#0112 新学期の活気 (2)






 今週末も予定があるので繰り上げて投稿します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――











 通学生の詰めこまれた電車に立ったまま揺られて、2駅で終着の秋田駅に到着する。

 一斉に降車する人の流れにのって、淳之介さんと夏帆が一足先にホームに出てゆく。



「じゃあな、くれぐれも愛する人からは目を離さないように」


 淳之介さんは意味深な言葉を言い残していった。

 その場では頭にクエスチョンマークがうかぶばかりのおれたちだったけど、その意味はすぐにわかることになった。



「なあ、そこの!」


 自動改札に定期をかざして、駅の東口を出たところでひとりの制服姿の女子生徒がおれたちに話しかけてきたのだ。

 コートを着ていないセーラー服姿なので蓬高生だとわかった。



「あんたら、蓬高の新入生だろう」

「はい、そうですけど」

「部活の勧誘やってるんだ。よかったら受け取ってくれ」


 渡されるままに1枚のA4のプリントを受け取らされる。

 隣にいた綾と栞にも渡していた。


 目を落とすと紙面には『蓬高校女子バスケットボール同好会』と大きく書いてあった。

 勧誘の文句に、練習場所、部長は3-6の藤野千空さんという人らしい。

 この人のことだろうか。



「ありがとな」


 にっと歯をのぞかせて、先輩は去っていった。


 目で追っていくと、今度は出てきた女子生徒2人組にも同じように話しかけていた。

 知らない相手に臆していく様子はまったくない、はきはきした声が聞こえてきていた。


 おれたちは通行の邪魔ににならない脇によって顔を見合わせていた。



「これって、勧誘のチラシだよね」

「そうみたい。まだ駅前なのに、声をかけてるんだ」

「どうやって蓬高生ってわかったんだろう」

「……スカートの形とかかな?」


 ふたりともあっけにとられているようだった。



「なんで男のおれにも配ったんだろう」

「男子のマネージャーもさがしてる、とか?」

「……しぶい顔してる。葵まさか」

「いや! やらないよ? 向こうだって、変な勘違いで男が入ってきても迷惑だろうし」


 高校の部活勧誘って熱心なんだなあ、そんなふうに呑気に思っていたのもつかの間だった。


 駅のロータリーを出たところで1枚、通学路の教育大前の通りで4枚も勧誘チラシを渡されたのだ。

 ソフトテニス、弓道、ボート、写真、奇術。

 ここまでは受け取ったチラシに目を通していた。


 しかし、坂の下の校門が見える位置が位置までたどり着いた時、思わず「うわ……」と声が漏れてしまった。



「新入生ですか? これどうぞ!」

「バレー部でーす! 初心者も大歓迎してるよ!」

「入学おめでとう! 山岳部よろしくおねがいします! 興味ない? なくてもいいからチラシ受け取って、ハイ!」

「背高いね。センターにほしい人材だからぜひ入部してくれ!」

「キミ理系でしょ? 生物部興味ない? いま上級生はおねーさんたちしかいないんだよね」


 学校の敷地からのびている三叉路の一角が生徒で溢れかえっていたのだ。

 登校してくる新入生を待ち構えている、色とりどりのユニフォームを着た上級生たちで辺りは騒然として、校舎につづく1本道がほとんど見えないほどになっていた。


 1枚でもチラシを受け取った新入生は校門に入るまでにもみくちゃにされている。

 まるでホームランを打った選手を待ち構えるチームメイトのようだ。


 両手にかかえきれないほどのチラシの山ができあがっている人までいる。



「ボクたち、あそこに突っ込んでいかなきゃいけないの……?」


 立ち尽くした栞が不安げに表情を引きつらせて呟いた。

 校舎につづく道はあの1本の坂道しかない。



「行かなきゃ、学校に入れないよね」

「なんとか、上級生に見えてくれないかな」

「……無理があると思う」


 綾と栞の美貌はとにかく目立ってしまう。

 今日、電車に乗ったときから今までも、すれ違った人すべての視線を奪って集めてしまっているのだ。


 新入生ではありません、は間違いなく通じないだろう。



「正直……あの大攻勢から逃れられる方策は思いつかない」


 歩を進めないことには、さもないとおれたちは遅刻してしまう。


 おれはふたりの目を見た。



「できるだけ、男のおれが矢面に立って勧誘のチラシを受け取るから、ふたりはおれの後ろから離れないで。拒絶すると相手がムキになっちゃうかもしれないから、なるべく早くあの場を抜けることを第一に考えよう。もしかしたら合唱部のチラシもあるかもしれないから、ともかく注意していこう」


