#0017 第二反省会 (1)【萌視点】
綾姉が葵さんにお話しに行ったその日の夜。
あたしたち4姉妹は、ふたたび麗の寝室に集結していた。
「……」
「ごめんね……」
ベッドの上でひきつった表情の麗に、そばで麗に目線をあわせて……申し訳なさそうに眉を寄せ両手をあわせる綾姉。
一方、麗の手の中にある"それ"を一目みた栞姉は唖然とした表情で部屋の真ん中で棒立ち状態だ。
そして、あたし・粕谷萌は笑いを堪えるので必死だった。
その日の午前、綾姉は葵さんと会うために出かけて行った。
あたしたち姉妹から葵さんへの用件は全部で3つか4つくらいだったと思うけど、一番大きな目的は葵さんに麗のことを打ち明けることだった。
もし葵さんたちと家族になれた場合、麗を刺激しないように葵さんたちに協力してもらうことが必要だ。
だから、葵さんの家で麗がちゃんと羽を休められる環境を作れるかを確認する必要があったし、なによりまだ葵さんには麗のことを打ち明けていなかったから、きちんとお話して協力をお願いしなければならなかった。
その他の用件は、麗が葵さんの写真を見たいって言ってたから撮ってくるってのと、栞姉の初リサイタルの招待券を葵さんに渡すということだ。
……あと何かあったっけ? まあいいや。どうせつまんない用事でしょ。
麗の話以外は手短にすむ用件だし、綾姉はせいぜいどこかでお昼を葵さんと食べて帰ってくる程度だろうとあたしたちは予想していた。
しかし、綾姉が帰宅したのは晩ご飯の時間になろうかという夕方だった。
その日の晩ご飯は綾姉が作るはずだったのに、あわやそれができなくなってしまうのではないかというギリギリの時間だった。
いつも計画的で、なにより約束を違えたことのない綾姉にしてはとても珍しい。はっきり言って前代未聞だ。
あたしたち姉妹は当然驚いた。
しかも、綾姉が帰宅した時の姿にあたしたちはさらに仰天する。
両手にいくつもの紙袋を提げて、朝には身に着けていなかった麦わら帽まで被っている。
あたしたちが知ってる綾姉は倹約家で、いつも上手に家計をやりくりするしっかり者だ。
一度にそんなに大量の買い物する綾姉とか、本物の綾姉か疑わしいレベルだった。
料理をつくってる最中の綾姉も、心地良さそうに夢想しているかと思えば、突然何かを思い出したのか真っ赤になって顔を手で覆ったり。
あたしと栞はその様子を見ながらひそかに綾姉が何かに憑かれたのではないかと疑っていた。
それであたしたちは、綾姉が作った夕食をいただいた後、今日葵さんと会ってから何があったのかを尋問するために麗の寝室に集まったのだ。
ちなみに、麗は自室でおなじ献立の晩ご飯を食べている。
あたしも栞も、正直綾姉に何から訊いたらいいか分からなかった。
あまりにもいつもの綾姉とかけ離れていたから。
そんな中麗は冷静で、とりあえずお願いしていた葵さんの写真を見せるよう綾姉に要求したのだ。
そして、綾姉がおもむろにポケットから取り出してみせたモノは……
――葵さんと綾姉の2ショットプリクラ。
そして、冒頭の場面だ。
あたしら姉妹一同、言葉を失うしかない。
あたしはそのプリクラを見た瞬間、今日の綾姉の行動がだいたい察せられた。
しかし、あの綾姉が一体どんな化学反応を起こせば男の子とプリクラを撮るという暴挙に出てしまうのだろう。
葵さんもなかなかやる男だ。
……それにしても、綾姉が恥ずかしそうにポーズをとる、その初々しい表情。
笑いがこみあげてきて抑えられそうにない。
「なっ、なっ……」
一方、栞姉は言葉がうまく紡げずにフリーズしている。
長年の片思い相手が、あろうことか自分の姉としっかりポーズまでとっているプリクラ。
そんなものを見せられてあまりにもショックすぎるのだろう。
口をあけて固まる栞姉の姿がなんとも間抜けすぎて、あたしはもう笑いをこらえるのがキツい……
麗はこの顛末に頭が痛くなったのか、こめかみのところを手で押さえながら、
「……私がお願いしたのは葵さんの容姿がわかる写真で、葵さんと綾姉さんとのイチャらぶプリクラじゃないんだけど」
と、あまりにも尤もすぎるダメ出しをする。
……だめだ、笑いがこらえられない! あたしは吹き出してしまう。
それに、綾姉はともかく葵さんの顔までしっかり"盛られ"てて……、くちびるとか真っ赤になってて、まるでビジュアル系バンドマンみたいになってるし……!
