後夜祭(1)


「つまり……葵は、森さんにキャリーバッグの中に私を詰めて誘拐したと勘違いされたって……こと?」


 私が加奈子ちゃんを演じている最中にあった出来事の全てを、葵から聞いた。まさか私がいなくなることでそんなに大きな問題が生じるだなんて思いもしなかった。


 私たちは今、後夜祭のキャンプファイヤーにとあるものを捨てるために順番待ちをしている最中だ。元より陵花学園の後夜祭では、文化祭で出たゴミはここで焼却するように決まっている。


「そういうことだ。だから文化祭を満喫だなんて……無理な話だったよ。中身がお前じゃないとは言え、加奈子ちゃんのマネキンがバレるわけにもいかなかったからな」


 葵はキャリーバッグを引きながら、はあと溜息をついた。キャリーバッグの中にはまだ加奈子ちゃんのマネキンが入っている。私の計画が成功した直後、次は加奈子ちゃんのマネキンが失踪したということが大きな問題となった。森さんに至っては「加奈子ちゃんが動いているのを見た!」だなんて奇妙なこと言うものだから、クラス内でその話題が加速してしまったのだ。そして同時に森さんは『不思議で幼稚な人』というレッテルが貼られ、あらゆる意味で話題となった。おそらく、なのだが私があの恰好で外階段に出て行った時、森さんは私の姿を一瞬目撃してしまったのかもしれない。だとすると、森さんには本当に申し訳のないことをしてしまった。


「ほら、行くぞ」


 私たちの番が回ってきて、私と葵は一緒にキャリーバッグを持ち上げた。そして炎の柱の中に、加奈子ちゃんのマネキンが入ったままのそれを投げ入れた。


 これから何時間かの間、キャリーバックの中に入った彼女はじっくりと焼かれて見る影も無くなるのだろう。きっと明日には灰になって彼女は風に舞うのだ。そうやって私たちが文化祭の間にした、加奈子ちゃん誘拐の罪も同様に、消える。なーんて。


「そういえば……何で屋上からキャリーバッグを投げたの?」


「ああ……あれはたまたま九組の前を通ったらあの二人の女の子に追われたんだ。で、屋上に追い詰められたんだけど、下に外階段があるのを確認したからいけると思ってな……。奪われてバレるよりはマシかと思ったんだ」


 森さんが葵を追うように指示を出したのだろうか。そんな突発的でわけのわからない頼みを、彼女たち二人は聞き入れてくれた……ということか。


「それにしても……あの森さんって子、一体何だってあんなにも執拗に俺を追っかけてきたんだ? 例えお前がキャリーバッグに詰められたとしても、森さんには関係ないことじゃないのか……あの子も、友達いないんだろ」


「そんな言い方良くないけど……でもね、もしかしたら何だけど……」


 私が今朝、森さんに言った言葉。


『せっかく友達になれたんだから』


 あの言葉を真に受けて、彼女は私を探し出そうとしたのかもしれない。いや、きっとそうなのだ。私と一緒で友達がいない森さんは、決して友達になることを拒んでいたのではなく、ただただ何らかの理由で友達が出来なかったのだ。だから友達になるという単語を出した私を追いかけた。せっかくできた友達を、手放さないように。


「森さんってもしかしたら本当に不思議で幼稚なのかもしれない……」


 私は少しにやけてしまった。少し会話をしただけで相手を友達だなんて思ってしまう私も『不思議で幼稚』なのかもしれないが、それを真に受けてしまう森さんも同じく『不思議で幼稚』だったからだ。その意味では私たちは似た者同士、ということなのかもしれない。


「てことは……お前と一緒じゃんか」


「そうかも、って。今思ってたところ。でも葵に言われるのは少し嫌……かも」


「何でだよ」


 その後葵と二人で暫くの間談笑をしていると、後ろの方から声をかけられた。


「おーい、葵さーんっ!」


 森さんだった。森さんが手を振りながらこちらに向かってきている。後ろには何故か、私が文化祭二日目に占いを見てもらった女子生徒がいる。この二人、どういう関係なのだろうか……。葵の方もどうやら森さんの後ろにいる生徒のことを四階逃走中と、そして校門で見かけたらしい。葵は一時的に学校外に逃げようとしたのだが、どういうわけかあの生徒にそれを阻止され、挙句捕まえられそうになったらしい。


「おい、お前の名前まだ間違ったままだぞ、いいのか?」


「……あ……そうだった」


「お前がどう思ってるのかは知らないけど、もし友達になろうって思ってるならきちんと本当の名前を教えた方がいい」


 多分今私が森さんに本当の名前を教えなくても、困ることはないのだと思う。なぜなら私にとってこの学校での文化祭は〝最後〟であるからだった。来月には私はこの学校を出て行ってしまう。つまり転校するのだ。転校先では今までと違って、友達がたくさんできるかもしれない。転校生という看板を背負うのだから、私に話しかけてくれる人もたくさんいるだろう。それがおせっかい娘みたいな子ばかりという可能性もあるが、まぁそれはそれで良しとしよう。つまり私がここで森さんと友達にならなくとも、私にとって問題は何一つとしてないということだ。


 ただ……友達というのは数さえ多ければいい、というものではない。どれだけ友達面をしたって表面だけの関係になってしまったり、片方だけが友達だと思って片方は友達だと思っていない、そんな残酷な関係になってしまう可能性だってある。だから私はこの出会いを大事にしてみたいと思う。森さんと会話をして森さんが必死に私を探してくれた、この経験を大事にしたいと、そう思う。


 それに何より、森さんと私は『不思議で幼稚』。似ているのだ。きっとこの先どんなに離れてしまっても、私と森さんは仲良しでいられる。そんな気がする。

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