1、最後くらいは(2)

「あ、森! 次の犯人役の子見なかった? どうもずっと見当たらなくて……他の子にも探してもらってるんだけど全然見つからないって」


 次に9の字を担当するのは確か葵のはずだ。


 つまり消えたのは……葵。突然に告げられたその事実に私は困惑した。9の字を腕に記して、学校中を回るだけの仕事。それをやるはずだった彼女が……。


「犯人役がいないと企画が成り立たないのに……ってねぇ森、聞いてる?」


 この女子生徒は少しばかりおせっかいであることで有名だ。だからきっとこうして葵がいなくなったという事実に少しでも多く介入しようとしてくる。


 正直に言って興味本位でこの件に関わるのは遠慮してもらいたかった。一人の生徒がいなくなった。たかがそれだけのこと。学校中を隈なく探せば意外と何事もなく葵は文化祭をエンジョイしているかもしれない。そして帰り際何食わぬ顔でひょっこりクラスに顔を出して一件落着。普通ならこういった物語が用意されていて、私とてそうなるであろうと予測しているはずなのだ。ただ私は知っている。彼女が今日、殺される予定であると発言したことを。そして私に最後だと言ったこと。この最後が、人生を意味しているのだとしたら。全てが繋がる。繋がってしまう。


 葵の言葉を信じるだなんて馬鹿げているのかもしれない。殺されるだとか、あまりにも現実味がなさ過ぎる。でも……放っておくわけにはいかない。そんな気がした。もしかしたらこんなにも不気味で気持ちの悪い空間が私にそうさせているのかもしれない。まるで本当に死を引き寄せてしまいそうな、この空間が。


「森! 森ったら!」


 別に無視を決め込んでいた訳ではないのだが、必要以上に私の名前を呼ぶ彼女を少しうっとおしいと思いながら。


「二人はすれ違ったりはしなかったの?」


 葵は十一時半から9の字担当。そして時間的には目の前にいる二人が十一時半から文化祭の最後まで、受付係なのだ。もしかしたらこの教室を出て行く葵を目撃しているかもしれない、そう思ったのだ。しかし彼女らは二人ともかぶりを振った。


「教室に入ったら電気蝋燭が消えちゃってたから……暗闇の中でいるとは考えられないしもうその時にはいなくなってたんだと思う」


 どうやら彼女ら二人も葵のことは見ていないらしい。


 手詰まりだった。そうなると葵のことを最後に見たのは、私である可能性が高い。だが、私には彼女があの後どうしたのか、知る由もないのだ。


 どうやら現在、クラスの半数以上の生徒が葵の捜索に動いているらしい。本気で探しているのはその中の何人なのかわからない。私も探さなければ……。


 企画ではなく本当に始まってしまった人探し。今から私がすることが死体探しでないことを祈りながら、私は教室を飛び出て葵の名前を叫んだ。

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