#0048 葵くんの学校
新しいキャラクターが複数登場します。
とりあえず名前を覚えてもらいたいのは夏帆ひとりだけです。
他はいまのところ覚えなくて大丈夫です。
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まだ残暑の厳しいお盆明けの朝。
夏休みがまだ続いているこの日、おれは中学校に来ていた。
――町立
ここに通って今年で3年目になる。
この辺の3つの地区のちょうど中間に位置した3階建ての校舎だ。
莞戸川中は生徒数が少なくて、1年半後の廃校を間近に控えている。
おれのいっこ下の代が最後の卒業生になる予定だ。
廃校は悲しい。
けれどおれが今一番悲しいのは、廃校になるからと校舎も内装も備品も古いままなところだった。
教室には冷房も無いから夏場はつらいものがある。
この日はおれ以外の生徒も校舎3階にある音楽室に集まることになっていた。
カーペット敷きの音楽室には、すでに集合した面々(といっても3人だけなんだけど)が適当な場所に座って、正面に立つおれに自然と視線が集まっていた。
おれは頬を掻きながら時計を見やった。
「えっと……時間は過ぎてるんだけどね」
「あかねちゃんたちが来てないです」
すぐ正面に座っていた、ゆるく編んだおさげの女の子――
「……だよねえ、どう見ても」
何かと騒がしい3姉妹のことを思い出しておれは苦笑する。
すでに定刻から3分が経過していた。
いま集まっている顔ぶれは、まず司会役のおれ。
そしてホワイトボードに今日の議題を書こうとしてる、気だるげな表情の女の子――
目の前に座っている、いっこ下のくるみちゃん。
少しうしろに座る1年生の
それに、絶賛遅刻中の
以上8人が、莞戸川中の全校生徒。
ほとんど皆が小学校から遊んできた仲だ。
「どうするの、始める?」
夏帆がおれの方を振りかえって言った。
色の薄い睫に縁どられた瞳がぱちりとおれを見つめた。
――今日は8人で、9月にある中学校の合唱コンクールの話し合いをすることになっていた。
うちの学校は、以前は校内だけの合唱祭を実施していたのだけれど、ここ最近生徒数の減少でそれがままならなくなっているという歴史があった。
町内4つの中学校の合同コンクールを実施するようになったのは4年前からだ。
しかし、今年は莞戸川中の生徒が8人しかいない。
その上おれは伴奏に回らないといけないし、指揮者も1人必要だから、歌に参加できるのは6人。
男声に至っては冬弥のひとりだけだ。
もはや1校単独で合唱を披露できるかどうか、厳しい状況にあった。
そこで、この間の4校の打ち合わせにおれが参加してきたとき、我々8人が残りの3校のどこかに加わってはどうかという提案を受けた。
これが今日みんなで話し合う議題だった。
少人数の合唱はたしかに相当難しいだろうと思う。
けれど他校に練習に行くのは毎回の移動が大変になるし、もうすぐ廃校になってしまうからこそ今のメンバーで一緒にやりたいという意見も当然あっていい。
そのあたりの率直な意見をみんなに聞いてみて、後日おれたちの考えをほかの学校の人らに伝えるつもりだった。
「うーん……まあ、はじめちゃおうか。あの子たちなら、遅刻はしてもすっぽかすようなことはないんじゃないかな。話し合ってるうちにきっと来るよ」
「それもそうね」
ちなみに、おれがまとめ役をしてるのは、なんとおれがこの学校の生徒会長をしているからだ。
まあ、3年生が夏帆とおれの2人しかいないからなんだけど……
おれはじゃんけんが弱かった。
というわけで、おれはみんなのほうを向いて、事の経緯を説明しはじめた時だった。
ドタドタと階段を駆け上る3人分の足音がにわかに聞こえてきた。
