第12話

 週明けの月曜日、学校にて。

 万帆は、明らかに光を避けていた。

 これまでは、お互い近くにいれば自然と会話が始まるような距離感を保っていたのだが、そもそも近づくことがなくなってしまった。

 それだけなら、たまたま近づく機会がなくなったのか、と思えるのだが、昼休みに廊下で光と万帆がすれ違った時、万帆は光の姿を見ると、回れ右して引き返してしまった。この時、光のボロボロだった心が完全に折れた。

 光が教室に戻ると、瑞樹が声をかけてきた。


「……江草さんと何かあったの? ひどい顔してるけど」


 感情を顔に出していないと思っていた光は、瑞樹の言葉に驚いた。しかし、今の自分の気持ちを考えると、そう思われても仕方がない、という気持ちはあった。


「ああ……色々あった」

「ふうん。じゃあ、放課後に聞いてあげるわ」


 瑞樹は、それがいい話ではないことを察したらしく、昼休みはそれだけ伝えて、会話は終わった。

 放課後、家庭科準備室にて、光は万帆と間違えて美帆とデートしたことを、すべて語った。

 聞き終えた瑞樹は、大声で笑い出した。


「はははははっ! あーっはっはっはっ! 何それ! すごく面白いじゃない!」


 慰めてくれるのかと思っていた光は、大笑いする瑞樹を見て、呆然とした。


「あんた、知らなかったの? 江草さんに双子の妹がいるって」

「知らなかった。お前は知っていたのか?」

「知ってたわよ。顔も体型も全く一緒の双子の妹がいる、って一時期、女子の間で噂になってたの。写真も見せてもらったし。まあ、本人はあまり話したくないみたいだったし、その噂が流行ったの一瞬だから、あんたが知らなくても仕方ないわ」


 万帆と光が接近したのはつい最近のことなので、それ以前のことについて光は何も知らなかった。こんなことになるならもっと情報を集めておくべきだった、と光は後悔した。


「で、間違えちゃったって言うけど、あんた双子のきょうだいって見たことあるの? あ、一卵性双生児の双子ね。二卵性だとそんなに似てなかったりするから」

「いや。双子を見たのは、これが初めてだ」

「だったら仕方ないわよ。私も中学の時の同級生に双子がいたけど、はたから見ると全然区別つかなかったもん。本当に似てるのよ。外見よりアクセサリーとかで見分ける方が確実だったわ」

「そういうもの、なのか。しかし、外見は同じでも、中身というか、性格は違うだろう」

「そうね。でも今回の場合、妹さんがあんたを騙すために、姉のふりをしてたんでしょう? ずっと一緒に暮らしてる姉の真似なんて、妹なら簡単でしょ。それにあんたは双子を見たことがないし、そもそもきょうだいがいると思ってなかったんだから、騙されても仕方ないわ」

「そう、なのか……? しかし、江草さんは俺が間違えたことで、機嫌を損ねてしまった」

「まあ、気づいてほしかったのは事実でしょうね。でも双子の姉妹なら、これまで間違えられることなんて何度もあったはずだし、想定内でしょ。今回の場合、悪いのは騙そうとした妹さんだから、妹さんに怒ってるんじゃない?」

「それもあるだろうが、俺とも目を合わせてくれないんだ」

「ふうん。で、あんたはどうしたいの? これで諦める? それとも、やっぱり江草さんと付き合いたい?」


 瑞樹が、挑戦的な目で光に問いかける。真意はわからないが、真剣に考えてくれていることだけは光に伝わった。


「あんなことをして、付き合えるかどうかはわからない。しかし、妹と間違えてしまったことは、謝らなければならない。そこだけははっきりしたい」

「なるほどね。堅物のあんたらしい答えだわ。だったら私がサポートしてあげる」

「何を手伝うんだ?」

「今、江草さんがあんたと目も合わせてくれない訳よね。この状況をあんただけで突破するのは厳しいでしょ。だから私が、あんたが反省してるって江草さんに伝えてあげる。優しいあの子のことだから、あんたが辛い気持ちになっている、って知ったら、ずっと今のままではダメだって思うでしょ。多分だけど」

「そうなるといいが……」

「そこは任せなさい。私、一応あんたに弱みを握られてるから、ちゃんと話せるようになるまではなんとかするわ。でも、そこからはあんたの役割よ。私があんたの代わりに謝罪しても、意味ないから」

「わかった。しかし、あれだけ怒っていて、本当に許してくれるだろうか」

「そこはやってみないとわからないわ。大喧嘩して別れるカップルって結構多いから」

「……」

「あっ、でも、そのあと仲直りしてよりを戻すカップルも結構多いのよ。こういうときは、とにかく、許してくれるまで謝り続けること。一度会ってだめだったら二度目、三度目、と繰り返しなさい。悪いけど、私に思いつくのはこれくらいね」

「いや、それでいい。俺も、そうするしかないと思う」


 光は真面目な男なので、この事件の発端となった美帆の悪行はともかく、万帆と間違えてしまったという自分の罪については、正式に謝罪したかった。

 しかし、あれだけ機嫌を損ねてしまった万帆と、再び同じような関係に戻れるかどうか。光には自信がなかった。瑞樹のサポートがあったとしても、だ。

 翌日、光のそんな心配は、すべて杞憂に終わった。

 昼休み、万帆と瑞樹が教室の隅で何やら話しこんでいるのを、光は目撃した。

 その日の放課後、光が下駄箱で靴を履き替えていると、


「あの、山川、くん……」


 万帆に声をかけられた。

 光は、瑞樹の強力なコミュ力に感謝するとともに、あまりにも早い万帆との会話の再開に驚いた。


「すまなかった」


 唐突ではあったが、とにかく万帆へ謝ろう、と必死に考えていた。

 話せるようになったら、まずそう言うべきだと、光は心に決めていた。


「あっ、いえ、その、わたしは別に」

「もっと早く、妹のほうだと気づくべきだった。本当にすまなかった」

「……」


 万帆は驚いていた。デカブツの光が小柄な万帆に頭を下げる姿は、滑稽なものだった。


「もう大丈夫です。怒ってないですよ」


 万帆がはにかんだのを見て、光はやっと、ここ数日の苦悩から解放された。

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