第16話

 あっという間に冬休みは明け、始業式のあと、すぐに実力テストが始まった。

 青柳高校の実力テストは、内申点に関わる重要なイベントだった。光は国公立志望なのであまり関係ないが、推薦入試を受験したいと考えている生徒はこれを落とす訳にはいかなかった。青柳高校には学年で一枠しかない推薦枠もあり、それを得るためにはトップに居座り続ける必要があった。

 光は、泉とデートをした時以外は実力テストの勉強に時間をあてていたので、それなりの点数をとった。ちなみに、万帆もそれは同じで、それなりの成績だった。

 問題は、瑞樹と泉だった。

 実力テストの学年順位は、一番から五十番まで公表される。

 毎回、泉が不動のトップで、瑞樹は二番から十番くらいをうろうろしていた。つまり、一位の泉と二位以下の集団には決定的な差があった。

 今回、テスト上位成績者が昼休みに廊下へ張り出され、瑞樹は女友達と一緒に走った。

 到着した瞬間、きゃー、という女子特有の黄色い声が上がった。


「瑞樹ちゃん一位だよ! おめでとう!」


 すでに到着していた他のクラスの友達が、瑞樹を褒め、抱き合った。

 瑞樹は、テストの成績についてはかなりストイックな姿勢を見せていた。泉のことをライバルだと公言し、「次は絶対一位取る!」と周りに言っていた。なので、瑞樹だけでなく周囲も祝福してくれた。

 遅れて、光が大地たち男子の友人とやってきた。

 光は地道な努力が功を奏し、過去最高の二十番代に入っていて、「おお……」と一人で感動していた。


「うげー、大地が二位かよ。あれ、一位が清宮じゃん。倭文さんじゃないんだ」


 一緒に来ていた谷亮太というチャラい男子の実況で、光は驚いた。泉が不動の一位であることは、光も知っている。このあと男子たちの話題は二位だった福永大地の話題に移ったので、光は自らの驚きを知られずにすんだ。光は、人混みの中で泉の姿を探した。

 皆が野次馬をする中、泉は集団の一番後ろをすっ、と通り抜け、ひと目だけ順位表を確認した。そして、誰とも目を合わさず、去っていった。

 どうやら、自分でも悪い結果が出る、とわかっていたらしい。

 「超」がつくほど真面目な泉が、何らかの理由で成績を落としたとすれば、それは光との初詣デートの一件に違いない。

 泉は落ち着いているから、プライベートと勉強は切り離しているだろう、と考えていた光は、この結果を見て、急に悪いことをしたような気になった。

 光は、実力テストが明けたら、早々に泉との仲を終わらせようと思っていたのだ。

 このタイミングで泉に別れを告げたら、彼女の成績がさらに落ちるだろう。

 また、光のもっとも悪い部分である、優柔不断がはじまった。


* * *


 成績発表のあと、光は瑞樹と相談することにした。例によって家庭科準備室だ。


「あっれえ~、山川くん、しばらく私とは相談しないんじゃなかったのかな~?」


 そういう約束だったのは光も覚えているが、約束を破られた側である瑞樹は明らかに上機嫌だった。泉に実力テストで勝ち、校内一位を手に入れたからだ、というのは説明されなくても光にはわかった。


「すまん。俺一人の問題なら、清宮に迷惑はかけないのだが、倭文さんの成績に関わることだ」

「倭文? ああ、あの三位だった倭文のことね!」


 いつもは自分自身の印象を柔らかくするため「倭文さん」と呼んでいるのに、浮かれている今は「倭文」と呼び捨てにする瑞樹。光は気にしなかったが。


「あれは、俺のせいだと思う。俺が初詣の時、万帆さんを助けるために倭文さんを放ったらかしにしたからだ」

「……まあ、そうよね」


 瑞樹は急に落ち着いた。実力テストでの勝利が自分の実力だけではなく、光とのアクシデントのためだと思い出し、少し虚しくなったからだ。


「あんたはどうしたいの?」

「俺は……倭文さんと、別れようと思う」


 瑞樹は目を丸くした。てっきり泉のご機嫌を取り直すため、いい方法を考えてほしい、という相談だと思っていたのだ。


「どうしてよ?」

「この前、初詣で怪我をしている万帆さんと少しだけだが話をして、自分はやはり万帆さんの事が好きなのだと実感した。これ以上自分に嘘はつけない」


 あのわずかな出来事で万帆への気持ちが戻ったことも、瑞樹には意外だった。泉というバグさえなければ光と万帆はいい関係だったので、軌道修正は可能と思われた。


「しかし、今倭文さんと別れたら、落ち込んで、しばらく成績が落ちるかもしれない」


 それは全くそのとおりだ、と瑞樹は思った。

 光の心配事はそれだった。とにかく相手に迷惑をかけない、ということを信条にしている男だ。これまでの付き合いで、瑞樹はよく知っている。

 しかし、泉の成績が落ち、しかも光が泉と別れるというなら、瑞樹にとってはすべて好都合だった。


「……山川くん。泉さんと、すぐ別れなさい」

「なに?」

「確かに、別れることで倭文さんは傷つくと思う。それは山川くんのせい。でも、そんな中途半端な気持ちのままで付き合い続けたら、それは倭文さんに対して、とても失礼よ」


 光は自分の心中を言い当てられたようで、ぐっ、と拳を固めた。もちろん、瑞樹は自分のメリットが最大になるよう、光にそれっぽいことを言って操っているだけなのだが。


「万帆ちゃんを好きなまま倭文さんと付き合ったら、そんなの倭文さんだって気づくわ。山川くんは別の女の子が好きなのかな、と思いながら倭文さんと付き合い続けたら、長い間倭文さんにダメージを与え続けることになる。だったら、今すぐ別れて、早く諦めさせた方がいいわ」

「そう、か……」

「あなたが決めないと、倭文さんはずっと悩んだままよ」

「そう、だな……」

「ねえ、もし山川くんが無事に倭文さんと別れたら、今度は万帆ちゃんにあらためて告白する手立てを私が手伝ってあげるわ」

「なに……?」


 迷っている光に、さらに別の飴を投げこむ瑞樹。


「いいのか……?」

「光くんが万帆ちゃんにすぐ告白すれば、倭文さんだってすぐ諦めるわ」


 瑞樹の作戦は、こうだった。

 このまま光と泉が付き合い続けたら、単純接触効果もあって二人の仲はどんどん進む。

 だから、引き離すなら今が一番だ。

 おまけに、泉は初めて学年一位から落ちたところで、光と別れるという強い一発をかまされるので、この時点での泉に対する精神的ダメージはかなり大きい。

 さらにその後、万帆に告白するのは、泉に追加ダメージを与える目的もあるのだが……これについては、瑞樹がもとから抱いていた野望に関わることだった。


「なら……わかった、倭文さんとはすぐに別れよう」

「わかったわ。別にLINE一通で別れてもいいと思うけど、やり方はあんたが考えなさい。私が考えたら、不自然になるから」

「わかった」


 こうして、深刻な顔をしている光と、この上なく嬉しそうな瑞樹は解散した。

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