2、計画(1)

 文化祭一日目終了後。


 二年九組の企画は予想を大きく上回るほどの失敗を見せた。全ては私が思っていた通りだ。あれだけ盛り上がる文化祭で人探しなんて地味な企画が盛況するはずがない。


 文化祭の一日目を終えたら、私は彼の家に寄ることに決めていた。予定通り、少し遠回りをして私は彼が住んでいるマンションの五階に寄った。チャイムを鳴らすと出てきたのは彼自身。チェーンをかけているため、扉は中途半端にしか開かれない。


「おお、お前か。どうした?」


 私が彼の家に寄ると、毎回のこのフレーズで出迎えられる。


「どうかしないと来ちゃいけないの?」


 私のこの返答もいつも通りだ。


「いや、別にそういうわけじゃないけど。上がってくのか?」


 私がコクリと頷くと、彼は一旦扉を閉めてチェーンを解除してからまた開けてくれた。


「おじゃまします」


 靴を揃えて、玄関を上がる。彼の部屋は玄関を入ってすぐ左の扉だ。


 彼の部屋には私にはよくわからないパソコンの機器がたくさんある。床にはぐちゃぐちゃに絡まった配線の数々。私は心の中で勝手にこれを配線のジャングルと呼んでいる。


「またゲーム……飽きないの?」


 パソコンのディスプレイには草原が広がっている。中央で偉そうに仁王立ちしているのが彼のキャラクターらしい。


「飽きる飽きないじゃないからな。これは俺の仕事だから」


「学生の本分は勉強のはずだけど……、まぁ君みたいな引きこもり君にそんなこと言ったって仕方ないか」


「説教しにきたなら出てってくれよ」


「嫌だ、出てかないよ」


 彼はパソコンの前の椅子に、私は彼のベッドに腰をかける。夕日が落ち始めていて少しばかり暗い。私は蛍光灯にぶら下がっている紐を引っ張った……が、電気は点かない。蛍光灯が切れてしまっているようだ。


「今日って文化祭だったんだよな?」


「うん」


「楽しかったか?」


「うーん……」


「まぁ、だろうな」


 彼も人探しの件については知っている。というか、新入生として学校に入学してからすぐ不登校となったために、誰にも知られていないというだけで、一応彼も今は二年九組の生徒なのである。


「あのね、やっぱり私は諦めきれないんだ……と思う」


「映画の企画を、か?」


 私はその問いに対しては首を横に振った。


「それはもう諦めてる……私はクラスの決定を覆せるほどの権力を持ち合わせていないから……。それにもう文化祭は始まってしまっているし」


 二年九組では当初、映画の制作と上映を行うことが決定していた。クラス随一のおせっかいで知られている女子生徒が私を指名したことで、脚本を書くのは私ということになった。クラスで目立たないポジションに位置している私に、以前声をかけてきたおせっかい娘に、一昔前に小説を執筆したことがあるという旨をつい伝えてしまったことがおそらく原因だったのだろう。


 脚本の内容はこうだ。


 ある日唐突に殺されてしまった女の子……加奈子ちゃん。加奈子ちゃんは幽霊となって、自分を殺した犯人を捜す。犯人の特徴は覚えていないのだが唯一記憶に残っているのは、右手の甲に数字の『9』の字が刻まれていたこと。加奈子ちゃんは犯人に復讐すべく、霊媒師の主人公と共に『9』の時の刻まれた犯人を追う。


 撮影機器も小道具も、脚本も用意できていたし、配役もほとんど決まっていた。それなのに企画は頓挫した。理由は簡単だ。誰一人として主人公の男をやりたがらなかったからだ。元より二年九組は他のクラスと違って文化祭に意欲的ではなかった。まさかそれが最後の最後でこういった結果を生むことになるとは思いもしなかった。


 脚本は踏襲される形で、新しく企画されたのは〝人探し〟だった。確かに脚本に関してはうまいこと再利用できたと言える。しかし撮影機器や小道具に関しては全ておじゃんだった。


「それじゃあ何を諦められないんだよ?」


「自分で言ったのにごめんなさい、諦められないってのは少し違うのかもしれない。……えっとね、これは……そう、納得がいかないの」


「ああ、なるほどね。あの話の方か」


 撮影機器、小道具、これら全てに予算をつぎ込んだ二年九組に、もうこれ以上お金を費やすことは許されなかった。そのためせっかく人探しをやると言うのに、ロクな賞品を用意することが出来ないという状況に陥った。元々の映画の脚本上、ラストのシーンは近所の遊園地で撮影することになっていた。撮影の許可も得ていたし、チケットもきちんと確保していた。そのチケットを確保する作業も私が行っていた。しかし撮影が行われなくなった以上、そのチケットを使う機会も無くなった。ということで、私が用意したそのチケットは人探しの賞品として使われることとなったのである。しかし問題の本質は、チケットの使い道が変わってしまったことではない。


「意外と高かったんだよな……アレ」


「そう、それなの」


 様々な問題に振り回されていたせいか、私が用意したチケットは有耶無耶にされて、自然と無償で提供する形へとシフトしていった。


 誰もが私が購入してきたと言う事実に触れず、賞品が無いという問題解決ができたことだけに触れて、私にそれを言い出す機会を与えようとはしなかった。


「まぁ……賞品がないって問題が解決してすぐだったから……誰かがそのことを指摘してくれたとしても、遠慮してタダにしてあげちゃったかもしれないけど」


「お前の性格上、そうなる可能性は高いと思うよ」


「優しいとかじゃなくて、ただ言えないってだけ……なんだけどね」


 外が本格的に闇に包まれて、部屋の中の光はパソコンのディスプレイに映し出される緑色した光だけになってしまった。私との会話の最中も、彼はたまにパソコンを操作し出すので、部屋の明度は一向に安定しない。


「そこでね、一つ面白いことを考えてみたの」

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