#0104 萌のたわむれ (1)





萌『いま忙しいですか?』


 夕食後、洗いものを終えるとスマホにメッセージが届いていた。



葵『ううん。大丈夫だけど』

萌『あたしの部屋に来てもらえませんか?』


 要件も言わないで呼び出すなんてなにか大事な話でもあるんだろうか。


 階段を登って、2階のいちばん奥にある扉をノックすると、室内から飛び出してきた萌にいきなり抱きつかれた。



「葵さん好きです好きです大好きですキスしましょう……!」

「まってまって!」


 目を白黒させていると躊躇いなく唇を近づけてくるので、おれはあわてて萌の部屋の中に入ってしまった。

 カチャリ、と萌が後ろ手に扉の鍵をかける音がする。



「な、なんで鍵……?」

「ジャマされないようにです。あたしと葵さんがふたりっきりだと栞姉に警戒されちゃいますから」

「ジャマって」

「葵さんまでそんなに警戒しないでください。葵さんに来てもらったのは、葵さんとイチャイチャしたいだけなんです」


 萌はそうあけすけに言って、身体を擦りつてみせる。


 おれはとっさに視線を横にそらす。

 綾と違って小物は少ないけれど、ファンシーなパステルカラーの内装が可愛らしくて……


 ダメだ、意識しないなんてできない。

 部屋着に押し込められたふたつのふくらみが強烈に柔らかい。


 服越しにもひときわ大きいのがはっきりわかってしまう。

 これ、綾や栞のそれよりもふたまわりくらい大きいんじゃないか……



「せっかく葵さんと家族になれたのに、葵さん成分がぜんぜん足りないんです。それなのに葵さんったら、あたしがお仕事でいない間、綾姉と栞姉とよろしくやってたみたいですね」

「ひ、人聞きの悪いこといわないでよ」

「ひとりで眠ったことはあるんですか?」

「…………」

「ほら、あたしが前に言った通りじゃないですか」


 そんな、3人でふしだらな真似をしていたわけじゃない……ただ、綾と栞とでかわるがわる一緒のベッドで眠っただけだ。


 そんな言い訳が頭に浮かぶけど、萌の下からのぞきこむ子猫みたいな目に遮られた。



「あたしだって葵さんとふたりっきりの甘い時間をすごしたいんです。……ただでさえ、あたしは出遅れているんです。このままあたしが動かなかったら、葵さんをとられちゃいます」


 一瞬、思いっきり寂しそうな顔をしていた。

 憂いを帯びた表情は、演技だとしたらモデルだけじゃなくて女優にもなれてしまいそうだった。



「わかったよ。でも」

「はい。健全に、ですよね」


 すぐにほっとしたような、子供のような、悪戯っぽい笑みに戻ってしまう。

 この、視線を惹きつける容貌の変化におれは目眩がした。



「じゃあ、勉強おしえてもらってもいいですか? 新しい学校の宿題、まだ終わってないんです」





 萌の部屋の真ん中にはこたつくらいの背のテーブルがあって、おれはそこに萌にぴったりと寄り添って座らされた。

 萌がもってきたプリントの束は、つい1か月前までおれが通っていた中学で使っていた見慣れたフォーマットで、やけに懐かしく目に映った。



「って、8割くらい残ってるじゃん……」

「あはは。お仕事忙しくて時間なくなっちゃったんです。授業中もつい寝ちゃって勉強分からなくって……」


 そう言いながら萌が開いたページは数学の図形問題だった。


 教科書の確認レベルだ。

 そんなに難しくなさそうだけど、説明しないといけないことがちょっと多いかもしれない。

 三角形の合同条件は覚えているだろうか。



「二等辺三角形って分かる?」

「なんですかそれ、ニートですか?」

「…………」

「やだ、冗談ですよ。そのくらいあたしも知ってます」


 萌は、つまらなさそうにペンを回しつつ問題をつつきはじめた。

 おれの左腕にしがみつきながらだ。


 ありえない柔らかさの双丘におれの腕が埋まっていて、首をかしげたりペンを走らせるのに合わせてぽよぽよと揺れていた。

 そのたびに息が止まる。



「葵さん、プリントの端おさえてくれませんか。あたし片手塞がってるので」


 なんなんだこの非効率な共同作業は……

 おれは解き方を教えながら理性ライフがみるみる減っていくのを感じた。



「できました。合ってますか?」

「え、えっと……うん。証明は、模範解答と一言一句同じじゃなくていいから」

「ありがとうございますっ。えへへ……」


 とうとうペンを投げ出して抱きつかれる。

 萌は胸元に頬を寄せて呼吸をしていた。



「1問解くたびにこれやるの……?」

「んん、葵さん大好きです」

「ぐ……」


 身体擦りつけるのは刺激が強い……!



