されたあの日、俺は万帆さんの告白を受けていたんだ。緊張しきっていた俺は、目の前にいるのが倭文さんだと気づかなくて、間違えて倭文さんの告白を受け入れてしまった。本当に申し訳ない。俺がすぐ説明していれば、こんな事にはならなかった」
「ええ……」
泉は驚いていた。それにしても、万帆との告白に割り込んだという自覚は、泉にはないようだった。変なところで抜けているのだ、泉は。
「色々考えて、一瞬、このまま付き合おうと思った時もあった。倭文さんは頭がいいし、俺にいいアドバイスをくれることが多かった。だが……この前の初詣で万帆さんと少し話した時、万帆さんのことを好きな気持ちが、蘇ってしまった。これ以上自分に嘘はつけない」
山科に後押しされた事もあり、光はすらすらと話すことができた。一方、泉にとって、それは過酷な死刑宣告だった。
「そう……だったの……」
泉は、光が自分と別れたいとは思っていなかった。最初の目的は生徒会長選挙の応援だったので(今はシンプルに光のことが好きだが)、あまり女っ気がなく、二股などしないような男子を選んだつもりだった。
だんだん光といる時の居心地のよさに慣れて、光のことばかり考えるようになってしまった。
これから光と、どんな事をして過ごそう……と夢想し始めた時に、この事態だ。
絶望しない訳にはいかなかった。
「そう、よね、私、強引だったもの」
しかし、光を振り回したのは自分の都合だという気持ちもあるので、泉は突然心変わりをした光を責める気にはなれなかった。それでこれ以上関係が悪化して、光が全く口を聞いてくれなくなったら……と考えると、恐ろしかった。
「いや。これは俺が悪い。倭文さんにこんな真似をさせてしまったのも、俺のせいだ」
「それは関係ないわ。私がそうしたい、って本当に思ったからよ。私、山川くんのこと、好きだから」
言われて、光も衝撃を受けた。生徒会長選挙の応援という役割を聞いていたので、泉が本当の意味で自分に惚れているとは思っていなかった。すべて演技だろう、と思っていた。
「すまない……」
「謝らないで。私、山川くんと出会ってはじめて男子のことを好きになれたから、今の山川の江草さんに対する気持ちも、よくわかる」
泉にこうまで言わせてしまったことで、やはり優柔不断のツケは高くついたな、と光は落胆した。
「今日はもう、帰る。この無礼はいつか返す。生徒会長選挙の応援候補、俺が探しておこうか」
「ううん。そういうのはもういいから。私のことは、何も考えなくていいわ」
泉に背中を押され、光は立ち上がった。
「江草さんと、お幸せにね」
最後、泉はいつものクールな表情を取り戻していた。何を考えているのかよくわからない、冷徹な顔だ。しかしその瞳には、一粒の涙が浮かんでいた。
結局、この後光は山科の車で駅まで送ってもらった。「大丈夫ですよ、泉ちゃんのケアは私にまかせてください! 女の子には失恋の一つや二つはつきものですから」とやかましく語る山科の声は、光の耳にはあまり響かなかった。
* * *
翌日、泉は学校に来たが、昼休みに水筒のお茶をぶちまけるという大失態をした、と光は人づてに聞いた。あまりそういうミスはしない子だったので、クラスメイトも先生も驚いていたらしい。どう考えても光のせいなのだが、前の日のことは誰にも言う気になれなかった。
唯一気づいていたのは、瑞樹だった。
ライバルとして泉をよく観察している瑞樹は、彼女の異変には必ず光が絡んでいると気づいていた。早速その日の放課後、光は瑞樹に家庭科準備室へ呼び出された。
「別れたのね」
「ああ……」
「悪く思わなくていいわよ。もとはと言えば、あいつが山川くんを振り回していたのが悪いのだから。まあ、断りきれなかったあんたもあんただけど」
「本当に申し訳ない、と思ってる」
「そういうのはもういいわ。あんたには、次があるのよ」
次、とは、万帆への告白のことに違いない。
泉と別れられれば、瑞樹が告白を手伝う、と言っていたのだ。
「万帆ちゃん、まだあんたに気があるままだから。あんたから告白したら、絶対受け入れてくれるわ。告白、できるわよね? 成り行きにまかせてたらひどい目に会うって、ちゃんと学んだでしょう?」
「……そうだな。次は、俺から告白する」
泉を傷つけてしまった手前、ここで止まる訳にはいかない、と光は考えていた。
その決意に満ちた光の表情を、瑞樹は怪しい笑みを浮かべながら眺めていた。
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