第15話

 カタツムリのように奥手な二人が、驚異的な速さで仲直りを成し遂げた後――

 その一部始終を物陰から観察していた瑞樹と美帆が、駅前のファミレスで怪しい打ち合わせをしていた。

 大きなパフェをほくほくしながら食べる美帆と、ドリンクバーだけ頼んで憂鬱そうに紅茶をすする瑞樹。よくある女子高生どうしのファミレス会合だが、その雰囲気は異様だった。


「なんか食べないのー?」

「別にいいわ。あんた、そんなに食べてよく太らないわね」

「演劇の練習でけっこう動いているから大丈夫だよ」

「はあ。どうすればいいのよ、あれ。あんなの邪魔できる気がしないわ」

「ま、最初から相性のいい組み合わせだったし、仕方ないよ」

「あんたが納得してどうするのよ。ほら、早く次の案を考えなさい」

「えー、わたしは別に、お姉ちゃんが山川くんと付き合ってもいいんだけど」

「私が困るのよ!」


 光は、全く知らなかったのだが。

 瑞樹と美帆は、同じ中学の出身である。

 美帆と同じ中学ということは、万帆とも同じ中学なわけで。

 瑞樹と万帆は違う友達グループにいて、普段はほとんど話さない。だから光は、まさか瑞樹と美帆に裏のつながりがある、などとは思わなかった。

 読者諸君はもうお気づきかと思うが、万帆と美帆を入れ替えて光を混乱させるという作戦は、瑞樹の陰謀だった。

 その理由は、光を狙っていた瑞樹が、あろうことか最も見られてはいけない場面を光に目撃され、成り行きで万帆との恋愛を支援することになってしまい、その軌道修正を図るためだった。

 ……瑞樹は、最初から光と万帆の仲を応援するつもりなど一切なかった。むしろ、どうすれば効果的に破壊できるか、その機会を伺うために光と接触していたのだ。


「っていうかさ、彼氏作りたいだけだったら別に山川くんじゃなくてもいいじゃん? ほら、青高一のイケメンの福永くんが今フリーなんでしょ?」

「あれは無理よ。部活と勉強に集中したいから彼女いらないって言ってるのよ」

「そんなの嘘だよ。男子なんてエッチしてあげるって言ったら一発だよ」

「私にそれをさせる気?」

「じょ、冗談だよ。瑞樹ちゃん、本当は山川くんのことが好きで、それ以外の相手は考えられないのかなって思っただけだよ」

「そんな訳ないでしょ! 私は、今度の生徒会長選挙に向けて、学校内での地位を確立させたいの!」

「なんで学校内での地位を確立させるのに彼氏がいるの?」

「今どきのリア充には彼氏、彼女くらい普通にいるものよ。男子と恋愛も含めた適切なコミュニケーションが取れる、っていうアピールが必要なのよ」

「んー、よくわからないけど、それ山川くんじゃなくてもいいんでしょ?」

「絶対に山川くんじゃなきゃ駄目、っていう訳ではないわ。でも現時点で最適なのが山川くんなの。同い年で、頭がそこそこ良くて、誰にでも優しい。周囲からの評判もいい。何より、ちょっと近寄りがたいところもあるけど、自分から表に出るような子じゃないから、私より目立たないのが高ポイントね」

「ふうん。へえ。そーなんだ」

「なによ」

「なんでもないよー」


 美帆はあっという間にパフェの山を食べ尽くし、長いスプーンでグラスの底に残ったコーンフレークのかけらを弄びながら、興味なさそうに瑞樹の説明を聞いていた。


「で、どうすればいいと思う? 私、正直言ってあの二人を邪魔できる自信がないんだけど」

「そだね。運命の赤い糸でつながれてたみたいな二人だもんね」


 一瞬、瑞樹がものすごく寂しそうな顔をして、テーブルの上にあったスティックシュガーを握りしめた。その様子を見た美帆は大きなため息をついたが、瑞樹は気付かなかった。


「いっそ、二人の仲をぎゅって縮めちゃおっか?」

「どういうこと?」

「お姉ちゃんに告白させる」

「……そんな事して、二人が正式に付き合い始めたら、取り返しがつかないわよ」

「お姉ちゃん、まだ告白できないと思うんだよね」

「っ!」

「思い出した? お姉ちゃん、本当に好きな子には自分から告白するタイプなんだよ。必要ならとっくにしてると思う。それができてないって事は、山川くんのことがそんなに好きじゃないか、大好きだけど中学時代のトラウマで告白という行為自体ができないか、のどっちかだと思う」

「それは……微妙なところね。私よりあんたのほうがわかってるでしょ」

「私も微妙なところだと思う。でもね、多分、今山川くんに告白させたら、中途半端な告白しかできないと思うんだよ。山川くんのことが好きじゃなかったら一生告白もしないし、付き合わない。トラウマのせいだったら、あの時の記憶のせいでまともにできない。どっちかだと思う」

「つまり……まだ二人の仲が熟されてない状態で、賭けに出るってこと?」

「そだよ。このまま放置したら、単純接触効果でもっと仲良しになるだけだよ。お姉ちゃんが中途半端な、自分の気持ちに嘘つくような告白したら、山川くんは気づくと思うなあ」

「確かに……今の二人の仲をぶっ壊すには、それしかなさそうね」


 瑞樹があやしく笑っている。美帆は、よくこんな適当な作戦に騙されるなあ、と内心思いながら、グラスに残った最後のひとかけらを口に運ぶ。


「わたし、お姉ちゃんに『山川くんはお姉ちゃんから告白して欲しいみたいだよ』って吹き込んでおくから。それで動きがあったらまた教えるよ」

「わかったわ。私も、なんとなく万帆ちゃんが告白したがってる、って山川くんに吹き込んでおくわ」

「なんか、わたしたちすごく悪い事してるね。他人の恋愛なのに」

「私のためよ」

「瑞樹ちゃんは強欲だなあ」

「なんとでも言いなさい。生徒会長の座はそれほど価値のあるものなの」


 こうして、順調に回復していると思われた光と万帆の間に、新たな火種が投げられた。

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