「やばいやばい! 遅刻しちゃう!」
「ちょっとあかね、そんなに揺らさないでよ! 中身ぐちゃぐちゃになっちゃうよ!」
背後から夏帆のため息が聞こえてきたのと、音楽室の入口に息を上げた3人が姿を現すのが同時だった。
「せーふっ!」
「はぁ、はぁ、3階まで本気ダッシュはキツいよ……あ。やっほー葵くん」
「や、やあ。朝から元気だね」
「間に合ってる?」
「ぜんぜん間に合ってないわよ……」
「まーまー、お盆に家族で旅行したお土産があるからさ。許してよかほちー」
全く同じショートカットの髪型に、同じ顔をした3姉妹――
息も絶え絶えのまま、持っていた紙袋(ボロボロになっている……)から菓子折りを出して、眉間に皺を寄せる夏帆に突き出す。
「仙台で買ってきた生パイサンドです」
「……許すわ」
「ちょろすぎない?」
「うるさいわね。いいじゃない。話し合いは味見してからにしましょうよ」
おれに一瞥もくれない夏帆はさっそく包装紙を開封していた。
声色はいつも通り冷静だけど、眉だけは興味ありげに動いていて。
箱の中身をみる夏帆の、ハーフアップにしているふわふわのブロンドの髪も――夏帆の母親はフランス人だ――、そわそわと揺れているように見えた。
……まあいいけどさ。
おれは小さく嘆息した。
そうして、ひとまず全員にひとつずつお土産のお菓子が行きわたって、みんなで頂いた。
3姉妹はくるみちゃんの左右に並んで座っていた。
「あ、おいしい」
「でしょ?」
「ねえくるみちゃん。かほちーは甘いものに目が無いの」
「そうそう。洋菓子をちらつかせれば簡単に懐柔できちゃうの、覚えておくと良いよ」
「へ、へぇ……」
3姉妹プラスくるみちゃん2年生同士で、食べながら何やら囁きあってるのが聞こえてくる。
くるみちゃんは、夏休み前頃にこの中学に転校してきたばかりの子だ。
こんな小さな町の、生徒数も10人に満たないような辺鄙な中学校に転校生なんて本当に珍しいことだった。
だから、みんなちゃん付けで呼び合って面倒を見ていた。
すこし照れ屋なところもあるけれど、話しやすい性格ですぐに皆と打ち解けることができた。
特に、同学年の三つ子姉妹とよく一緒にいるようだった。
3人の騒々しさがうつらないかと皆が心配している。
日々あることないこと吹き込まれているようだし……
「かほちーのお家は和菓子屋さんなんだよ」
「そうそう。あのハーフの見た目で看板娘してるんだから、ギャップがあって可愛いよねえ!」
「う、うん」
「ねえ知ってる? 葵くんのおばあちゃん、かほちーの家の和菓子が大好きで、毎日のように買いに行くのについていくうちに、2人は遊ぶようになったんだよ」
「葵くんとかほちーは小学校に入る前からの幼馴染なんだから」
気づけば人の昔話を遠慮なく掘り返されてている。
そのくらいはみんな知ってることなんだけど、あらためて説明されると気恥ずかしい。
「……なんだかいいね、そういう話。羨ましい」
くるみちゃんは感心したように3人の話に頷いていた。
たしか、くるみちゃんのお父さんは全国を転勤してまわってるんだっけか。
「ね、葵くんとかほちーすごくお似合いに見えるでしょ? なのにどうして付き合ってないと思う?」
「さぁ……わかんない」
「ちょ、ちょっと」
……この会話の流れは不穏だぞ。
あかねの得意げな解説はとまらなかった。
「葵くんはね、もうちょっと小柄でおっぱいおっきい子がタイプなんだよ。守ってあげたくなるような子」
「コラコラ」
なに人の性癖を勝手にバラしてくてれるんだ。
「転校してきたばかりの子に出まかせを吹き込むのはやめてよ」
「えー、この間どちらかといえば巨乳派って言ってたじゃん」
「平気で嘘言うのはやめようね」
