第二章

第1話

 瑞樹、美帆、万帆、光、そして倭文泉という異常なメンツが、ファミレスに集った。

 六人がけのソファ席で、瑞樹、美帆、万帆の三人と、光、泉の二人が向き合う形で座る。

 万帆はFXで有り金全部溶かした人の顔になっていて、美帆が肩を貸さなければ歩けないような状態だった。

 瑞樹は、これから泉を問い詰めようと、息巻いている。

 対称的な姿勢の瑞樹と万帆に挟まれた美帆は、いつものように、好奇心に満ちたいたずらっ子の目で、何が起こるのかとうずうずしている。

 一方、光と泉の側は落ち着いていた。泉は告白をした時から今までずっと落ち着いていて、表情を変えなかった。泉はあまり表情を変えないので、光は泉が何を考えているのか、全く理解できなかった。

 諸々の作戦が外れ、どうしたらいいかわからないの極みに達した光は、肩をすくめ、でかい図体なのに弱々しく丸まっていた。

 ちょうど昼食時だったので、それぞれ思い思いの食事を頼んだ。瑞樹はドリア、美帆はハンバーグとエビフライのセット、光はカレー、泉はカルボナーラ。万帆は何も喋らなかったので、美帆が勝手にドリンクバーを頼んだ。

 食事もそこそこに、瑞樹が口火を切る。


「倭文さん。あんた、なんでいきなり山川くんに告白なんかしたの?」

「何か問題でもあるのかしら?」


 最初のこのやり取りで、光と美帆は、瑞樹と泉の相性が悪いのだと直感した。万帆はFXで有り金全部溶かした人の顔のままだった。


「問題って……倭文さん、これまで山川くんと話した事とかなかったでしょう。いきなり告白されたら、山川くんびっくりしちゃうじゃない」

「確かに驚かせてしまったかもしれないけど、私に告白してきた男子はみんなそれまで話したことのない人ばかりだったわ」


 瑞樹が顔を引きつらせる。

 美人で、独特の大人っぽさが漂う泉は、男子から人気だった。玉砕覚悟で告白をする男子も、後をたたなかった。しかし、告白されるたびに泉は「あなたのことを恋愛対象として見ていません」という冷静かつ辛辣な言葉でことごとく振ってきた。そんな噂は瑞樹も知っていたのだが、あらためて聞くと腹が立つものだった。


「……ちょっと話を変えるわ。倭文さん、あなた、山川くんのことが好きだったの?」

「好き? 好きか嫌いかと言えば好きよ。嫌いな人に告白なんてできないわ」

「そういう意味じゃないわよ。ええと、だから、好きっていうのは、四六時中その人のことしか考えられなくなって、授業中もその人のことばかりちらちら見ちゃって、その人がいない時に体操着の匂いとか嗅ぎ――げふっ、最後のはまあ忘れて、とにかくそんな感じよ」

「例えが妙にリアルだねえ」

「うっさい!」

「げふっ」


 途中で茶々を入れた美帆を、瑞樹は容赦なく叩いた。


「そういう気持ちになったことはないわ。そもそもクラスが違うのだから」

「いや、クラスが一緒とかそういうのはどうでもよくて、廊下ですれ違った時にすごく嬉しくなるとか、そんな感じはないの?」

「嬉しくはないわ。彼氏になって欲しいと思って、密かに観察はしていたけれど」


 瑞樹は頭を抱えた。瑞樹と泉の会話は恐ろしいほどに噛み合っていない。コミュ力の高い瑞樹でも相手によってはこうなるのか、と光は少し怖くなった。


「好きでもないのに、適当な理由で告白したってわけ?」

「理由はちゃんとあるわ。理由があれば別にいいのでしょう。みんな夏休みを一人で過ごしたくないとか、なんとなく気が合ったとかそんな理由で付き合っているのだから」

「くっ……」


 光は、泉の融通がきかないことに驚いたが、不自然な会話のようでちゃんと理論だっていることに気づいた。突然告白をしたことも、理由があれば好きかどうかに関わらず付き合ってよいと考えていることも、泉がこれまで見聞きした経験を参照したもの。だから瑞樹も「それはなんか変よ」という感覚的な回答ができなかった。理論的な議論に感情論で返したら、相手の納得はまず得られないものだ。


「はいはーい、しつもーん。倭文さんが山川くんと付き合う理由ってなに?」


 埒が明かないので、美帆が会話を変わった。なお美帆が万帆の双子の妹だということは、ファミレスへ来るまでに泉へ説明済みだ。


「少し説明が長くなるけど、いいかしら」

「いいよ!」

「私、三学期の終わりの生徒会選挙へ立候補しようと思っているの」


 生徒会選挙のことを口にした瞬間、瑞樹の表情が一層強く歪んだ。

 次の生徒会選挙が、瑞樹と泉の争いになることは、青柳高校ではすでに有名な話だった。明るく誰にでも人当たりのよい瑞樹と、クールで孤高感のある泉。この二人は対照的な存在で、人気が拮抗している、というのがもっぱらの噂だ。


「生徒会選挙と、山川くんと付き合うことになんの関係があるのー?」

「青柳高校の生徒会選挙では、投票前の演説の時、応援者が一人必要なの。応援者がまず話して、そのあと私が話すことになる。その応援者を、山川くんにお願いしたいの」


 ここで、黙って聞いていた瑞樹が、目を見開き、頭を抱えた。どうやら生徒会で一緒にいる瑞樹も、この話は初耳だったようだ。

 そんな瑞樹の様子を察してか、美帆は質問に徹していた。


「どうして山川くんにお願いしたいのー?」

「理由は色々ある。まずうちの高校は共学だから、男子と女子両方の支持を得るため、立候補者と応援者の性別は違う方がいい。だから男子で応援者を探したの。山川くんは、私が観察したところ、背が高くて、声が大きくて、男子からの信頼もそこそこある。部活もやっていないし、時間は作れると思う」

「でも山川くん、表に出るの好きじゃないと思うよ? いきなり演説に立っても、大勢の前でうまく喋れるかな?」

「そこは、私が一緒に練習するわ」

「大丈夫かなあ?」

「大丈夫よ。大勢の前に出る時は、話す内容も大事だけど、話し方や表情をよく練習して決めておけばいいのよ。例えばこんな風に」


 泉は自分の顔を覆った。手を離すと、そこにはまるで別人のような明るい顔の女性がいた。


「はじめまして。このたび生徒会長に立候補した、一年七組の倭文泉です」


 低調な話し方をしていた泉が、その瞬間だけは、若い女優のように明るく、輝いて見えた。

 

「えっ、すごいすごい! 泉ちゃんすごいよ! わたしと一緒に演劇やらない!?」

「演劇? 申し訳ないけど、勉強と生徒会で忙しいから、今はできないわ」

「そっかー、ざんねん」


 演劇部の美帆は、それを演技力だと受け取り、称賛した。その隣では、瑞樹が燃えるような嫉妬心を隠せず、イライラしていた。瑞樹は泉のこの才能を知っていたが、人前に立つ時もいつものノリから話し方を大きく変えることのできない瑞樹にはないスキルなので、正直、羨ましかった。


「でもさー、どうして応援を頼むのに、山川くんと付き合う必要があるの? 普通に頼めばいいんじゃない?」

「それはできないわ」


 泉は水を一口飲んでから、おもむろに続けた。


「私から山川くんへの貸しはない。だから、山川くんがどうすれば私の頼みを受け入れてくれるか考えた結果、いままで彼女のいない山川くんの彼女になれば、山川くんにとっていい経験をさせてあげられる、と結論づけたのよ」

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