#0111 新学期の活気 (1)






 今日は金曜日ですが、今週は土日に予定があるので繰り上げて投稿することにします。


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 おれが3月まで通っていた町立莞戸川中の女子制服は、濃紺に鮮血のような赤が映えるセーラー服だ(もちろんおれは着たことがない)。


 萌くるりと身を翻してみせていた。



「どうですか?」

「うん、すごく似合ってる……っていうか、ずっと見慣れた制服のはずなのに、萌が着るとスタイルが良いのがすごく際立って見える。不思議な感じ」

「ふふっ。ありがとうございます♪」


 狐につままれたみたいにまじまじ見つめるおれを、萌はおかしそうに笑った。


 昨晩あの凶悪な発育をさんざんベッドの中で強調させていたのに、こうしてフォーマルな服を着ればたちまちすらりとしたシルエットになるのは、一体どういう魔法なのだろうか。


 制服は糊がきいた新品で、よれも色褪せもない。

 冬の気温がまだ色濃いのもあって、足元は黒タイツだ。

 膝下まである長いスカートも相まって、全身暗黒色の衣装はさながら魔女娘のようだった。



「中学の制服って普通、成長期にあわせて大きめのサイズで作ってもらうんです。でも今回のこれは1年しか着ないので、採寸ぴったりにつくってもらったんです。だから余計にスタイルがよく見えるかもです」


 萌はほほえみながら「まあ実際は」と付け加える。



「中学入ってから2センチしか増えてないんですけど」


 こんなことを言って、上目遣いでおれの反応を伺いつつ舌をのぞかせるのだ。


 やっぱり間違いなく萌は小悪魔だった。




「ね、ねえ栞。やっぱりこのスカート短すぎない?」

「昨日の入学式でも校長先生が着装の自由って言ってたじゃないか」

「でも、制服はちゃんと着ないといけないんじゃないかな……」

「高校生なんだからこんなの普通だよ。蓬高生の歩いてるとこ見たことないの? もっともっと短い人だっているんだよ?」

「あっ、栞……!」


 壁越しに隣の部屋から会話が聞こえてくる。

 綾の声色が上がったところで萌が堪えきれずに吹き出していた。


 少ししてから、綾の手を引いた栞がおれの部屋のドアから姿を見せた。


 ふたりとも昨日の膝上丈だったスカートから10センチは裾が上げられて、真っ白な太ももがあらわになっている。

 初々しさにぐっとカジュアルさが加わって、栞の親しみやすい可愛らしさとも、綾の澄みわたるような神聖さとも調和していた。



「葵くん、変じゃない……?」

「ね、葵も短いほうが可愛いって思うよね?」

「えっと、その、うん……こっちのほうが可愛いっていうか、これはこれでアリというか」


 3人とも、おれに制服姿の感想を求めすぎじゃないだろうか?



