第13話
「それで……あの……」
和解したあと、万帆は急にもじもじと、控えめに話しはじめた。
「美帆とデートした時……その……どんなことしました?」
光はぎくり、と一瞬、腰を引いた。
万帆と美帆を間違えたことは、光にとって汚点であり、その美帆との行動を口に出すのはためらわれた。
しかし、万帆が気にしているので、今更隠すわけにもいかない。
「一緒に神葉町の古書店を歩いて、その後バーガーエンペラーで一緒に食事をして……」
「あ、えっと、そういうのじゃなくて」
「どういうことだ?」
「その……例えば、美帆と……手をつないだり、しませんでしたか?」
言われて、光は察した。
万帆が聞きたいのはデートの内容ではなく、そこであった『いちゃいちゃ』だ。
一緒に遊ぶだけなら、付き合っていない男女でも成立する。しかし、手をつないだりするのは、付き合っていなければしないことだ。
もちろん色々あった訳だが、それを言ってしまうと光が美帆に浮気していた、と思われても仕方がない。だから、光はなかなか言い出せなかった。
「あの、わたし、本当に怒ってる訳じゃないんです。美帆はわたしと外見がそっくりだし、演劇部だからわたしのふりをするのも得意なんです。山川くんが間違えても無理はないです」
演劇部、と聞いて、光は美帆がシェークスピアの英語版を読んでいたことを思い出した。読書が好きな万帆とは対象的な趣味だ。そういえば、あの日の美帆はたしかに万帆と似ていたが、一瞬だけ不自然なところを見せることも多かった。それが演技と素の状態の境目なのだろう、と光は思った。
「でも……美帆と山川くんがしたのに、わたしとしてないのは、ちょっと、その、悔しくて……」
「嫉妬、ということか?」
「っ! そ、そんなストレートに言われると、恥ずかしいです……」
何気ない光の一言だったが、万帆は顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。
「いや、その、すまない。そうだな、大したことはしてないが……一緒に神葉町を歩いていた時、美帆はずっと俺の腕に抱きついていた」
「腕に、抱きついて……?」
万帆が怒りに震えている。光ではなく、美帆に対しての怒りだ。
しばらく思案したあと、万帆はおもむろに光の腕を両手で掴んだ。
「こ、こんな感じですか?」
「い、いや、もっと強く抱きついていたな」
「こ、こ、こうですか?」
万帆は、美帆がそうしたように、光の腕へ体を全部預けた。コートを着ているとはいえ、万帆の柔らかい体がぎゅっ、と光の腕に伝わる。
「あ、ああ、そんな感じだ」
「じゃあ、これで、一緒に帰りましょう」
「このままで……だと……?」
美帆と歩いた神葉町には、光の知り合いなど一人もいなかった。しかし、ここは学校の中。このまま出歩いたら、絶対に噂が立ってしまう。
「ここでなくても、またどこかへ一緒に行って、すればいいじゃないか」
「それじゃダメです」
「何?」
「わたしは、美帆よりすごいことがしたいんです。他の場所でこうしても、美帆がしたのと同じでしょう。学校内でこうやって歩けば、美帆よりも、すごく、積極的、でしょ……?」
「あ、ああ……」
そう言っている万帆はとても恥ずかしそうなのだが、光の腕にぎゅっと抱きつき、離れてくれそうになかった。
光が折れて、そのまま駅まで歩くことにした。
案の定、すれ違った生徒たちは口々に二人のことを話していた。何も知らない上級生の「何あれ、ラブラブじゃん」という何気ない一言から、同級生の「あいつら、ついに付き合い始めたのか」という致命的な言葉まで、すべて光と万帆に突き刺さった。しかし、万帆は光の腕を離そうとしなかった。
「ごめんなさい……わたし、あの子には負けたくないから」
どうやら、それが万帆の真意らしかった。
「妹とは、仲が悪いのか?」
「うーん、悪い、という訳ではないです。家では普通に話しますし、むしろいい方だと思います。ただ、あの子はわたしと性格が正反対で……いつもわたしにいたずらしてくるんです」
「それはこの前、なんとなくわかった」
「でも、まさか山川くんに手を出すとは思いませんでした。そもそも美帆に山川くんのことは全く話してないのに、どこでばれたんでしょうか」
「俺にもわからん。スマホを勝手に使った、と言っていたから、LINEの着信に気づいたんじゃないか。ロックしていてもメッセージが出るからな」
「そこもおかしいんです。わたしたち、スマホは勝手に見ないって紳士協定……というか淑女協定を結んでるのに、美帆が破ったんです。こんなこと、初めてです」
「ううむ。だがパスワードがわからなければスマホはいじれないだろう。やはり周到に準備していたんじゃないか」
「顔認証、できちゃうんですよね……」
「ぶっ」
同じような顔とはいえ、まさかスマホまで騙せるとは。さすがの光も笑ってしまった。
「むう……」
「いや、すまない。俺は、これまで双子のきょうだいを見たことがなくてな」
「そう、なんですか?」
「ああ。双子という存在は知っていたが、ものすごく珍しくて、そう簡単には会えないものだと思っていた。だからこの前、妹と会った時も、違和感はあったが、それを疑う理由がなかった。その人が本当に江草さんだったら、疑うことで傷つけてしまうかもしれないからな」
「そ、そうなんですね……じゃあ仕方ないですね……えへへ」
「しかし、本当に二人は似ているな。よく間違えられるのか?」
「そんなのしょっちゅうですよ。お母さんでも間違えますから」
「そういうものなのか」
「他の双子のことはわかりませんけどね」
なんとなく重苦しい雰囲気が解け、二人は駅前までたどり着いた。
「家まで送ろうか?」
「……」
光が言うと、万帆は光の腕から手を離し、急に神妙な顔になった。
「あの……わたしから一つ、謝らければならないことがあって」
これまでの体を寄せ合っていた状態とは違い、正対して、真面目な顔をしている万帆。
光は、ものすごく嫌な予感がした。
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