第8話
「本当はこの後、近くの公園を散歩して、ほどほどに運動した後、ゆっくりできる場所に行くつもりだったのだけど、山川くん、今はそんな気分じゃないでしょう」
「ああ……」
食事を終えた二人は、青柳モールを出て、広いバイパス道路沿いに歩いていた。
「少し歩くけど、いいかしら」
「構わない。どこへ行くつもりだ?」
「私もよく知らないの。行けばわかる、って言われてるだけで」
十分ほど歩くと、道路沿いに洋風の城のような、立派な建物が見えた。
「あそこよ。お城みたいね」
ああ、たしかに「行けばわかる」な、と光は思った。
* * *
光と泉の初デートは、最初から瑞樹と美帆に尾行されていた。
瑞樹が、生徒会役員で泉にデートプランを渡した者を特定し、問い詰め、全てのコースを聞き出していたのだ。
瑞樹はいつも通り美帆と組み、青柳モールで尾行を開始した。
だが予想外の事が起こった。泉と光の選んだ映画が、想像以上にショッキングな内容で、ホラー系が一切ダメな瑞樹の腰が抜けてしまったのだ。
「うう~」
瑞樹は上映後もしばらく、足をぷるぷるさせながら美帆につかまって歩いていた。
「そんなに怖かった? わたしは面白かったけどなあ」
美帆は全く平気そうだった。演劇をやっているせいか、美帆は映画も好きで、どんなジャンルでも受け入れられた。
肝心の泉と光の様子については、わざと二人の二列後ろの席を取ったにもかかわらず、瑞樹はほとんど見れなかった。美帆は映画が面白かったのでろくに見ていなかったが、時々は確認していた。
「で、あの二人、どんな感じだったの」
「うーん、お姉ちゃんの時みたいにラブラブな感じじゃないかな。ってか、山川くんの様子がちょっとおかしいよ。風邪でもひいてるのかな」
「そう、なの……? 美人の倭文さんの前で、緊張しているのかしら」
「そういう感じではないんだよね。お姉ちゃんと話す時のほうが緊張してる」
二人は、光が山川電工の解散でショックを受けていることは知らないので、変化の理由がわからなかった。とりあえず、尾行を続けることに。
光と泉がオムライスの店に入った後、さすがに同じ店へ入ったら気付かれると思った瑞樹と美帆は、向かいにあるラーメン屋の列に並びながら、オムライスの店の中を眺めていた。
「なんで女二人でラーメン屋なんか並ばないといけないんだろうねー」
「いいから、二人に注目しなさい」
ラーメン屋はかなり混んでいたので、光と泉の様子はよくわかった。料理を注文した後、光が堰を切ったように話し始めたところで、二人とも言葉を失った。
話している内容は聞き取れなかった。だが、瑞樹と美帆の経験上、光が女性に対してあんな風に真剣な話しをするとは思っていなかった。
「何を話してるのかな?」
「わからないけど、大事な話みたいね」
「別れ話かな?」
「だといいのだけど」
一方的に語る光の表情は、徐々に柔らかくなっていった。もっとも強面な光の表情の変化は、ここ最近光と向き合ってきた二人にしかわからないほど、わずかなものだったが。
このあたりでラーメン屋の店内に呼ばれ、泉と光の姿は見えなくなった。
瑞樹は定番の醤油ラーメン、美帆は特性醤油ラーメン大盛りを粛々とすすりながら、二人は思っていたことを話した。
「ねえ、瑞樹ちゃん……」
「……」
「あの二人……」
「……」
「意外と、相性良いよね……?」
「……」
一人で語る光と、それを聞く泉の雰囲気から、二人はそう直感していた。
光が初対面の相手にあれだけ話すことはまずないし、それを聞いている泉も迷惑そうではなく、真剣に聞いていた。
色恋事となれば緊張して何もできなかった光が、女子とあのように、まともに会話ができるとは思っていなかったのだ。
もちろん、光が(なぜか)極限まで追い詰められていたことも一因だが、そうであってもある程度相性のいい相手でなければ相談などできない。
そうなると、次に瑞樹の頭に浮かぶのは、
「早くなんとかしないと……」
さっさと泉と光の仲を断ち切らないと、本当に恋愛関係になってしまう、という事だった。
ラーメンを食べ終えた二人は、ちょうど青柳モールを出る泉と光を追い、バイパス沿いを歩いた。
「ねえ、瑞樹ちゃん、もしかして……」
「まさか……」
泉と光が洋風のお城のような建物……どう見てもラブホテルへ進むのを見て、瑞樹と美帆は焦った。事前に尋問した生徒会役員からも、ラブホテルが最終目的地だとは聞いていなかった。
「わ、わたしはそういうことに理解があるから、べ、別に、別に気にしないけど」
「だ、ダメよ! ああいうところって十八歳以下は入ったらダメでしょ、確か」
「で、でも今止めるの? 尾行してたこと、バレちゃうよ!」
「……山川くんが倭文とエッチするくらいならバレた方がましよ!」
瑞樹はさらっと大事なことを言ったあと、光と泉に向かって、走り出した。
しかし――
「おい、清宮!」
突然、かなり早いスピードで走ってきた若い男に、腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、そこには瑞樹の見慣れた男子がいた。
福永大地。光のよき友人で、瑞樹ともよく話すイケメンだった。
「ふ、福永くん!? どうしてこんなところに?」
「それは俺のセリフだ……」
大地は、瑞樹と美帆を交互に見ていた。
「江草さんと清宮が、そんな関係だったなんて」
最初はよくわからなかったが、しばらく考えて瑞樹は気づいた。
大地は誤解している。瑞樹と美帆が、一緒にラブホテルへ入ろうとしていた、と。
しかも、美帆のことを万帆だと思っている。まあ、そこは仕方ないのだが。
「ち、違うわよ! 私たち、あそこに入る予定じゃないから!」
「じゃあ、なんでこんなところにいるんだ」
「そ、それは……」
腕を掴まれたことで正気に戻った瑞樹は、泉と光の尾行をしていた、などと言ったら絶対に怪しまれる、と思い、適当な言い訳をした。
「この子が、あのお城みたいな建物なんだろう、って言うから来てみたのよ」
「ええー、わたしのせいにするのー?」
「え、江草さんが……?」
「あっ、この子、万帆ちゃんじゃないわよ。双子の妹の美帆」
「い、いもうと?」
「みぽりんだお~てへぺろ☆」
頬に人差し指を当て、舌を出して見せる美帆。万帆は絶対にしない仕草なので、大地は納得した。
「双子の妹がいたのか……しかもめっちゃ似てる……」
「よく言われまーす」
「大地くんこそ、こんなところで何してるのよ?」
大地のペースに飲まれそうだったので、瑞樹が反撃に出ようと、問い詰める。
「俺は――」
「もしかして、秘密の彼女とあそこでデートでもするつもり?」
「お前に、告白しに来た」
ただでさえ寒い十二月の空気が、完全に凍った。
どうしたらいいかわからなくなった瑞樹は、ラブホテルの方向を振り返った。泉と光の姿は、すでになかった。
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