1、落下(3)

 ……終わった。


 もし葵が生きていたとしても、あの高さから落とされて、あれだけの衝撃を受けていては助かる見込みなんてあるはずはない。葵は殺されたのだ。


 私は三崎を置き去りにしてキャリーバッグが落ちた外階段の真下にまで駆け足で移動した。


 外階段は封鎖されているために非常時以外に入ることはできない。学校の中から鍵を開けない限りは、一階の部分にも鉄格子が貼られているため外からの侵入もできない。


 つまり私があのキャリーバッグに近づくにはまず校舎の中に一度入る必要があった。しかしどうにも足が動かなかった。これから私があのキャリーバッグを回収するために向かったところで、それはもう人探しではない。死体探しなのだ。あの中を開けても無惨な姿で絶命している葵が中で鎮座しているだけ。私がそれを見てどうするというのだ。


 ピチャリ、ピチャリ、と私のすぐ横を何か小さな粒が落下して行った。地面を見ると、ドロドロとした液体が、点々と地面を真っ赤に染め上げていた。キャリーバッグの中の葵から出た血液が、雨のように降り注いでいた。


 私は一旦その場から離れる。もうこうなってしまっては文化祭を続行させることだって難しい。私はこれら全ての出来事を先生に伝えなければならない義務がある。


 覚束ない足取りで何とか昇降口まで移動したところで私は再び外階段の方を振り返った。


「……誰?」


 ぼんやりと外階段を見ていると校舎内の三階の扉から誰かが外階段に侵入しているのが見えた。女なのか男なのかすらわからない……誰か。そいつは寝ているキャリーバッグを立たせると、キャリーバッグを引きながら急いたように校舎内へと戻って行く。


 一瞬だけ、何かが頭を過った。そんなはずはない。そんな馬鹿げた話があるもんか。でもさっきの姿を思い返せば思い返すほど、それ以外に考えられなくて。


 私は二年九組へと向かった。私には今キャリーバッグを持って行ったのが、あの二年九組で寝かされている……加奈子ちゃんのマネキンに見えてしまったのだ。あの死体のマネキンが動いて、死んだ葵を奪って行った。そう見えたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る