第8話

 デートをした日の夜、万帆からLINEメッセージが届いた。


『山川くん

 今日はありがとうございました。

 お食事は美味しかったし、食べたかったデザートは山川くんが手伝ってくれたし、ふだん一人ではなかなかできないことができたので、とても嬉しかったです。

 あと、駅まで送ってくれたのも嬉しかったです。前から思っていたんですけど、山川くんてすごく男らしいですよね。

 山川くんがもしよかったら、また一緒にどこかへ遊びに行きましょう』


 メッセージを見た光は、ベッドの上で陸揚げされたマグロのように飛び跳ね、部屋を駆け回り、壁、机、椅子などを殴りつけた。

 狂喜乱舞であった。

 万帆と同じ空気が吸えるだけで嬉しいというのに、一緒に食事をして、肩が触れ合うほどの近さで一緒に歩いて。

 おまけに、お礼のメッセージまでもらったのだ。

 その日の出来事を羅列しただけの、小学生の日記のような文章だったが、光はそれで満足だった。

 光は、人生全てに勝利したような、全能感を覚えていた。


* * *


 週明けの月曜日。家庭科準備室。

 万帆とのデートのことをありのまま瑞樹に報告したら、めちゃくちゃに怒られた。


「あんた馬鹿じゃないの? 女の子がそこまでしてくれてるのに、結局何も進展してないじゃない。帰る時なんか、江草さんは絶対あんたと手をつなぎたがってなのに、それに気づかないなんて馬鹿なの? 女の子が勇気出してくれてるのにあんたが何もしないって何なの? 失礼だと思わないの? もしかしてあんた不能なの?」


 デートに成功して褒められると思っていた光は、瑞樹に怒られて、落ち込んだ。


「こんなに怒られたのは、中学の部活以来だ」

「えっ、山川くん、部活やってたの? 今は帰宅部なのに」

「まあな。昔の話だが」 


 瑞樹にとって初耳の情報だったが、光があまり話したくなさそうだったので、この話題はすぐ終わった。


「じゃあ、私、もう手伝わないから」


 秘密を守るためとはいえ協力的だった瑞樹が、今度は一方的に約束を手放した。光は驚いた。もちろん、光は瑞樹の秘密を言いふらすつもりなどないし、これ以上世話になるのも悪いと思っていたので、言い返せないのだが。


「言っとくけど、これはあんたのためだから。これ以上私があんたと江草さんをくっつけようとしたら、さすがに不審でしょ。私の作戦でくっつくように仕組んでいる、って江草さんに察知されたら、本当は自分のこと好きじゃないのかな、とか考えるわよ、あの子は」

「確かに」

「だから、あとはあんた一人でやりなさい。そのための準備は整えてあげたんだから、もういつ告白しても大丈夫よ、たぶん」

「多分、か」

「恋愛に百パーセントはないわ。でも失敗を恐れてうじうじするのが一番みっともないし、あとで後悔するわよ」

「……そうだな。今までありがとう」


 瑞樹がいなければ、万帆と光が普通に会話するような日常はなかった。それは光も認めていて、素直に礼を言った。すると瑞樹は、急に照れたような顔になった。


「……それくらいストレートに、江草さんへ気持ちを伝えなさいよ」


 赤くなった顔を隠すように、瑞樹は家庭科準備室から出て行こうとした。


「あの事は秘密だからね! 絶対よ!」

「わかっている」


* * *


デートでより仲を深めた二人は、学校での付き合いがより深くなった。休み時間に目が合うと、万帆がふふ、と微笑み、手を振ってくれるようになった。光は照れてしまい、不自然な会釈を返すばかりだった。そんな様子を近くで見ていた瑞樹は、決まってため息をついた。

自分から告白しよう、と光は心に決めていた。しかし、具体的なイメージは未だに描けなかった。まず万帆と二人で話せる状況を作る必要があるが、この前のように食事だけでいいのか、それとも「大事な話がある」と言って、校舎の裏に呼び出せばいいのか……何より、自分が「好きです、付き合ってください」と口にするのは、ものすごく恥ずかしかった。

金曜の夜、結局次のデートに誘えなかった光は、練習のために自宅でその言葉を言おうとしたが、唇がヘンな方向に曲がってしまい、とても言えなかった。

このままではいけない、と光が思いつめていた時、万帆からLINEメッセージが届いた。


『こんばんは。

 この前の土曜日は、一緒に遊んでくれてありがとうございました!

 あの、今週の日曜日、一人で神葉町の古書街に行こうと思ってたんですけど、よかったら山川くんも一緒にどうですか……?』


 渡りに船、であった。

 万帆からデートに誘われると思っていなかった光は、またも部屋で狂喜乱舞をした。しかし、今回はすぐ我に返った。この前は喜びのあまり返信を忘れ、翌日まで既読スルーしてしまうという失態を犯したのだ。

 

『日曜は暇だから、ぜひ』


 光は普段の言葉づかいも、LINEでのやりとりも硬い男なので、短く返信をした。


『やったー!

 じゃあ、朝十時に神葉町駅の西口集合でいいですか?』


 万帆は快諾してくれて、このあと数回やり取りをして、具体的な日時を決めた。

 LINEをしながら、光は奇妙な感覚に襲われた。

 万帆と話しているはずなのに、画面の向こうから送られてくるメッセージは、どこか別人のような気がしたのだ。

万帆が「やったー!」などと言うだろうか?

 これまで、あまり友達とLINEでやり取りをしたことがなかった光は、会って話す時とLINEで話す時とは違うノリの子なのだと、勝手に解釈して、自分を納得させた。

 しかし、先週のデートのことは学校でも軽く話したのに、今更になってありがとうと言われるのは今更な気がしたし、そもそも万帆がこんな風にはしゃぐようなノリで会話をするというイメージがどうしても湧かなかった。

 光は悩んだ。しかし、万帆のスマホから万帆以外の者のメッセージが送られてくる訳もない。

 もしかしたら、自分が引っ込み思案なばっかりに、万帆が無理して元気そうなキャラを演じているのではないか。

 光はとりあえず、そう結論づけることにした。

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