2、綺麗な名前

「ふうん、なるほど。俺の素性が知られてないということを、上手いこと利用してるな」


「どう?」


「成功確率は?」


「だいたい……五十パーセントってとこ……かな。それについては明日占ってもらおうと思っているの。二年八組では結構本格的な占いをしているらしいから……」


 私は彼に自分が考えたとある計画を話した。その計画を達成させ、見事遊園地のペアチケットを取り戻すには、いくつか彼にも動いてもらわなければならなかった。


「最終日に俺はキャリーバッグを持って行けばいいんだな? それじゃあ……それでいいか?」


 調度部屋の隅に置いてあるキャリーバッグを指さして彼はそう尋ねた。


「うん、あれだけの大きさがあるなら大丈夫……と思う」


「……思うって」


「ごめんなさい、大丈夫。絶対に大丈夫」


 彼は一度立ち上がって、キャリーバッグを引き出した。


「ほら、どうだ?」


「うん、問題ないみたい」


 まさか学校に行くことを彼がこうも簡単に了承してくれるとは思いもしなかった。彼いわく、文化祭の最終日は偶然にもゲームのメンテナンスがあるからだとか、なんとか。私にはよくわからないのだが、どうやらその〝メンテナンス〟があるとゲームをすることができないらしい。だから構わないとのことだった。


「私は最終日の午前中、もう一人の女の子とシフトが組まれているの」


「2人だけなのか?」


「うん、『9』の字担当っていうのが一人いるけど、学校のどこかにいるだけで二年九組の教室には私とその子だけ。その子のこと少し調べてみたんだけど十二時からは水泳部での企画があるらしいの」


「何ていう子?」


「森って子。私喋ったことなくて……本当のことを言うと森さんね……少し恐いの」


 森さんが教室にいると、この計画は実行することができない。だから彼女に対して、私は気を使うフリをして、どうにか教室から出て行ってもらわなければならない。


「その……森さんって子が出て行って一通り作業が終わったら、俺はそのキャリーバッグを持ってどうしてればいいんだ?」


「文化祭を満喫してくれて大丈夫……だよ」


 その作業さえ終えれば、あとは時間が来るのを待つだけ。


「あとは文化祭が終わる三十分前……九組の企画で言うところのターゲットタイムに私と合流して教室に戻って来る……そうすればターゲットタイム賞のペアチケットが貰える……はず」


 最終日午後の『9』の字担当である私は、どれだけ人が居ようと絶対に誰にも見つからない。隠れるところなんてあの学校には皆無だが、そうともなると私が隠れていられる場所は……あそこしかない。


「そうか、なら意外と簡単だな」


 そう言って彼は再びパソコンの電源をつける。ディスプレイに明かりがつくのと同時に、先と同じ映像が画面に映し出された。画面中央にいるキャラクターは配色を完全無視したカラフルな装備をしていて、何ともセンスの悪い恰好をしている。そして画面端には、そのキャラクターのステータスが記されている。キャラクターの名前は……


『Aoi』


 彼の名前……、〝水野葵〟からとった安直ではあるが綺麗な名前だ。


「綺麗な名前だからゲームでも栄えていいね」


「そうか?」


「うん、羨ましい。私も葵みたいな名前だったらって、いつも思うよ」


 その日、私は彼がいじるゲームを後ろから眺めて、程なくして帰宅した。


「それじゃあ、詳しいことはメールで連絡するから……」


 お出迎えはあったけど、お見送りはなかった。マンションの階段を降り、帰路に着く。


 私は内心、どこかでわくわくしていた。私のしようとしていることは端的に言ってしまえばズルだ。ズルをして、チケットを取り返そうとしている。ズルで、それでいてケチだ。


 それでも、あれだけつまらない企画を全うするよりは、間違いなく楽しめるだろう。そう言った意味では、私は自分勝手でもあるのかもしれない。それだけ自分のネガティブな部分が自覚できているのに、私はこの計画を実行させることが楽しみでしょうがない。私の計画が失敗することなく終えることを祈って、明日占いをしに行こう。


 まずはそれからだ。

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