第9話
突然、大地が乱入してきた後、三人は美帆の提案で近くにある喫茶店に入った。「まずは落ち着いて話そうよ」と、この場で一番冷静だった美帆が提案したのだ。
「福永くん、噂通りイケメンだねー! 写真撮っていい?」
「いいよ。でも二ショットは禁止な」
「けちー」
全く緊張感がなく、大地の顔をスマホで撮りながらはしゃぐ美帆。大地もなぜか乗り気で、ピースしながら映っている。このコミュニケーション力が少しでも光にあれば……と、瑞樹はため息をついた。
瑞樹は、光と泉のことで頭がいっぱいだった。
最後に見失った地点から推測するに、光と泉はラブホテルの中へ消えた。
二人とも十八歳以下だから追い出されたかもしれないが、あの二人は大人に見えるので、普通に入れた可能性が高い。事実、その後ラブホテルの入り口から二人が出てくることはなかった。
一方、大地から告白されたことは、さほど重く考えていなかった。
青柳高校トップクラスの美人である瑞樹にとって、男子から告白される事は定期的にある面倒なイベントにすぎない。相手がトップクラスのイケメンである大地であっても同じだ。
適当な理由をつけて、断ろうと思っていた。
「なあ、そろそろ俺の話をしていいか」
大地のブレンドコーヒー、瑞樹の紅茶、美帆のチョコバナナクレープが揃ったところで、大地がおもむろに話しはじめた。
「さっき、ちょっとだけ話してしまったが……清宮、俺、お前のことが好きだ。けっこう前から」
「……」
「ひゅー」
瑞樹が何も答えないので、美帆が代わりに反応した。クレープを食べながらなので、とても真面目に答えているようには見えなかったが。
「……なんか、いきなりだよね? 実感ないっていうか、びっくりしちゃった」
瑞樹はリア充モードを決め込んでいる。いきなり否定はしないが、肯定もしない。ゆっくり相手の腹の中を探るつもりだ。
「ああ。清宮とはクラスでもよく話すから、二人で遊びに誘ったりしないでいきなり告白になって、驚かせたと思う。今日ここで話しているのも、俺のストーカーみたいなものだからな」
「私がここにいるって、誰かから聞いたの?」
「生徒会の子に聞いた。山川と倭文さんが今日デートする予定で、それを清宮が見に行くかもしれない、って。それを聞いて、居ても立っても居られなくなった」
「どうしてよ? 確かに山川くんのデートを覗き見してるのはちょっと変だけど、それって福永くんに関係ある?」
「山川のことをつけてるのは、清宮が山川のことを好きだからだろ」
ぶっ、と美帆が吹き出す。瑞樹は何も言わず、美帆のつま先を踏んだ。
「……どうしてそう思うのよ?」
「俺、この前から気づいてたんだ。清宮が、家庭科準備室でよく山川と一緒にいるのを」
瑞樹は顔をしかめた。家庭科準備室は他の教室からかなり離れたところにあるので、誰も興味がないと踏んでいた。しかし、瑞樹のことを好きな男子がいれば、どこへ行くのだろうと追われることはあるかもしれない。そこまで警戒していなかった。
「あんなところで二人で話すなんて、付き合ってる以外にないだろ」
「付き合ってないわよ! 福永くんは知ってるでしょ、山川くんは万帆ちゃんと仲良くしてたし、今は倭文さんと付き合ってるって」
「倭文さん、すごく強引に告白したんだろ。友達から聞いたぞ。山川、断れずに困ってるだけじゃないか」
経緯はわからないが、男子の世界ではそういう噂が流れているようだ。瑞樹にとっては都合のいい情報だった。
「まあ、そうだけど……でも二人が付き合ってるのは、山川くん自身も認めていることよ。あんな固い性格の子が、二股なんかすると思う?」
「それは、俺もおかしいと思った。だから、正式にはまだ付き合ってない状態で、いい感じのところで倭文さんに告白された、と思ってるんだが……実際どうなんだ?」
「山川くんとはそういう関係じゃないわよ。相談に乗ってあげてただけ」
「何の相談だ?」
