第6話
この頃になると、光と万帆が急に仲良くなった、という噂はクラス中に広まっていた。
福永大地が他の男友達と一緒に光ところへやって来て、万帆との関係を直接聞く機会もあった。立っているだけで力士のような貫禄をもつ光に対して、物怖じせず話しかけられるのは男子といえども大地くらいしかいなかった。
「山川、最近江草さんと仲いいじゃん」
「……まあな」
「付き合ってんの?」
「いや。好きな本の話をしているだけだ」
「ふーん。まあ、お前本読むの好きだもんな」
ここで堂々と、万帆のことが好きだと宣言して、他に万帆へ興味がある男子を退けさせる手もあったのだが、あいにく光にそのような勇気はなかった。
大地が話しかけると、周りの男子たちも参戦しはじめた。
「江草さんいいよなー、普通に可愛いじゃん」
谷亮太という、いかにもチャラい感じの男がそう言った。亮太は光と真逆の性格で、男女問わず誰にでも話しかけるタイプ。持ち前のテンションの高さで、どんな相手でも会話をつなげる。
「江草さん、普通に人気だったのに。光が彼氏になったらショックだぜ」
「そうなのか?」
「おう。なんていうか、可愛い小動物感あるじゃん? みんな目の保養って感じで見てるんだけどなあ。大人しすぎて、何の話すればいいかわかんねえんだよな」
その場にいた数人の男子が、皆亮太に同意した。つまり、皆万帆のことをかわいいと思っていたが、具体的に付き合おう、と思っている者はいなかった。愛すべきマスコットキャラ、という感じだ。
光は密かに、ライバルがいないことを喜んだ。
「なんつーかさ、ああいう守りたくなるタイプの女の子、一度でいいから付き合ってみたいよな。清宮みたいに美人だけどガツガツしてるタイプとは正反対だもんな」
何気ない亮太の言葉に、光を含め全員が同意した。瑞樹は美人だが、次期生徒会長への立候補を周囲に明言するほどアクティブで、男子に負けない気の強さを持っていた。だから、万帆のように思わず守りたくなるような種類の魅力はなかった。
「んー、誰がガツガツしてるって?」
男子たちの背後から、瑞樹が現れた。
女子が集まるスペースから離れて話していた男子たちは、突然の登場に驚いた。瑞樹は、光のアシストをするためいつもより男子たちの行動に注意力を向けていた。
「だれが、ガツガツ、してるって?」
瑞樹は亮太のネクタイを引っ張りながら、ぐいぐい迫る。
「そういうとこだぞ!」
亮太が瑞樹の手を払いのけ、バックステップで大きく下がる。しかしネクタイを掴まれているので、なんとも情けない前傾姿勢になった。瑞樹は笑っていたが、どう考えても怒っていた。
「清宮はクラス委員や生徒会で前に立つことが多いし、なんかそういうイメージなんだろ」
瑞樹の神経を逆撫でている亮太に代わって、大地がフォローした。
「ふーん。まあ、そういうことにしとくか」
瑞樹はその言葉に満足したらしく、亮太のネクタイを離した。
「で、今の話なんだけど、江草さん狙ってる人、いないのね?」
「聞いてたのかよ。まあ、俺は狙ってないけど」
亮太がまず言い、他の男子も同意する。もちろん、光を除いて。
「じゃあ、くっつけちゃおっか。山川くんと江草さん。別にいいでしょ? 二人が付き合ってるところ、おもしろそうだから見てみたいわ。二人とも、普通に生きてたら誰とも付き合わないようなタイプだし」
「確かに。俺も、山川が女と付き合ってるところ、ちょっと見てみたいな」
瑞樹の提案に、大地が答えた。他の男子もおおむね同意している。
話題の中心にいながら何も話していない光は、瑞樹のコミュ力と手早さに驚いていた。突然男子の集まりに割り込んできて、あっという間に万帆と光が付き合うように話をまとめてしまった。恋愛は基本的に当事者同士の問題だが、他に万帆を狙っている男子がいたら、話がこじれる。瑞樹はそれを見越して、まず男子たちの合意を取ったのだろう。
「でもさー、どうやって付き合い始めるんだよ? 山川が告白なんかする訳ないだろ」
亮太が両手を頭の後ろに組みながら、興味なさそうに言った。
「そうね。とりあえず山川くんと江草さんがデートする方法、あんたが考えなさいよ」
「えー、俺関係ないだろ」
「私のことガツガツしてる、とか言った罰よ」
「事実だから仕方ないだろ」
「デリカシーないわね。そんなんだから三年の大島先輩に振られるのよ?」
場の空気が凍った。
亮太と瑞樹以外は、初めて聞く話だったからだ。
「……なんで知ってんの?」
「誰かが告白した噂くらい、女子の耳には全部入ってくるわよ。今どき靴箱にラブレター入れたなんて――」
「あーっ、それ以上言うな!」
周囲の男子たちがげらげらと笑いだし、亮太は慌てて瑞樹を止める。どうやら本当らしい。誰にでも話しかけるタイプの亮太が、好きな人相手にラブレターという古典的でナイーブな告白をした、というギャップが皆にうけた。
「山川! これやるから、江草さん誘ってこいよ!」
話題をかき消すため、亮太が財布から二枚のチケットを取り出した。少し高級なファミリーレストラン『ジョーンズ』で使える食事券だった。
「なんでそんなものを持っている?」
「俺の親父が、株主優待? とかいうのでもらったらしい。本当は、大島先輩を誘う予定だったんだが、もういらなくなったからな……」
「そ、そうか」
「行ってこいよ!」
チケットを受け取り、ちょうど立ち上がった光を亮太が蹴り飛ばした。光はバランスを崩し、万帆の席までよろめきながら移動した。
「わっ、どうしたんですか」
驚いた万帆が、本を読むのをやめて光を見る。
「ああ……いや……」
光はうまく言葉を考えられなかったが、万帆が手に持っている食事券をじっと見ているので、それをきっかけに話そうとした。
「これ、友達からもらったんだが……今週の土曜、一緒に、行くか?」
「えっ、いいんですか? わたし、そのお店行ったことがなくて」
「駅前にある。まあ、その、本のこととか、たまにはゆっくり話したいからな。貰い物だから、気は使わなくていいぞ」
「やったあ」
光は、自分などが女子を誘っても、やはり断られるのではないか、と未だに弱気だったが、万帆は素直に喜んでいた。
不器用な会話を、男子たちと瑞樹が遠巻きに眺め、笑っている。光には、それがとても恥ずかしかった。
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