#0115 転校【萌視点】



 今日も2話投稿します。


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 町立莞戸川中というのが、葵さんが3月まで通っていた学校で、あたしが通うことになる新しい学校だった。


 広い田畑のなかを走る県道沿いに立つこぢんまりとした建物がそれだった。

 ちょっと古いけれど綺麗で、道路沿いの校庭には桜の並木が腫れ空に枝をのばしている。


 青空が似合うのどかな学校だなと思った。



 あたしは生徒玄関からちょっと早めの登校をすると、前もって連絡があった通りにまずは職員室に向かった。

 そこで校長先生とか新しい担任の先生とか、この学校の先生方にひととおり挨拶をした。




 そして、朝のHRの時間。


 担任の先生の紹介に続いてあたしが転校生としてはじめて教室のドアをくぐると、席についていた全員はぽかんと口を開けて固まっていた。



 次の瞬間、一番前にいたショートヘアの3人の女の子が一斉に立ち上がった。



「わああああ! 粕谷萌っ、粕谷萌だよ! 本物!?」

「あたしたちファンなんですっ。今月のAEKAも買いました!」

「てっ、転校生って聞いたけど! もしかして収録ですか!?」


 3人の語気に思わず笑みがこぼれてしまう。

 こういう反応されるとやっぱり嬉しくなる。


 あたしは普通に生徒としてこの学校に転校してきただけで、テレビのカメラとかいないんだけどな。


 ……っていうか、



「なにこの子たちすごい可愛い! そっくりだけどもしかして三つ子とか?」

「「「はいっ!」」」

「うわー、はじめて見た」


 3人に囲まれて順々に握手をしていった。

 ぶんぶんと嬉しそうに腕をふるのはなんだか子犬になつかれているみたいだ。


 藤田あかねちゃん、かえでちゃん、ななせちゃん、と自己紹介してくれた。



 あたしよりずっと小柄で、3人とも丸っこいショートヘアなのが本当に可愛らしい。



「わー、やっぱすごいスタイル良いです……」

「あの、ハグしてもいいですかっ?」

「ちょっとかえで! それはさすがに」

「ふふっ、女の子ならいいよ。はい♪」


 あたしが軽く抱きしめてあげるとかえでちゃんは声にならない叫びをあげていた。

 もうこうなると、騒がしい3人は我先にとあたしに触れあおうとする。


 完全に熱狂するファンになってしまった3人相手にしばらくやりとりしていると、そのうしろからおずおずともうひとりの女の子がやってきた。



「それで、えっと……私も自己紹介するね。浅香くるみです。一応この学校の生徒会長をやってる、っていうか、押し付けられたっていうか……。私も去年、この学校に転校してきたから、いろいろ相談してね」


 そう言ってすこし緊張ぎみに笑いかけてくれる。

 あたしはくるみちゃんとも握手をした。


 ゆるいおさげにした髪型がすごく可愛い。


 なにこの可愛い女の子たち?

 え、葵さんの通ってた中学校、レベル高くないですか……?



 それに、教室の後ろのほうの子たちも……って、睨まれてるんだけど!?



「そっちの子たちは、天川夏希と冬弥っていうの。1つ下の2年生なんだけど、この学校ってすごく人数が少ないから粕谷さんにも紹介しようと思って来てもらったの」

「あ、本名は粕谷じゃなくて桜です」


 あたしはこの3月から苗字が変わったわけだけど、芸能のほうは旧姓の粕谷をそのまま使うことにしていた。


 いままで知ってもらってた名前が変わっちゃうのはマイナスだそ……それに、桜萌なんて名前、ちょっと可愛すぎる。



「でも萌って呼んでください。前の学校だいたいそうだったので」

「じゃあ……萌ちゃん、かな」


 夏希ちゃんと冬弥くんは離れたところで立ったままずっとこちらを見ていた。


 あたしが視線を向けると、冬弥くんはぽーっとした表情のままぺこりと頭を下げる。

 夏希ちゃんはずっとその隣で腕を離さないまま、ずっとあたしを警戒している。



 ……なるほどね。


 なんとなく意味が分かって、ふふっと笑ってしまった。




「大丈夫だよ。あたしが好きなのは葵さんだから」

「「「「…………えええ――――――!!!」」」」





 みんなの大声が重なって、あたしはしまったと思った。



「ごめん、これ芸能的には公表してないことだから言いふらさないでほしいんだけど」

「そっ、そういうことじゃなくて!」

「葵さんって、あの葵くんだよね?」

「そういえば苗字も桜って……」

「あー、うん。そういうこと。葵さんとあたしは……」

「まさか、結婚!?」


 あたしが事実を伝える前にみんなは驚きで半狂乱になってしまう。


 ……でも、今だってひとつ屋根の下で暮らしてるわけだし、いずれ結婚するから半分くらい合っているかな?



「式挙げるときはご祝儀たくさんください♪」


 あたしはおかしくて、否定しないことにした。

 みんなの絶叫はさらに大きくなったのは言うまでもない。



 ――ふうん。

 葵さん、中学の後輩にはあたしら家族のことまだ伝えてなかったんだ。

 こんな大事なこと言わないでおくなんて、意外とシャイなところあるんだなぁ……♪



 と、あたしはみんなに囲まれて葵さんのことを思っていた。




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