「山川くん、万帆ちゃんのことが好きだから、どうやって距離を縮めるか、アドバイスをあげてたの。おかげで急接近したでしょう?」
「ああ、たしかにお前と山川が話しはじめた頃から、江草さんと山川の仲が良くなっていった……でも、なんで清宮が山川のためにそんな事をするんだ? お前、生徒会とかで結構忙しいし、無駄な用事、特に恋愛関係はほとんど相手してなかっただろ」
瑞樹は焦り始めていた。光と違って、大地は抜群に勘がいいし、相手を出し抜くコミュニケーション力もある。清宮が普段、女子たちとの恋バナにあまり積極的でないことを、大地は見抜いていた。
とにかく瑞樹と光の関係――いや、瑞樹が光と付き合おうと画策していた事実を隠さなければ、と彼女は考えた。学校一の美少女が男子と付き合うのに失敗した、という噂が流れたら、絶対に評判が落ちる。生徒会長選挙の結果にかかわる。
「福永くんこそ、勉強と部活で忙しいから彼女はつくらないんじゃなかったの?」
「そう思っていたが……我慢できなくなった。清宮を、山川に奪われた、って考えたら」
ここは論理的な思考ではなく、直感的な言葉らしかった。言ったあと、大地は少しバツが悪そうに目を伏せた。
どうやら、告白は本物らしい。理由は「好きだから」。ちょっと仲良くなれたとか、タイプだったからとか、そういうリア充でよくあるなし崩し的な交際とは違う。情熱的すぎでどうしようもないタイプの告白だった。
「別にそんなんじゃないわよ?」
「じゃあ、なんで山川の手伝いをしていたのか、教えてくれ」
「や、山川くんが困っていたからよ」
「本当にそれだけか? そもそも、これまで清宮が山川と話していたことなんかほとんどないのに、どうして気づけたんだ」
「それは……」
まずい。
半端な理由では、大地は納得してくれそうにない。
瑞樹は、大地からの告白を断るのは当然として、早くこの場を抜けて光たちの監視に戻りたかった。
だから、瑞樹は少しだけ、賭けに出ることにした。
「……私、山川くんに弱みを握られてて」
「弱み……?」
「なんの事かは、私、言えない。言いたくない」
「いや、無理に言わなくていい」
「ありがとう。弱みって言ってもすごく些細な事だし、山川くんは、弱みにつけこんで悪いことをするような人じゃないんだけど……色々あって……それを隠すために、山川くんに従わざるをえなかったっていうか、そんな感じ」
「あいつ、清宮にそんな事を……」
大地の目が、怒りに燃えていた。かなりぼかした言い方だったので、例の事件については気づいていないだろうが、ともかく大地には、光がとても悪いヤツだと思われている。
ちなみに美帆は、必死で笑いをこらえていた。瑞樹の意図がわかったのだ。
「わかった。清宮がそれで困ってるなら、俺がなんとかするよ」
「うん……そのせいで私、今は誰かと付き合うとかそういう気分じゃないんだ」
「山川、○す」
「そ、そこまでしなくていいけど」
「いや。もう決めた。今日は話せてよかった。山川に何かされたら、いつでも俺に言ってくれ」
大地は告白の返事も聞かず、帰ってしまった。
「あっはっはっはっは! どうするの、瑞樹ちゃん!」
大地が去った後、美帆がこらえきれず、大声で笑いはじめた。
「さあ? 最近、私、山川くんに振り回されすぎだから。ちょっとくらいあっちが振り回されてもいいんじゃないかと思って」
「山川くんが瑞樹ちゃんに振り回されてるんだけどなあ」
「それは別にいいの――あっ、出てきた!」
ちょうどその時、光と泉がラブホテルから出てきた。
先程見た重苦しい表情とは違い、光も泉も、どこか打ち解けたような、明るい顔をしている。
しかも、なぜか肌ツヤが良くなっている。
「あー、事後だね」
美帆がつぶやいて、瑞樹はばたんっ、と机に顔を伏せた。
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