第2話
泉の説明に、瑞樹、美帆、光は戦慄した。
生徒会選挙の応援を頼む対価として、自らと付き合う権利を与える。
確かに、泉ほどの美人と付き合う権利は、なかなか得られない。泉は男子からの告白をことごとく断っているから、この提案に乗らなければ、泉と付き合える男子はいないと思われる。
容姿・性格共に優れている泉は、彼女にしたら自慢してもいいレベルだ。
その説明は皆、理解できる。しかし、まさか高校生なのに、自分と付き合う権利を対価として差し出すという考えの女がいるとは思わなかった。
衝撃的すぎてしばらく誰も喋れなかったが、美帆が沈黙を破った。
「い、泉ちゃんさあ、本当にそれでいいの?」
「どういう意味かしら?」
「もしかしたら、ひ、光くんが泉ちゃんとエッチしたいって言うかもしれないよ?」
びくん!
光の体が一瞬跳ね、その様子を瑞樹が白い目で見ていた。
この時、光が気になっていたことを美帆が言い当てたのだ。
付き合う権利を与える、といわれても、実際にどこまで男女の行為を進めてよいのか、まだわからない。極端な話「二人は付き合っています」と宣言するだけで、デートも何もしなくても、一応付き合っていることにはなる。
一方で、男女の行為をどこまで進めてよいのか、という疑問も光にとっては重要だった。もしかしたら、付き合うというのは隠喩で、体を許す、と暗に言っているのかもしれない。一緒に学校から帰ったり、デートするなどの行為より、体を許すことの方が対価としてはわかりやすいのだ。
しかし、泉が何を考えているか、最も付き合いの長い瑞樹ですら予測できないし、光には初対面の泉とまともに話せるほどの会話力はないので、悶々とするばかりだった。
「そうね。体を求められるリスクは私も考えたわ」
「リスクなんだ……」
「それについては、二人のプライベートな問題だから、他人に話すつもりはないわ。そういうのって、大声で話すような事ではないでしょう?」
瑞樹はおしぼりをぎゅっと握りしめ、いっそう苛立った。
こいつ、自分と付き合うことを対価に生徒会選挙の応援をしてほしい、とかいうぶっ飛んだ提案をしてるのに、急に一般常識を持ち出しやがった。
一体どんな風に論理のバランスを取っているのだろう。瑞樹は怒りを通り越して、呆れてしまった。
もっとも、泉が光と付き合いはじめても、これまで通り瑞樹から光に根回しすれば泉と何をしたのかは聞き出せるので、そこはあまり焦っていなかった。
「ふーん。なんかすごい進んでる人だね。お姉ちゃんどう思う?」
「……おうちに帰りたい」
FXで有り金全部溶かした顔をしていた万帆は、少し回復したらしく、数時間ぶりにまともな言葉を発した。
「あー、お姉ちゃん帰りたがってるから、わたしたちそろそろ帰っていい?」
「いいわ。私も、今日は帰る」
これ以上泉と会話をしてもまともな結果は得られない、と察して、美帆と瑞樹は帰る準備を始めた。
「俺も――」
「あんたは残りなさいよ。付き合ってるんでしょう? これまで邪魔して悪かったわね。ここからは二人水入らずで楽しみなさい」
瑞樹がとても怖い顔で光に詰め寄ったので、光は動けなくなった。
「じゃねー」
こうして、美帆、万帆、瑞樹はファミレスから出て、光と泉の二人になった。
さて、光は、何を話せばいいかわからない。
そもそも、六人座れる席で、二人並んで座るという状況が正しいのか、光にはわからない。以前、万帆と食事をした時は、向かい合って座ったものだ。
急に恥ずかしくなってきた光は、少しずつ腰を動かし、泉から離れはじめた。
「……山川くん」
しかし、泉が先に沈黙を破ったので、光はまた動けなくなった。
「何だ?」
「その……光くんは、その……」
先程までとは打って変わって、急にそわそわし始める泉。
女の子にこんな表情をされると、光は弱い。はっきり話してくれた方がマシだ。
「わ、私に、せ、性的な事を求めているの?」
「ぐっ」
光は思わず、ヘンな所から声を出した。
光は、童貞である。女子との交わりを経験できるのであれば、してみたいという気持ちはもちろんある。
童貞を捨てるためだけに彼女を作ろうとする男子がいるほど、男子は性行為に積極的である。光は内気だが、性欲はある。泉と向き合った時、性欲なしで彼女を見ることはできない。
しかし、付き合うことになったとはいえ、泉にそれを求めるのは間違っている気がする。
困ったことに、泉の大人っぽい雰囲気は一瞬で消え、今はただの恥じらう少女だ。このような態度をとる泉の体を求めたら、絶対に傷つけてしまう。鈍感な光にも、それくらいはわかった。
「いや。そのつもりはない」
「そ、そうなの……私の体は必要ないの?」
「必要あるとかないとか、そういう話はしていない。付き合いはじめてすぐにする事ではないだろう。俺と倭文さんは、今日初めて話しているんだぞ」
「そ、そうよね。急ぐ事ではないわ」
言いながら、泉がほっとしているのを光は感じた。
この子は破天荒だが、もしかしたら、かなり勇気を出して光と付き合う決断をしたのかもしれない。すぐ近くで話してみて、光はそう思った。
「今日は、テストで疲れただろう。もう帰らないか」
「そうね。一応、連絡先は交換しておきましょう」
「おう」
ここで連絡先を交換せずに別れ、しばらく音信不通になり問題の先送りをはかるという陰謀を光は考えていたのだが、普通に阻止された。
「駅まで送ろう。一応、彼氏だからな」
「必要ないわ。私、車で迎えに来てもらうから」
「親御さんか?」
もしかしたら父親だろうか。娘に彼女ができた、などと知ったら父親は絶対によく思わないだろう。光はそう考え、少し怯えた。
「いいえ。家の人よ。しばらくここで待つから、光くんは先に帰って」
「お、おう」
家の人、とは何だろうか。家族以外に迎えに来てくれる人などいるのだろうか。光は疑問に思ったが、泉はあまり話したくなさそうだったので、それ以上聞かなかった。何より、光はさっさとこの場を離れたかったので、大人しく泉の提案に従った。
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