おれは三つ子が面白がっておれの顔を見上げてくるのを無視して、くるみちゃんに向き直った。
「この3人が言うのは半分以上嘘だから、真に受けないで」
「は、はいっ」
「おれと夏帆とはずっと一緒に育ってきた家族みたいなもので、恋人とかそういう仲じゃないから」
「こんな男と家族とか勘弁よ。腐れ縁で十分だわ」
気づいたら離れたところに立っている夏帆も腰に手を当てて口をはさんでくる。
それはそれで悲しい言い方だった。
「でさ、葵くんはかほちーの推定Aカップに興奮できるの?」
「その質問、どう答えても夏帆を怒らせるじゃん……」
「失礼ね。AじゃなくてBよ。Aはあなたたちでしょう」
「…………」
「変態」
なぜおれが責められるのだろう。
幼馴染のブラサイズを聞かされてどういう反応をすればいいのか、誰か教えてほしい。
「でも、夏帆さんすごい美人だし、葵さんもカッコいいのに、なんだか勿体ないです」
「ちょっとやめてよ」
「葵くんカッコいいって。良かったじゃん。でもなんか、自分の恋愛対象には無いみたいな言い方だけど」
「あはは……(ほっといてほしい)」
「まーでもね。それ以上にカッコいい先輩がいたんだよねぇ……」
「そう。しかも、葵くんよりもかほちーのちょー身近にいるんだから」
「身近……?」
「そーそ。葵くんのさらに上を行く文武両道ハイスぺ男子が、かほちーのお兄ちゃんなんだよ」
三女のななせがそう言うと、3姉妹が揃ってうんうんと頷いている。
夏帆のお兄さんの淳之介さんは、おれらの2学年上だ。
小さい頃は毎日のように3人で遊んでいた仲だ。
今は市内の高校に電車で通っている。
それもあって、最近は会う機会も減ってきているけど、今どうしてるんだろう。
「蓬高校っていうこの辺で偏差値トップの高校に通ってて、今度そこの生徒会長になるんだって。しかも、春の実力テストで1位だったんだよ」
「えっ、それはすごそう」
「蓬高からは東大に何人も入ってるんだから」
「……おれも初耳なんだけど、会長になるって本当?」
「ええ。……この子たちは本当によく知ってるわね」
下級生たちがやいのやいのと騒いでいるのを、おれと夏帆はため息をついて眺めていた。
蓬高校は県内一の進学校で、生徒数も多い。
そこの生徒会長っていうのは莞戸川中みたいな雑用係とは違うんだろうな……
そう思いながらふと、蚊帳の外の1年生2人はどうしてるのかと見ると、なんと2人のひざ元にはお菓子の包装がいくつも重なっていた。
音楽室の真ん中の椅子に置いていたお土産の箱が、いつのまにか空になっている。
驚いて2人に視線を送ると、あの従姉弟たちは最後のひとつを口に入れながらせせら笑っていた。
((早いもの勝ちですよ))
そう視線で返された。
あの、おれ1個しか食べてないんだけど……
いやそれ以上に、これは後で夏帆が激怒するやつだ。
ははは、と乾いた笑いが出た。
「なによりさ、かほちーが超がつく程のブラコンじゃなきゃ葵くんにもワンチャンスあったんだけどねー」
「そーそ。かほちーのブラコンが治んないかぎり、よその男と付き合うなんて夢のまた夢」
「ちょっと、なによひどい噓!」
「これが嘘じゃないんだよね」
「くるみちゃん、あんないい加減なこと言う人たち信じちゃダメだからね。……ちょっとあなたたち待ちなさい、殺してあげるわ」
逆鱗に触れられた夏帆は大股で下級生の間に割って入ってゆき、取っ組み合いのじゃれあい、もとい乱闘を三つ子姉妹に挑んでゆくのだった。
ああ、本題の話し合いができない……
内心頭をかかえつつ、おれは話を振られないためにしばらく口を噤んでいるのだった。
……幼馴染に殺されたくないほうが大事だった。
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