「頭撫でてください♪」


 さらさらの髪を梳いてあげると、蜜みたいな甘い匂いがふわりと漂う。

 女の子の危険なフェロモンが凝縮されているみたいだった。


 おれはさそわれるまま、無意識に自分から萌に触れていた。



「すっっっっごい良いにおいです」

「ほら……、練習問題残ってるからさ、まだ終わってないよ」

「んー、解き方は思い出したので、もうちょっと葵さんとイチャイチャしていたいです」


 ここまで少し教えた感じだと、のみこみは決して遅くない。

 問題を解く手際だって良い。


 ただ、机に向かうまでが長すぎる。

 ペンを握ってる時間よりおれに抱きついてる時間のほうが長い。

 こんな調子ではいつまで経っても終わらないんじゃないか。



「……おれも、自分の勉強しようかな」

「そんな、寂しいこと言わないでください」


 おれがそう口にすると、萌は腕に体重をあずけてくる。



「まだ入学もしてないのに、勉強なんてしてる場合じゃないですよ」

「でも……、おれがいると集中の妨げになってるみたいだし」

「――えいっ」


 太ももの上にのしかかった柔らかさに頭が真っ白になる。

 おれの膝の上に萌がのってきたのだ。


 しかもテーブルに背を向けて……おれと向かい合わせの体勢だ。


 下腹部に血液が一気に集中していった。



「……やっぱり。葵さんのココ、とんでもないことになってます。葵さんだって、勉強なんてできる状態じゃないじゃないですか♪」


 おれの腰の上に萌がぴったり密着して、その長い脚で絡め捕られる。

 腰の高さのせいで、膝の上に乗られているのに少しだけ上目遣いのままになってしまっていて、萌の物ほしげな瞳に吸い込まれそうで……


 そして、胸と胸がくっつきあって、もこもこな部屋着につつまれた2つの巨大な塊がふわふわに形を変えている。


 すべての感覚がやばかった。



「ん……っ。いくらなんでも凶悪すぎます。こんなの押しつけられたら、発情しちゃうじゃないですか」


 うっとりした甘いささやき声が頬を撫でる。

 膝に乗ったままあからさまに足のつけ根を擦りつけはじめるので、おれは返答する余裕もなかった。



「ほら、あたしもドキドキのキュンキュンで、葵さんのメスになりたがってるの、わかります……?」


 濃い色香にあてられた身体が、勝手に萌の腰に腕を回してしまっている。

 萌の胸の鼓動がうるさくおれをノックしていた。


 性的な欲望が限りなく膨張して、全身がかっと熱をもっていた。

 思考が音を立てて崩れていく。



「葵さん……っ。味見、しちゃいましょうよ。こんなに苦しそうです」

「味見って、何を……」

「あたし、味見って大事だと思うんです。味見ならキスに入らないんですよ。味見は口と舌でするものですよ……?」


 熱の孕んだ吐息が上気頬をいっそう艶っぽくする。


 サクランボみたいな、みずみずしい唇。

 萌の吐息の音、濃い甘い匂い。


 あらゆる感覚が鋭敏になっている。

 とろんとした瞳に見上げられて身体ば痺れたように動かなくなった。



 あまりに柔らかい萌のカラダは、正常な判断を根こそぎ持っていく、男の本能に直接働きかけるたぐいの魅力があった。


 やばい、久しぶりに萌とこんな触れあったけれど、あらためてやばすぎる……!



 理性が警鐘を鳴らしっぱなしだった、その時。



「萌ー。母さんが、いいかげんお風呂は入れってさ。萌がはやく入らないと葵が入れないじゃないか」


 追い詰められた状況を変えたのは、部屋の外から聞こえてきた栞の低い声だった。



「……」

「……」

「萌ー? 聞いてる?」


 扉からノックの音がする。

 おれと萌はあっけにとられたまま見つめあっていた。



「えっと……、呼んでるけど」

「いきたくないです。栞姉に邪魔されたくもありません」

「でも、無視するわけにもいかないし、よく考えたら部屋に鍵かけておれといるのってすごい怪しいよ」


 声を潜めて萌と言葉を交わす。

 おれの声が聞かれたら、いよいよ不審に思われる。


 それでなくても、もしおれが自分の部屋にいないと栞が知ったら、きっと意地でも部屋の中を見ようとするだろう。

 こんなさかり立った状態の身体を晒したら本当にまずい。



「……この家、隠れ場所が少なすぎます」

「え?」

「ごめん栞姉、いま行くからー」


 次の瞬間に萌の両足はラグのうえに降り立っていた。

 おれは腰の抜けたまま声が出せないでいた。


 甘い残り香がまだまとわりついていた。



「続きはお風呂のあとにしましょう。今日の夜はあたしの番ですからね」



















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次回も萌のお話が続きます。


 





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