 ふたりが真剣な表情でうなずくのを確認してから、おれたちは信じられない量の勧誘の嵐に向かってふたたび歩き出すのだった。







 蓬高校に入学して1年目の担任の先生は、鳥喰華とりばみはな先生という、一見して人当たりのよさそうなの女の先生だった。

 教員5年目の優しそうな理科の先生に、早くもクラス中の気が引かれていた。


 はじめてのLHRロングホームルームでクラス全員の自己紹介が終わったあと、長めに取られていた休み時間で、おれと綾と栞は揃って鳥喰先生に呼び出しをうけた。



「クラス委員の件ですか?」

「そうなの。あなたたち3人の誰かに、引き受けてほしいのだけど……」


 1年7組の教室のとなりにある空き教室で、おれたちと鳥喰先生は机を挟んで向かい合わせに座っていた。

 そう言って、鳥喰先生は名刺ほどの小ささの紙束を机の上に広げてみせた。


 これは、さっきのHRで書かされたものだった。

 先生が言うには、さっそくクラスの運営をする委員を決めないといけないのだとか。

 だけど今まで先生が受け持ったクラスでは委員決めが難航していたので、白紙の紙を配ってそこに各々委員になりたい意欲の度合いを数字で書かせて、一番大きな数を書いていた生徒に声をかけているのだという。


 おれたちに打診がきたということは、おれたち3人が書いた数がクラスで最大だったのだろう。



「葵はいくつを書いたの?」

「50だよ。今まで通ってたのが小さな中学で、まとめ役みたいなことは自然とやってたから高校でもあまり抵抗はないけど、他にやりたいって人がいたら譲ろうと思って」

「奇遇だね。ボクもまったく同じことを考えていた」


 どうやら栞も50を書いたらしい。



「綾は?」

「わたしは……51だよ。そういう委員長とか、経験のある人がなったほうがいいのかなって」

「ふふっ。綾らしいね」

「一番大きい数を書いたのは綾さんなんだけど、本当に委員長を任せても大丈夫?」

「はい。がんばります」


 綾は凛とした声で答えていた。

 家ではぎこちなく甘えてくる綾だけど、中学時代は優しくて頼りになる委員長だったのだ。



「それから、副委員長も決めなきゃいけないの。できれば男女のバランスをとって、葵さんにお願いしたいのだけど……」

「わかりました。副委員長はおれがやります」

「……」

「せ、先生?」


 鳥喰先生は机上に目を落としたまま少し涙ぐんでいた。



「……いえね。いままで1桁しか書かかれたことなかったから。本当にいい子たちだなって思って。本当にありがとう」

「はあ」

「何か困ったことがあったら、いつでも言ってね。あまり頼りにならない先生だけど、力になってあげたいから」


 先生は綾の手を取って陶然と訴えていた。


 なにか大変なことを引き受けたような反応だけど、委員っていうのは実質雑用みたいなものなのに。

 それなのにこの大げさな感激のしようは、なんとなく今までの委員ぎめの苦労が察せられた。



 そんな先生に、綾がおずおずと申し出る。



「あの、困ったことというか、わたしたちの苗字のことなんですけど」

「ああ。そのことなら安心してね。生徒の家庭の事情は話したりしないから」

「ありがとうございます」

「さすがにそこはね、私たちもしっかりしているから」


 おれたちが家族になったのはこの3月だ。

 つまり綾と栞が蓬高校を受験したときも合格したときも、まだ粕谷姓だったのだ。


 おれたちがついこの間まで別々の家庭で暮らしていたことを、鳥喰先生はじめ学校の先生方にはあらかじめ伝えてある。


 けれど周囲の生徒たち、特に同級生には明かさないことにおれたちは決めていた。



 ただでさえふたりの飛び抜けた容貌が目立ってしまっているのに、それ以上に注目を集めてしまうからだ。

 だから、周囲から訝しまれないようにおれたちは元々兄妹であったように振る舞うことにしていた。


 周囲に隠し事をするのは少々後ろめたいけれど、複雑な事情を先生もわかってくれて力になってくれそうだ。

 おれたちは先生のことばにほっと胸をなでおろす思いだった。



 幸い、2人と同じ中学から入学した生徒は左沢さんと嵯峨さんだけだというから、おれたちの関係がすぐに広まるということもなさそうだ。



「あ、もうそろそろ集会がはじまる時間みたいよ。体育館の行き方はわかる?」


 先生が壁の時計を指さして教えてくれる。

 次の時限からは、体育館で生徒会主催の新入生歓迎会が行われることになっているのだった。



「綾、さっき配られた冊子教室におきっぱなしだよ!」

「いけない! 先生、ありがとうございました」


 おれたちは綾に続いて先生にお礼を言って、足早に教室をあとにするのだった。


















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・鳥喰華(とりばみはな)


葵・綾・栞の在籍する蓬高校1年7組の担任の先生。29歳。

担当科目は理科、専門は地学。

しかし地学の授業は開講頻度が少なく、物理や化学を受け持つことが多いのが哀愁を漂わせている。

小柄な体格にいつも白衣を着ている。

優しくて人当たりの良い性格。涙もろい。

採用5年目の女性教諭で、音楽の久留里先生と生徒の人気を二分している。

未婚で、隣の市にある実家で暮らしている。恋人もいない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る