1、最後くらいは(1)

 水泳部の方の企画は概ね成功と言っていいだろう。どこかのクラスの演劇と時間が被ってしまったようで、そちらに客が持っていかれたが、それでも百人近くの客が来た。


「もりーっ」


 更衣室で水着から制服に着替えていると、私の名前を叫びながら誰かが侵入してきた。


「いやー良かったよ。 特に親指を立てながらプールの中に潜っていくところ」


「あれはネタで入れただけで大した技術も必要ないところだし、褒められてもうれしくないんだけど」


 三崎沙耶だった。そういえば見に来ると言っていたのを忘れていた。


「そんなこと言わないでって。私のクラス忙しくってさ、頑張って時間作ってきたんだから」


「三崎のクラス、占いなんでしょ?」


「そう。ほら私占い研究会だから。重宝されちゃってんのよ」


 制服へと着替え終わり、三崎と一緒に更衣室を出る。プールサイドにはまだ観客の姿がちらほら。


部活の後は一階から四階に繋がっている外階段がある付近でよく屋上からの景色を眺めているのだが、今日はまだ人がいる。自重しておこう。


「そういえば聞いて。昨日変な子が来たんだよ。今日自分は死ぬ予定なんだって」


「どういうこと?」


「よくはわからないんだけど、自分は明日殺されなければならないんだーって言っててさ。あ、これ秘密って言われたから、オフレコでよろしく」


 友達でもなんでもない相手との秘密の約束ほど信用できないものはない。現にこうして秘密であるはずの情報が私に入ってきてしまうのだから。まぁ三崎の口が軽いだけ、とも言えるのだが。


「私は明日殺される予定なのですが、成功するでしょうかって。そんなわけのわからないことを占えって言われても困るでしょ?」


「うーん、手相で言えば生命線を見る……とか?」


「そう、一応生命線って寿命というか事故とか怪我とかもわかるっていうからさ、見てみたよ」


「そしたら?」


「それが何を見ても最低最悪なのよ」


 三崎曰く、その子は手相でもタロットでも占星術でも、最悪の運を持ち合わせていたらしい。様々な観点からみて、三崎が下した総合的な診断結果は大凶。二年八組ではなるべく悪い結果でも少し底上げして評価してあげるらしいのだが、そうすることすらできないほどに散々だったらしい。


 文化祭三日目にして、大凶が出た子は一人。三崎は最後にそう言った。



 私は、その大凶の女の子を……知っていた。



 私はその子を知っているということを何となく三崎に悟られたくなくて、平静を保つよう尽力する。


「でもさ、殺されることが目的でそれが成功するかどうかって話だと悪い運勢をどうやって捉えるべきなのかわからなかったんだよね」


 三崎の言うことはもっともだ。普通の感覚なら殺されること=悪いことなわけだから大凶というのはその意味の通り、悪いことと考えていいのだろう。ただ今回の場合は殺されることを願っているのだ。殺されたいという願いから大凶が出てしまっては、殺されない未来になってしまう可能性があるということだし、殺されることが悪だと言う普通の感覚で言えば大凶という診断結果は正しい。三崎が彼女に大凶という診断結果を下したのは果たしてどっちの意味だったのだろうか。


 いや……そんなことよりも。


「あのさ、三崎……その子の殺される予定って、どういう意味だと思う?」


「そのまんまの意味なんじゃない?」


「いやそのまんまなんだとしたらヤバい話になるじゃん」


「そのまんまだけど、そのまんまじゃないんだよ。本人はそう思ってるけど事実じゃない、つまり妄想ってことでしょうよ」


 三崎はそう言いながらクスリと笑った。


 妙に納得がいった。葵は少し不思議なオーラを放っているし、そういった奇妙な妄想で自分の世界観を作り上げていると言われたら、彼女ならあり得るのではないか、と。


 プールサイドを抜けて、屋上を出る。階段を下りて私は九組に、三崎は八組に向かう。私は水着袋を置きに行くため、三崎は多分仕事の続きをしに行くためだろう。


「まぁもし昨日の子が本当のことを言ってるんだとしたらとっくに学校は大騒ぎだろうし。そういや森のクラスさ、あれ酷くない?」


 あれ、というのが企画参加者の総数を言っているのか、それとも内装の不気味さについてを言っているのかわからなかった。だがどちらにしても酷いという点に置いては変わりがないので同調しておく。


「あれじゃ客が入らないのは納得。気味が悪くて入りづらいもん」


 両方だった。


「確か九組って最初は映画制作をやる予定だったんでしょ?」


「そうだったかも、今思えば映画の方がまだマシだったかもしんないよ」


 三階に到着。ここから二年一組から順に十組まで並んでいる。どこのクラスも華やかで、客数もそれなりだ。


 文化祭なのだから騒がしいのは当たり前だ。ただ廊下の奥の方から楽しげな声とはまた違った、どこか慌てているようなそんな声が数回聞こえてきた。これは明らかに盛り上がっているのではない。


 その声はだんだんと近づいてくる。いや違う。私と三崎がその声にだんだんと近づいているのだ。


「森、どうした?」


 三崎は気づいていないようだ。この異様な空気に。


「それじゃあまたね。後夜祭で」


 唐突に、強引に、簡略的に、後夜祭の約束を突きつけられたが私は頷いて返すことすらできなかった。ドクンと心臓が大きく跳ね上がる。この胸騒ぎは何だ。


 遮光カーテン。その奥からだった。九組のクラス。私のクラス。先から聞こえてくる声は、二年九組の中から。



 殺される予定。



 現実味のないあの言葉が頭の中で反芻される。そしてわたしはもう一つ、あの時葵が言っていたあの言葉を……思い出した。


『最後くらいは』


 葵のあの言葉。そして占いの時に三崎に言った言葉。そんなわけはない。きっと三崎の言うとおりあれは全部葵の妄想だ。そうに違いない。そうでなければならない。


 それなのに……


 私は恐る恐る二年九組の中に入る。自分のクラスだというのに。静かに、ひっそりと。中にいたのは女子生徒二人。騒いでいるのはその内の片方のようだった。

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