2、共感(2)
苗字と名前を個々に確認するようにしながら、私は自身をそう紹介した。以前から羨ましいと思っていたその名前を、自分の名前として紹介するのは、何故か少し嬉しく感じた。
「水野葵、ね。綺麗な名前だね」
森さんはいとも簡単に騙されてしまった。本当に私の名前を憶えていなかったみたいだ。
森さんは携帯電話を取り出して私との番号交換を提案した。嘘をついてしまった以上、すぐにそれをばらしてしまうのも気が引けて「機械は苦手だから」と迷っているフリをしながら、自分の名前を『水野葵』と再登録して彼女と携帯の番号を交換した。変換ミス等無かっただろうか。それを確認できる余裕は残念ながらなかった。
「それじゃ……すみません待たせてしまって」
森さんは葵に謝罪をしながら教室を後にする。森さんが完全に教室から遠ざかったのを見計らって、葵はすぐさま私に抗議をした。
「おい、お前。名前……どういうつもりだよ」
「ごめんなさい、ちょっとおふざけのつもりだったんだけど」
「まったく……で、結局どうすんだ? 計画は実行するの? 中止にするの?」
「実行することにした……」
葵は頷いて、すぐに行動を始める。私も席を立って、廊下からなるべく目立たないように電気蝋燭の電源を切った。葵が持ってきてくれたキャリーバッグの中から、服を取り出す。暗闇だとはいえ目も慣れつつある。葵もいるしここで脱衣できるほど私は女を捨てていない。遮光カーテンの裏に隠れて、私は制服から用意した洋服へと着替える。
「準備できた?」
私が着替えている間、遮光カーテンの向こう側では葵が他の作業をしている。
「ああ、なんとか……」
カチャカチャと金属が擦れるような音が聞こえる。葵は今、彼女をキャリーバッグに入れやすいように、畳んできつく縛って、ベルトで固定しているところなのだろう。
着替え終えた制服を自分のカバンにしまい遮光カーテンから出ると、三本のベルトで固定された、マネキンの加奈子ちゃんの姿があった。
「ほら、着替えたならお前も手伝え」
加奈子ちゃんのマネキンは予想をはるかに超える程軽かった。持ち上げるには葵一人で十分のはずだが、身長が少し大きいため、キャリーバッグに詰めるには少し力ずくで押し込める必要があった。葵に関しては、加奈子ちゃんに付いた血糊を自分の服に付けてしまわないように注意しなければならない。私と葵は、寝かせたキャリーバッグに加奈子ちゃんを押し込んで、どうにかファスナーを閉める。
「できた!」
「よし、じゃあお前ほら、そこに寝っ転がって」
「ちょっとその前に、これ」
私は自分の携帯電話を葵に手渡す。
「絶対にないとは思うんだけど……誰かから連絡がきて鳴っちゃったらマズいから……」
葵は私から携帯電話を受け取ると、キャリーバッグの外ポケットに、私の携帯電話を突っ込んだ。
それを確認した私は長髪のカツラを上から被って、先まで加奈子ちゃんがうつ伏せに寝ていた場所に同じ態勢で寝転がる。髪の毛はなるべく顔にかかるように葵が調節してくれる。床に付着した血糊が、私が今着ている加奈子ちゃんとお揃いの洋服に染み込んでいく。
「ちょっと冷たいかもだけど我慢しろよ」
葵は昨日台所で自作した新しい血糊を、私の背中にドバドバとぶっかけた。
「ははは、こりゃすごい。さっきとそっくりだっ!」
「静かにぃ……はしゃいじゃだめ……」
「っ……悪い。それじゃあ俺は行くぞ」
「うん、また後で。ターゲットタイムに……っ」
葵は加奈子ちゃんのマネキンを入れたキャリーバッグを引いて、電気蝋燭をつけるのも忘れそそくさと教室から出て行った。
私は願い通り、加奈子ちゃんを真似て死ぬことが出来た。これさえできればあとはだんだんと良くなっていく。そんな森さんの考え方を信じよう。
暗闇の中で残された私は、次にシフトが組まれているおせっかい娘に注意しながら、そっと目を閉じた。
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