第11話

「あはははは!!」


 美帆、と呼ばれた、ついさっきまで光が万帆だと思っていた少女は、腹をかかえて笑いだし、ベッドの上で転げまわった。

 

「何、何やってるの、もう! いつのまに山川くんのこと知ったの!」

「秘密だよーん! ぎゃははははは」


 これまでのおしとやかな万帆のイメージとは程遠い下品な笑い声で、光は隣にいた少女が、万帆でないことを確信した。

 思えば、最初に会った時から、いつもと印象が違う、とは思っていた。しかし容姿が全く同じなので、別人だと思えなかった。


「どういう、こと、なんだ……?」


 自分の力ではこれ以上考えられなかった光は、本物の万帆にそう聞いた。


「山川くん、気づかなかったんですか……?」

「そう! この人、ぜーんぜん気づかなかったんだよ! いくらわたしが似てるからって、近くで見たら違うところあるでしょ! いつバレるかドキドキしてたのに! 危うく襲われるところだったよ!」

「美帆は黙ってて!」


 ベッドの上の、美帆と呼ばれた少女に、万帆は蹴りを入れた。なかなかいい蹴りだな、と光は思った。美帆は「ぐえ」と言って動かなくなった。


「あの……山川くんには言ってなかったんですけど……そこにいる美帆は、私の双子の妹です」


 双子。

 光には、その発想が全くなかった。

 一人っ子であり、これまで通った学校でも双子のきょうだいを見たことがなかった光。双子という存在は知っていたが、とても珍しくて、そう簡単に見かけるものではない、と思い込んでいた。

 万帆は家族の話をほとんどしなかったので、きょうだいがいる、ということも考えていなかった。というか、光は万帆の事さえわかれば、他の存在には興味がなかった。

 

「どうして、山川くんが美帆と一緒にいるんですか……?」

「江草さんからデートの誘いのLINEをもらって、普通にデートしていただけのつもりだったんだが……」

「……美帆」


 学校では全く見せなかった、万帆の怒りに満ちた表情を見て、光は萎縮した。

 万帆がベッドに上がり込む。美帆は「きゃいんっ」と犬のような声をあげ、腹ばいになる。その上から万帆がのしかかった。


「わたしのスマホ、勝手に触ったでしょ」

「は、はいっ、触りました。大変申し訳ありませんでした」

「山川くんのこと、誰から聞いたの?」

「そ、それは秘密」

「……」

「ぎゃーっ、あっ、あっあっ、そこだめっ、そこだめえええっ」


 万帆が上から美帆の体を封じたまま、脇腹をくすぐっていた。美帆は足をじたばたさせ、呼吸困難なくらいに喘いでいた。

 結局、美帆は口を割らなかったので、そのまま解放された。美帆は息を切らせながら、光を恨めしそうに見ている。


「や、山川くんだって悪いんだよ、わたしが偽物だって気づかなかったんだから」

「それは……すま、ない」

「最後に大ヒントだってあげたんだから! わたしとお姉ちゃんを絶対見分けられるところ、見せてあげたんだよ、ほら」


 美帆が急に起き上がり、万帆のスウェットを半分、たくし上げる。


「ひゃっ!?」

「ほら、お姉ちゃんはおへその隣にほくろがあるんだよ」


 それは美帆の、突然の反撃だった。

 先程見たのと同じような万帆のきれいなお腹には、たしかに、小さなほくろがあった。そこだけは美帆のお腹と違っていた。


「って、お姉ちゃんたち、そもそも付き合ってないんだよね。こんなところ、まだ見てなかったかー。あはは」


 のんきそうな美帆を、万帆が突き飛ばし、部屋を出ていった。


「むっ、どこへ行くんだ!」


 光が追いかけると、万帆はリビングの奥にある部屋に入り、光の姿を恨めしそうに見ながら、扉を閉めた。


「あー、お姉ちゃん、ガチギレしちゃった」

「あの部屋は?」

「弟の部屋」

「弟もいるのか……どうやったら出てきてくれるんだ?」

「弟が帰ってきて、お姉ちゃんをなだめるまでは無理だね。弟は部活だから、今日の夜遅くまで帰ってこないよ」

「む……」

「お姉ちゃんがドアノブ押さえてるから、引っ張っても無駄だよ。お姉ちゃん、ああ見えてすごく力強いから。わたしと同じ体型のはずなのに、喧嘩したら絶対勝てないもん」


 光の力なら勝てそうだが、ドアノブが取れてしまう危険もある。何より、万帆が誰とも会いたくないという意思表示をしているのに、無理やりドアを開ける気になれない。


「山川、くん」


 ドアの向こうから、万帆のすすり泣く声が聞こえ、光の胸が締め付けられる。


「今日は、もう、かえってください。ひとりにさせてください」


 自分のせいで万帆を泣かせてしまった、と思い込んでいる光は、頭を抱えた。


「ふーん。じゃ、山川くんには帰ってもらうよ、お姉ちゃん」


 呆然と立ち尽くしていた光だが、美帆に無理やり引っ張られ、玄関の外に出た。


「あはは。ごめんね、山川くん。お姉ちゃんの機嫌はそのうち直しとくから」


 あまり悪びれていない様子の美帆に見送られ、光はマンションを出た。

 光は、これまでの人生で、最も辛い帰路についた。

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