「ど、どういうことなのか説明してくれ、綾!」
フリーズからようやく復帰した栞姉が声を上げて弁解を要求する。
あたしはともかく綾姉にまで葵さんとの関係で先を越されているのがよほど悔しいのだろう。
綾姉は「う、うん……」と朝からあったことの説明を始めるけど、栞姉が抱いている感情をいまいち分かってない様子だった。
綾姉の説明はだいたい次のような感じだ。
電車でやってきた葵さんと改札前で合流した綾姉は、そのまま近くの喫茶店でお話をすることに。
最初はコーヒーを飲みながらごく普通にお話して、栞のチケットも喜んで受け取ってもらえたらしい。
続けて本題の麗のことを打ち明けると、葵さんは真っ先にママたちの再婚をとりやめるよう提案してきたという。
理由は、葵さんたちと暮らすことで麗のリスクを増やすことに繋がるからだという。
麗の心身のことを最優先にするべきだと、葵さんは即答したらしい。
……葵さん紳士すぎません?
あたしは内心そう思った。
あたしは、自分たちが男性の目にどれだけ魅力的に映っているか自覚してるつもりだ。
あたしたち姉妹はとてつもなく可愛い。これは事実だ。
その上、あたしはストレートに葵さんに好意を表明しているし、綾姉と栞姉も葵さんのことを憎からず思っている。
葵さんにとって今回の話は、あたしたちと一つ屋根の下で暮らせるチャンス。
それを簡単に放棄してしまえるなんて。どれだけ紳士なんですか。
それから綾姉は、瀬一郎おじさんと雪子おばさんのことも話して、あたしたち姉妹も考え中であると伝えたという。
葵さんにそこまできっぱりと言われてしまったら、あたしも言ってたと思う。
難しい問題ということも葵さんは理解してくれたみたいで。
最終的に家族になってもいいかはあたしたちに全て委ねた上で、葵さんたちは大歓迎だと言ったという。
麗を刺激しないような配慮も当然のように快諾してくれたし、おまけに葵さんたちの家は広くて一人一部屋でも問題なくいけるらしい。
「……完璧じゃん」
「うん、わたしもそう思ったよ」
あたしが思わず声に出すと、綾姉も完全同意してうなずいた。
葵さんの受け答えも完璧だし、あたしたちが暮らしていく家としても文句なしだ。
いまの粕谷家だって十分大きな家だと思うけど、それでも部屋の数が足りなくて綾姉と栞姉は相部屋だというのに。
……葵さんの家、お父さんとふたり暮らしなのにはっきり言ってオーバースペックすぎ。
「……とりあえず麗の話はあとで話し合おう。そのあとは?」
「うん、それでね――」
続きが気になる栞姉に促され、綾姉が話を先に進める。
綾姉は、麗のことを打ち明けたときの葵さんの親身な接し方にすこし感極まってしまったと白状する。
そしてその時から、葵さんの写真を撮るという最後のタスクをすっかり忘れてしまったらしい。
「それでね……わたし、思わず言っちゃったの。"わたしとお友達になってくれませんか!"って……」
綾姉……だいぶ頭おかしくなってる。
「……姉さん、葵さんにいきなりそんなこと言ったの?」
麗もなんか引いてるし。
「うん。……葵くん、麗のこととかわたしたち家族のことをとても心配してくれて、すごい優しい人なんだって分かって嬉しかったし、……栞と萌とだけ仲良くなってて、あたしだけ置いてけぼりな気がしたの」
その折り目正しさが綾姉の良いところなんだけどなー。
でも、逆に親友と呼べるような子も綾姉にはいなくて、それを少し寂しがってることも何となく察していた。
「少なくともボクは、まだ葵とこんなプリクラなんて撮る仲にはなってないよ!」
「でも、朝の時はまだ葵くんも"綾さん"って呼んでたし……」
「……てことは綾姉、葵さんに呼び捨てで呼んでもらえたの?」
「うん」
綾姉が控えめに笑って答える。
葵さんと仲良くなれたのがそんなに嬉しかったの。
……なんか綾姉、チョロすぎる気もするけどきっと気のせいだ。
葵さんのこと話すときテレテレしてる気がするけど、気がするだけだ。うん。
きっと、葵さんがいい人すぎるせいでそう見えちゃうだけだ。
「それで、そのあとは?」
気を取り直して、その先を訊いてみる。
「えっと、お昼の時間だったからどこかで食べようってなったの。それから、せっかくだからその後もお買い物とかしないかって」
「葵さんとデートしたんだ。ショッピングモールで」
綾の持って帰ってきた紙袋を見ればどこに行ってきたかくらい分かる。
葵さんに連れられてバスで行ってきたんだろう。
「で、デートって、そんなんじゃないよ……」
「男の子とふたりきりでモール行ってんだから、もう正真正銘デートでしょ。それにこんなラブラブなプリまで撮って」
「うぅ、はずかしいから見ないでよっ! もう……」
「……私に見せるために撮ったんだよね?」
耳まで真っ赤に染めて、麗の手にあったプリクラを取り返す綾姉。
麗は呆れ果てている。
「葵くんとお昼たべて、お洋服買っただけ! そんな、葵くんとらぶらぶなんかしてないから!」
……綾姉、それ女の子とデートしたことを茶化された小学生男子が言う台詞だよ?
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