1、大凶(1)


 文化祭三日目 十一時


 私のクラス、二年九組では文化祭で〝人探し〟なる企画が催されていた。

 

 ある日唐突に殺されてしまった女の子……加奈子ちゃん。加奈子ちゃんは幽霊となって、自分を殺した犯人を捜す。犯人の特徴は覚えていないのだが唯一記憶に残っているのは、右手の甲に数字の『9』の字が刻まれていたこと。


そんな設定の下、お客さんは加奈子ちゃんの幽霊となって学校内にいる『9』の字が刻まれた生徒を探し当て、二年九組へと連れてくる。成功すると賞品が貰えるという仕組みだ。


 こういった〝人探し〟を企画するクラスは、私に言わせれば文化祭に意欲のないクラスなのである。客が来ないことなど最初から分かっていることではないか。こんな面白みも何もない催しごとに乗っかってくれる人は誰もいない。賞品も高校生が用意する物なのだからたかが知れている。文化祭三日目にして、教室に入ってくれた客は十八人。企画に参加してくれたのはその内の十二人。見事『9』の字が刻まれた生徒を見つけ出したのは、何と0人だというのだから、もう救いようがない。


 私は今、そんな二年九組の店番をしている。あまり話したことのない女生徒と二人で、ただただ加奈子ちゃん志望者を待っているのだ。


 悪趣味な設定通り、教室は悪趣味な装飾が施されている。黒色の遮光カーテンによって、日光は完全に遮断されているため教室内は暗く、電気蝋燭の薄い光がゆらゆらと揺れている。足元にはうつぶせに寝かされているマネキンがあり、その周りには血糊が大量にかけられている。一応、これが加奈子ちゃんの死体、ということになっているらしい。設定では子供のはずなのだが私たちと同じくらいの身長がある。だがマネキン自体は妙によくできていて、暗い教室も相まってか一見本物の死体に見えてしまわなくもない。長い黒髪に血糊が絡まっているのがまた気持ちが悪い。


「ねぇねぇ」


 じっと加奈子ちゃんを見ていたせいで、一瞬うつ伏せのマネキンが話しかけてきたかのような錯覚に陥った。しかしすぐにその声が隣に座っている女の子から発せられているものだと気づいた。カウンター席のように、机を一列に並べただけの受付で、座っているのは私とその子だけだった。


「隣のクラス何やってるか……森さんは知ってる?」


 頬杖を付きながら、顔だけをこちらに向けて彼女はそう言った。小さくて、それでいて抑揚のない彼女の喋り方は、まるで台本を棒読みしているかのようであった。


「えっと……確か……カフェだっけ?」


 彼女は小さく首を横に振った。


「ううん、占い。手相とか占星術とかタロットとか使うんだって……」


 あちらは私の名前を覚えてくれているみたいなので申し訳ないのだが、私の方は彼女の名前を憶えていない。もちろん同じクラスなのだから毎日教室ですれ違うし顔は覚えている。だが彼女は何故か存在感が無くて。席も近くになったことが無く、こうして彼女と話すのもおそらく今日が初めてだった。授業等で間違いなく声は聞いたことがあるはずなのだが、どうしてもそれも思い出せない。ボソボソと常に内緒話をされているような特徴的な彼女の声を思い出せないとなると、もしかしたら私の方の記憶に問題があるのかもしれない。


「へぇ、意外と本格的なんだ」


「本格的ということは、その分信憑性もあるって考えていいのかな?」


「うーん、それはどうだろう」


「実はね……」


 彼女は内ポケットから一枚のメモ用紙を取り出して、私の前に差し出した。


「これ、診断結果」


「あ、もう行ってたんだ」


 びっしりと小さな文字で書かれた診断結果。暗いせいであまり良くは見えないのだが、その中でひときわ目立つ文字……大凶。この二文字だけはしっかりと確認できた。


「昨日行ったの。で……この様」


「ああ……残念。でも逆に言えば今が一番悪いってことは今後は良くなってくってことだから、そう気にしなくてもいいんじゃない?」


 放送室の設定が変更されていないためか、通常授業時のチャイムが鳴り始めた。音にかき消されて、彼女の小さな声はより一層聞こえづらくなる。だから聴覚よりも視覚に頼って、私は彼女の表情をよく観察してみる。その時初めて、彼女と目が合った。


「……その考え方、好きかも」


 ゆらゆらと揺れる光のおかげで、彼女が少し笑んでいるのがぼやっと見て取れた。


「森さん、初めて話したけど優しいんだね」


 先の会話から私の優しさが垣間見れたとは到底思えないのだが、どうやら彼女にとって私は優しい人と認識されたらしかった。


「今まではどう思われてたの?」


「少し恐いかもって」


「そりゃ良かったよ、誤解が解けて」


「悪く思わないで。せっかく友達になれたんだから」


 彼女が私を優しい人だと確定したように、私も彼女をとある形で確定した。


 不思議な人。彼女を形容するに一番ふさわしい言葉であろう。一緒に会話をしたらそれでもう友達だなんて、まるで小学生の低学年のような発想だ。その意味では不思議以外にも幼稚という言葉を当てはめてもいいかもしれないが、幼稚という言葉を高校生に付するとそれは悪口のように聞こえる。私は別に彼女のことを悪く言いたいわけではないし、事実悪い印象を抱いているわけではない。むしろ占いを信用するような純粋でいい子という印象すら抱いているくらいだ。

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