2、共感(1)
次の日、占いの結果は最悪で最終日の計画が失敗してしまうのではないかと不安で仕方がなかった。私は昔から占いや運勢を気にしてしまうたちで、どうにも悪い結果が出ると、石橋を叩いて渡るように、過剰に注意を払ってしまう。今回の私の計画はもしかしたら中止にした方がいいのかもしれないとも考えたくらいだった。
最終日の当日までそのことが気がかりで、つい私は隣に座っている森さんに聞いてしまったのだ。
「隣のクラス何やってるか……森さんは知ってる?」
「えっと……確か……カフェだっけ?」
森さんはもしかしたら二年九組の他の生徒同様に、文化祭に全く興味が無いのかもしれない。まさか隣のクラスの企画を知らないだなんて。
私は細かいことを割愛して、端的に八組の企画が占いであることを森さんに告げた。
「へぇ、意外と本格的なんだ」
「本格的ということは、その分信憑性もあるって考えていいのかな?」
「うーん、それはどうだろう」
森さんは首を傾げる。
「実はね……」
私は内ポケットに入れていた一枚のメモ用紙を取り出して、森さんの前に差し出した。昨日占ってもらった時に頂いた、診断結果だ。
「あ、もう行ってたんだ」
教室が暗くて見えづらかったのだが、大凶と大きく書かれたその文字だけははっきりと見せることができた。森さんは目を丸くしながら、診断結果を見ると
「ああ……残念。でも逆に言えば今が一番悪いってことは今後は良くなってくってことだから、そう気にしなくてもいいんじゃない?」
と、そう言った。その考えは私にとって、かなり救いになる考えだった。〝今〟悪い運勢でも、この先はだんだん良くなっていく。つまりは私の願いが叶ってからは徐々に良い方向に向かっていくと言うことか。それならば、私は私の計画を実行しても構わないだろう。注意すべきは私の願い事が叶うまで、だけでいいのだから。
普段の授業の設定のままなのか、意味のないところで学校のチャイムが鳴り響いた。私の声は小さいので、森さんにはもしかしたら声が届いていないかもしれない。チャイムが鳴り終えるのを待って私は彼女に感謝の意味も込めながらこう言った。
「……その考え方、好きかも。森さん、始めて話したけど優しいんだね」
「今まではどう思われてたの?」
「少し恐いかもって」
「そりゃ良かったよ、誤解が解けて」
「悪く思わないで。せっかく友達になれたんだから」
友達という単語を発言して直後、私は申し訳ないことをしたかもしれないと思った。森さんは私同様、いつも一人でいる。私と違って森さんは話すと明るいし、きっと友達を作ろうと思えばいくらでも作れるはずなのに、だ。だからもしかしたら森さんは友達を作ることを拒んでいるのかもしれないと、そう思ったのだ。
しかし森さんは嫌な顔一つせず、私の方に椅子を寄せて
「あのさ、この文化祭どう思う?」
と、誰にも聞かれないような声量でそう耳打ちしてきてた。私の声は常に小さいけれど、森さんに合わせてさらに声を絞る。そして率直に。
「楽しくはない……」
「やっぱり、そう思うよね!」
「うん、まぁ。そもそも企画に問題があると思うの」
「同感! 人探しなんてさ、賞品もあれでしょ。一番良いやつでそこのボロっちい遊園地のペアチケット。まぁ……あそこちょっと値段高いから、悪くはないんだけどね。だからってあれ目当てに人探そうとは思わないよね……」
ここでチケットの話になるなんて思いもしなかった。私は少し戸惑いそうになったが、何とか平然を装って、首を縦に振った。
「私も……そう思う」
時刻は十一時十分。あと二十分で他の生徒と交代の時間だった。もうそろそろ葵が教室にやって来る時間だ。森さんを教室の外に誘導しなくては。
「それより森さん、もう行ってもいいよ」
「え?」
「確か十二時から森さんは水泳部の方で仕事があるって」
「よく知ってたね」
「うん、まぁ。お客さんも来ないし、あとは私が見てる。準備とか最終確認とか大変だろうから……。それに私はどうせ十一時半からは9の字の担当だから」
そう言いながら私は森さんに自分の手の甲を見せた。
森さんは頷くと、荷物の中から自分の水着袋を探しに席を立った。調度その時、予定よりも少し早目に、葵が二年九組の教室に足を踏み入れた。遮光カーテンの向こう側にいる森さんの姿は、葵からは見ることができない。教室内に私一人しかいないと勘違いされて、親密に話しかけられては計画が台無しだ。私は葵が私に話しかけるよりも先に、鼻先に人差し指を置いて、喋らないように指示を出した。そしてあたかも他人のように、このクラスの企画の趣旨を葵に説明する。
「それじゃあ……ありがとう」
遮光カーテンから出てきたは森さんは私に礼を言いながら教室を出て行こうとする。しかし、すぐに足を止めて、私のほうに向き直すと
「あ、そうだ。本当に申し訳ないんだけど、えっとね……名前」
と、俯きながらそう尋ねてきた。
「……私の?」
私は人差し指で自分を指しながら聞き返した。まさか葵のことを言っているわけでもあるまい。だがしかし、今まで一度も話したことがないとはいえ半年以上同じ教室で生活を共にしてきたクラスメートの名前を知らないだなんて、そんなことはあるのだろうか。
「知らなかったの?」
「本当にごめん」
「ううん、いいの。気にしないで。私も知っておいてもらいたいから。最後くらいは」
私の感覚では、それは考えられないことだった。だから私は、少しだけ嘘をついてみることにした。ただ目立たないだけの私よりも、不登校生である彼の名前の方がインパクトがあるかもしれない。それで森さんから何も指摘されなかったら、つまり彼女はクラスメートに興味がないか、それとも何かしらの理由でクラスメートを見限っているのかのどちらかなのだろう。
「私の名前は……葵、水野葵」
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