「ほら。葵だってこっちのほうが良いって言ってるんだから」

「うん……」


 綾は、両手で押さえていたスカートをためらいがちに手を離して、頬を染めた。

 あまりのいじらしさに、おれは言葉を失って見惚れてしまった。



「――綾姉の可愛さには逆らえませんね、葵さん」


 萌には心の内が見透かされている。






 林の中に走る道路脇の我が家の車庫兼倉庫のシャッターは、新たに電動で開閉するようになっていた。

 埃っぽい車庫のには、狭いスペースを隔てて並んだ2台のほかに、3台の新しい通学用自転車も加わって息苦しいほどだった。



「じゃあ、おれたちは萌とは反対方向だから。中学までの道のりは分かる?」

「昨日確認したので。道なりですよね」

「うん。まあ迷うことはないか」


 このあたりには集落の中を縫うように1本通った道があるだけで、しばらく行ったところに別の道との合流があるけど、そこまで来れば中学校は視界の中だ。



 萌にとっては今日が初登校日だ。

 昨日入学式のために里香さんの車で行ったおれたちと違って、萌は初日からひとりで新しい中学校に通うことになる。


 本来なら、卒業まで残り1年の萌は、3月まで通っていた市内の中学校にここから通い続ける選択肢もあったはずだ。

 けれど、萌は迷わず転校を選んでいた。

 元の学校に未練は無いみたいだ。



「いってきます葵さん」

「うん。また放課後に」


 ペダルを漕ぎ出した萌の後ろ姿を見送ってから、綾と栞を交互に見やった。



「おれたちも出発しよう。まだ余裕はあるけど、電車は決まった時間にしか来ないから」

「うん」




 高尾町から蓬高校のある市内までは、鉄道で2駅の距離だ。

 家から駅までは、方角的には萌の中学校と同じ方向なのだけど、間に流れる川を渡らなければならないので道のりは大きく迂回しなければならない。


 通学鞄をカゴに入れ、起伏のある道を3人で列になって自転車をこぐ。

 路面には雪はまったく消えているので、もう自転車にのっても問題ない季節だ。


 田園地帯の交差点を右に曲がり、最近できた新道に進む。

 川の両岸を渡す端は、この冬に新しいものが開通したばかりだった。


 橋には片側1車線に、自転車も十分通れる幅の歩道も整備されている。


 欄干のずっと向こう側の川の下流には、古びた鉄骨のトラス橋が残っているのが見える。

 綾を、あの嵐の中迎えに行ったあの橋だ。


 さっき右折した交差点を直進して林の中へ入っていった先は通行止めになっていて、古いほうの橋にはもう立ち入ることはできなくなっているのだ。

 50年以上前にできた橋は、もうじきに取り壊されてしまうんだろう。


 おれは、新しい橋を自転車で走りぬけながら一抹の寂寥観にとりつかれるのだった。




 草むらに囲まれた駐輪場にはすでに見覚えのある自転車がとまっていた。

 嫌な予感を覚えながら、小屋みたいな駅舎を抜けてホームに上がると、そこには人影があった。



「夏帆……」

「なっ。なんであなたがいるのよ!」


 ベンチで横になっていたところに声をかけると、夏帆はびくりと体を震わせて起き上がった。



「なんでって、電車で通学するために決まってるよ……」


 夏帆はおれの返事も聞かずに立ち上がって、怒った顔をしながら迫ってこようとする……が、そこを背後から抱きかかえられて途端に身動きがとれなくなってしまう。



「おう葵。久しぶりだな」

「淳之介さん」

「ちょっと! 離しなさい!」


 夏帆が休んでたすぐとなりで腰をおろしていたこの人が、淳之介さん――夏帆のお兄さんだ。

 じたばたする夏帆の腰まわりをがっしりと腕をまわして押さえつけている。


 180センチを超えた長身に、灰みを帯びた金色の地毛を首の後ろでひとまとめにしている。

 まるで陶芸家のような風貌だった。


 ジーパンに、映画の刑事さんが着ているような深緑のダウンコートを羽織っている。



「お久しぶりです。なんか雰囲気変わりましたね」

「そっちは律儀なのは相変わらずか。女連れの点を除いて」


 淳之介さんは、夏帆と瓜二つの翡翠色の両目で興味有りげに綾と栞を眺める。



「で、その子らが」


 くいと顎をあげ、まるで悪人のような仕草で紹介しろと催促する。



「綾と栞――父さんの相手の娘さんたちです。綾、栞、この人は夏帆のお兄さんの淳之介さん。おれたちの高校の2つ上の先輩だよ」

「ご近所だ。夏帆ともどもよろしくな」

「「よろしくお願いします」」

「夏帆とは話したことあるんだったよな? 可愛いだろ、おれの妹は」


 夏帆は淳之介さんの腕力には敵わなくて、腕の中でじたばたするのはやめていた。

 そっぽを向いたままおれたちの視線に耐えている。



「……何よ。このゾウアザラシ」


 喩えがよくわからないけど、おれを非難する意図は伝わってくる。



「いや、休んでたところを邪魔して悪かったなって」

「夏帆はおれに膝枕させていたんだぞ」

「ちょっと! 変な噂流されたらどうするのよ! ……あなたも、なんでわざわざ同じ電車なのよ」

「いや、無茶言わないでよ……」


 運行頻度から考えて、通学に使える電車はほぼ限られてしまうのに、鉢合わせするなというのはかなり無理があった。



「自分がもっと早起きすればいいだろこの寝坊助。この春休みも家でぐうたらして、ろくに店の手伝いもしなかっただろ。だから小遣い増えないんだぞ」

「うるさいわね! 客に奴隷みたいな言葉遣いしなきゃいけないのはイヤよ!」

「なんてこと言うんだこの妹は……」

「か、夏帆ちゃんはもう私服登校なんだね、そういえば」

「そう! ボクも言おうと思ってたんだ」


 2人のじゃれあいについていけていない綾と栞が、若干顔をひきつらせながら話しかけていた。

 助け舟のつもりなのかもしれない。


「ああ、これ。おに……兄が強要するのよ、初日から私服なんて目立ちたくないのに」


 蓬高校は伝統的に生徒の自治意識が強いと言われていて、制服のほかに私服登校も認められている。

 夏帆は水色のジャンパーにだぼっとした薄紫のズボン、白のスニーカーという出で立ちだった。

 淳之介さんも、コートの下はクリーム色のセータに、ジーンズという格好だ。



「お前にあの慎み深い制服は似合わないからな。こういう服のほうが、ものぐさなお前にはマッチしてる」

「よけいなお世話よ」

「ボクが教えた髪型もしてくれてるんだ」

「ええ。このアレンジは楽でいいわね」


 栞の指摘に夏帆の表情がふっと緩む。


 夏帆はふわふわの捲毛をハーフアップにするのがいつものスタイルだったけど、今日はそのハーフアップがゆるい三つ編みになって垂れている。

 そういえば昨日の入学式もこの髪型だった。

 なんか悔しいけどおしゃれだと思っていたら、栞のアドバイスだったのか。



 淳之介さんは、得意げに口角を上げる。



「服装自由だと言われても、特に女子なんかはどのくらいめかしこんで行けば良いか分からないだろ? このくらい気楽な格好が持続可能なラインなんだと、早くに新入生に知らしめることができる。夏帆は目立つからな」

「人柱みたいな使い方やめてほしいわ。目立つの好きじゃないのに……」

「何言ってるんだ、自慢の妹を周りが見逃すはずがないだろう。それに妹のことをすみずみまで知り尽くした兄が選んで買った服だぞ、目立たないはずが……イテぇ!」

「言い方が変態的よ!」


 夏帆が淳之介さんの足をかかとで踏みつける。

 この2人のやりとりは、まるで飼い猫と手を焼かされる飼い主のようだ。


 淳之介さんは「まあともかく」とおれたちに続ける。



「お前たちも、基本は好きな格好でいればいいと思うが、1回くらいは私服で行ってみたら良い。思った以上に楽だし、楽しいからな」


















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・京極淳之介(きょうごくじゅんのすけ)


夏帆の2歳上の兄で、葵とも幼馴染。

蓬高校3年2組(文系)

生徒会長をしている。

身長は葵よりも高く、夏帆と同じく母親譲りの金髪碧眼。最近は髪を伸ばしている。

妹の夏帆を溺愛している。

生徒会の仕事がまばらな日は、よく学校近くの「なつの帆」の店舗で手伝いをしている。




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