第19話
「――っ!」
万帆に頭を下げられ、その時の言葉をうまく聞き取れなかった光は。
とりあえず、自分も頭を下げた。
ここで予定通り「よろしくお願いします」と言えば、全てが丸く収まったのだが、あいにく万帆が何を言ったか、自信が持てない光にそのような度胸はなかった。
ただただ、万帆が頭を下げているというのに、自分が普通に立っている状況が申し訳なく思えて、ほとんど反射的に頭を下げたのだ。
光は緊張しきっていて、最早頭の中には何の思想もない。
「えっ――ちょっ――」
万帆が、何か言っている。
頭を下げ、コンクリートの上の石粒を数えている光には、何を言っているのか、よく聞こえない。しかし、万帆が困っていることだけはわかった。
「うえっ、――ですけど、――はい、――えっ、えええっ?」
よく聞こえなかったが、万帆は困り続けている。
自分が頭を下げているせいなのだが――もしかして、返事をしない自分のせいだろうか?
光は、少しだけ気持ちが落ち着いていた。告白の言葉を聞き取れなかったのは仕方がないから、もう一度、万帆に聞いてみるしかない。
そう考え始めた時だった。
「――私と、付き合ってください」
ものすごく明瞭で、透き通った声が聞こえた。
光は、全身に燃えるような喜びを感じた。
万帆が、俺のために言い直してくれたのだ!
そう確信した光は、今度こそ万帆へちゃんと返事をするため、意を決して頭を上げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
万帆との絆を深められるよう、右手を差し出し、握手を求める。昨日の夜、必死で考えた万帆への返答を、光は実行したのだ。
「ありがとう」
光の大きな手を、とても細く、冷たい手が握った。
その瞬間、光はその手が万帆のものではないと直感した。
何度か握った万帆の手は、ぷにっとしていて、暖かかったのだ。
「むっ……?」
落ち着いて、正面を見ると。
そこには、光の知らない少女が立っていた。
倭文泉である。
「ええーーーーっ!!!!!」
遠くから、二人の女子の絶叫が聞こえた。
瑞樹と、美帆だった。
「あ、あ、あああ……」
泉の背後では、万帆が震えながら、結ばれた二人の手を見つめている。
「どう、いう、ことだ……?」
「どういうこと、と言われても、私からの告白を、山川くんが受け入れてくれたのでしょう」
「な、に……?」
全く心当たりがなかった光は、助けを求めるように万帆を見た。
万帆は光から目をそらして、こくりと頷いた。
事の顛末はこうだ。
万帆に合わせて頭を下げた光は、その後しばらく聴覚が機能していなかった。
その間に、突然泉が現れ、万帆と話した。
「あなた、今山川くんに告白したの?」
「えっ、そ、そうですけど」
「断られたの?」
「……はい」
「なら、私が告白してもいいわね?」
「えっ?えええっ?」
「山川くん。突然だけど、私と付き合ってください」
光は、最後の一節だけ正確に聞き取り、それを万帆の言葉と誤認したのだ。
まさか万帆とは別の女子がいると思わなかった光は、よく確認しないまま、その言葉に返事をした。つまり、泉の告白を受け入れたのだ。
「まず何をすればいいのかしら」
万帆と違って、泉は告白をしているというのに一切緊張しておらず、光と手を握ったまま、特にいつもと変わらない様子で考えている。
「ちょ、ちょっと待てーいっ!」
その時、ずっと物陰から様子を見ていた瑞樹が飛び出してきた。美帆もその後ろをついて行く。
「倭文さん! あなた何やってるの!」
「見ればわかるでしょう。山川くんに告白したのよ」
「見ればわかるけど! なんでいきなり山川くんに告白したのとか、万帆ちゃんが告白した直後にするなんて人間としてどうなのとか、色々聞きたいんだけど!」
瑞樹は食ってかかるように泉へ迫り、つながれた二人の手を無理やり離した。一度つないだ後、光はどうすればいいかわからなかったので、少し安心した。
「あなたには関係ないわ」
「関係ある? 山川くん私のお友達だから! 女子には恋バナ聞く義務があるの?」
「そうなの?」
「ねーねー、ここじゃ落ち着かないからファミレスとかにしようよ」
美帆が瑞樹のスカートをちょいちょい、と引っ張りながら言う。
その直後、ぐるるる、と美帆のお腹が鳴った。
「……そうね。まずはファミレス行きましょう。万帆ちゃんも、山川くんも来て」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます