第13話
光と泉が、お裏参りを終えた頃。
瑞樹と美帆・万帆は、裏参道を悪戦苦闘しながら登っていた。
人混みをかき分けながら三人が裏参道まで達した時、泉と光の姿はもう見えなかった。このまま見失ったら作戦が失敗するので、三人とも早足で裏参道を歩いた。しかし舗装もされていない獣道なので、なかなか進まない。特に着物姿で草履を履いている万帆には厳しかった。
「うわー、なにこの道。あの二人、よく登る気になったね」
「こんな道を知ってる山川くんもすごいけど、それについていく倭文さんもすごい度胸ね」
「……」
一番遅い万帆を待ちながらなので、光と泉には追いつけそうになかった。じきに三人は大きな段差に差し掛かった。光が泉をエスコートして登らせた場所だ。
「うわっ、これすごいね。お姉ちゃん登れるかなあ」
美帆はひょいひょいっ、と軽やかに登り、続けて瑞樹も、少し慎重に足元を確かめながら登った。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「着物でそんなに足上げたらはしたないよ」
「わたしと瑞樹ちゃんしか見てないから大丈夫だよ、ほら!」
美帆が手を差し伸べ、万帆は仕方なく登ることにした。片手で着物の裾を持ち上げながら足をかけたので、先に登った二人よりバランスが悪い姿勢だった。
案の定、登り切る直前まではよかったが、一番上の地面が若干凍っていることに気付かず、滑ってしまった。万帆の腕を引っ張っていた美帆と一緒に、絡み合いながら転んだ。
「いやっ!」
「ぎゃっ!」
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
あわてて瑞樹が駆け寄る。
「もー、お姉ちゃんどんくさいなあ!」
美帆は怒っていたので、たいした怪我はしていないとわかったが、万帆はしばらく足を押さえていた。
「万帆ちゃん?」
「鼻緒が切れちゃった……」
滑った衝撃で、草履の鼻緒が取れていた。そのため万帆はなかなか起き上がろうとしない。
「やっぱりダメだったんだよ……山川くんにもう一度振り向いてもらうなんて……お母さんの着物汚しちゃったし、鼻緒も切れるし、やっぱりわたし、山川くんとは縁がなかったんだ……」
転んだ痛みのせいで、万帆は急にこれまでの悪かった思い出が蘇ってきて、ぐずぐずと泣きはじめてしまった。
「ま、万帆ちゃん、大丈夫よ、心配しなくていいから」
「こんなところで泣いてどうするの! このままじゃお家帰れないじゃん、もう」
友人が泣き始めて焦る瑞樹と、姉妹ゆえに容赦ない美帆。
三人の仲が、地獄のような様相を呈しはじめた時。
光と泉が、裏参道を下ってきた。
「あっ、山川くん!」
三人の中で一番落ち着いている美帆が、すぐに光と泉のもとへ駆け寄った。
「お前は……」
「あっ、今一瞬お姉ちゃんかどっちかわからなかったんでしょ! ひどい!」
「いや、こんなところで走って来るのは妹の方だ」
「なんかひどい! っていうか名前で呼んでよ! みぽりんでもいいよ!」
「なぜこんなところにいるんだ、万帆さんの妹」
「無視しないでよ! わたしたち、瑞樹ちゃんとお姉ちゃんと三人で初詣してるんだよ。ほら、あそこに二人いるよ」
美帆の指差した方向を見た光は、絶句した。
着物姿の万帆が、うずくまり、泣いていたからだ。
たまらず、光は万帆のところに駆け寄った。泉と一緒のデートだという事は、この一瞬だけは完全に忘れて、本能的に万帆の方へ向かっていた。
「万帆さん。どうしたんだ」
「あう……?」
涙で目が霞んでいた万帆は、光が現れたのだとしばらく気付かなかった。
「山川くん! 万帆ちゃん、さっきそこで転んじゃったの」
瑞樹がフォローする。これは元の作戦というより、万帆の世話をする自信がなかったので、本気で光に助けを求めていた。
「むっ……足を打ったのか。鼻緒も取れているな」
「……」
「万帆さん、少しの間、俺に抱かせてくれ」
「えっ?」
「は?」
全く意味がわからなかった万帆と、急にエロいことを言い出したのかと思って若干引く瑞樹をよそに、光は万帆の肩と足を持ち、お姫様抱っこをした。
「ひゃっ!?」
「降りるぞ」
光は、足を打った万帆が大きな段差を一人で降りられないと判断し、万帆を抱き上げたのだ。
万帆を抱きかかえたまま、光は慎重に段差を降りた。瑞樹、美帆、そして泉は、その様子を唖然としながら見ていた。
「この先も、下り道が続く。歩くのは無理か?」
光に問いかけられている万帆は、そんなことより光のお姫様抱っこが気持ちよすぎて、まるで羽毛布団の中にいるような心地で、うっとりしてしまった。
「ちょ、ちょっと厳しいかも、です」
足の痛みはそこまでではなかったので、万帆は歩けたのだが、つい嘘をついてしまった。
「わかった。なら本殿の前まで、このまま行こう」
光がずかずかと歩きだし、瑞樹、美帆、泉の三人もついて行った。
その間、皆無言だったが、瑞樹は泉がこれまで見たことのない、なんとも複雑な顔をしていることに気づいた。
泉の表情は、瑞樹にある気づきを与えた。
泉は生徒会長選挙に勝つため、形だけ光と付き合うと宣言していたが、今は違う。そもそも形だけなら初詣デートに誘う必要もない。クリスマスもデートしていたのだ。わざわざ光と二人で会える機会を作ったのに、それを万帆に奪われ、なんとも言えない気持ちになっている。
泉は、本気で光に惚れかかっている。
瑞樹としては、また敵が増えてしまったわけで、いい傾向ではない。しかし、今は悔しがる泉の表情を見るのがいい気味だったので、とりあえずそれを楽しむことにした。
本殿の前まで降りて、光は万帆をベンチに降ろした。それから取れてしまった鼻緒を結び直した。電工職人の息子である光は、ロープワークが上手かった。
「元には戻せないが、これでしばらくは歩けるだろう。足の調子はどうだ?」
「えと、もう大丈夫です……ありがとうございました」
本当はずっと抱っこされていたかった万帆だが、人の多い参道を歩くのは流石に恥ずかしかったので、ここでやめることにした。
「あの道は滑りやすいから、気をつけた方が――」
「山川くん、行きましょう」
話そうとする光を、泉が遮った。
「私たち、二人で遊ぶ約束だったでしょう」
「お、おう、そうだな」
ついに我慢できなくなったか、と思った瑞樹はあくどい笑みを浮かべた。瑞樹としては、泉がここまで不機嫌になることはめったにないので、今日の目的は果たしたようなものだった。
「あとは私たちに任せて、山川くん」
瑞樹がそう言って、光と泉を万帆から遠ざけた。
その後、光と泉は二人で参道を歩いたが、ほとんど会話はなく、往路で寄ろうと言っていた出店にも興味を示さず、昼食も食べていないのにこの日は解散してしまった。
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