#0018 第二反省会 (2)【萌視点】



 綾姉が持ち帰ってきた紙袋の数を数えながら、あたしはため息をつく。


「それにしても、よくこんなにたくさんの服を買ったよね、綾姉」

「うん……葵くんが一緒に選んでくれたの」


 あたしも服を見るのはすきだけど、こんなにたくさん買うことはほとんどない。

 いくつもショップをハシゴしたことが一目で分かる。


 まだ全てを見たわけじゃないけど、綾姉らしい清楚なスカートもあれば、ちょっと露出過多なパンツもある。


 ふだん綾姉はあまりファッションに明るくない。

 この量を選んで買うまでには葵さんの手助けがかなりあったはず、だが。



「男にとって女の子の服選びは退屈って相場が決まってるんだけど」

「葵くんはぜんぜんそんな感じじゃなかったよ。わたしが試着したときもたくさんアドバイスくれたし、……わたし、楽しかったもん」


 そんな男この世に存在するのかと思ってしまう。

 綾姉の手を引いてショッピングに連れ出して、一緒に服選びを楽しんでしまうなんて。



 しかし、驚くべきことはさらにあった。


「……これだけ買うお金、よくあったね」


 麗が指摘する。

 あたしも思っていたことだ。



 基本的にあたしたち姉妹のお小遣いは少ない。

 あたしたちは母子家庭で、家計を支えているのはママの稼ぎだだけだ。

 だけどそのママもなかなか良い仕事に恵まれず心もとない。

 それに、あたしたち子供は4人もいる。


 そのせいで、あたしたちひとり当たりのお小遣いは、ごく少額になってしまう。

 ……住まわせてもらっているこの家が無駄に大きいせいで、周りからはお金持ちと思われることが多いけど、実際のあたしたちはとても貧しいのだ。

 あたしたちはその弱みを周りに悟られないように生きている。



 あたしはモデルの仕事があるから自分でお小遣いを稼ぐことができている。

 最近は栞姉の財布もコンクールの賞金で潤っているみたいだ。


 それに対して、綾姉が使えるお金はママからのお小遣いだけだ。

 品行方正でいつもあたしたち妹に遠慮する綾姉に、あたしと栞姉が無理やり服を買ってあげることもあるくらいだ。


 それだけに綾姉は普段から無駄遣いはまったくしなかったし、貯金を一度にはたくような大きな買い物なんてしたことはなかった。


 ……今日までは。



「それが……今日買った服は、ぜんぶ葵くんが払ってくれたの」


 おずおずとした様子の綾姉が言い放った言葉に、さすがに耳を疑う。


「は? 葵さんが払ったって、これ全部?」

「うん……」


 綾姉が恐縮そうにうなずくものだから、思わず手近にあった袋から買ってもらったという服を1着出してみる。

 浅葱色のワンピースだった。なかなかセンスが良い。


「え、だってこれとかさ……」


 値札を見ると普通に桁が1つ多い。

 お高そうなショップで買ったらしい紙袋は他にもある。


 これ、合計金額が大変なことになってるよね……?



「さすがに額が大きすぎない? これ全部葵さんに払わせたの?」

「わ、わたしもさすがに申し訳ないってお断りしたよっ! だけど、"友達ならこのくらい払って当然だよ"って言われちゃって」

「友達なら当然って……」


 そんな当然ないですよ!

 3日前に初めて会ったばかりの相手に、そんな大金普通払えないよね?



「……もしかして、葵さんのおうちってブルジョワ?」

「いや、葵のお父さんは大学の先生って話だ。平均よりは上だと思うけど、常識はずれのお金持ちってほどじゃないはずだよ」


 麗と栞もさすがに困惑して話に加わってくる。

 あたしたちと金銭感覚がそんなに違う階級の人ではない、と信じたいところだ。



 と、綾が自分のスマホを取り出して、あたしたちに画面を見せてくる。

 あたしたち3人の妹が頭にクエスチョンマークを浮かべてると、


「葵くん、自分で稼ぎがあるんだって。今日教えてくれたんだけど、ウェブサイトを運営していて、広告でお金がもらえるって言ってた」


 "サクラの批評時空"と題されたウェブサイトだった。

 あたしは聞いたことないサイトだけど、どうやらクラシック音楽の情報を発信してる個人ブログのようなものらしかった。

 そのタイトルとは裏腹にシンプルでありながら洗練されたサイトデザインで、コンテンツがよく整理されていているように見える。



 なるほど。一応納得はした。

 今時、あたしらと同年代かそれ以下でも、ネット上で活動してる人はたくさんいる。


 成功をあげている人はほんのわずかだろうけど、葵さんはそのわずかな人間なんだろう。

 葵さんはこのサイトの運営で、お父さんの稼ぎとは別に結構な収入があるということだ。


 だから、高い買い物も必要だと思えばためらいなくしてしまえるんだろう。

 ……葵さん、あまりお金使いそうに見えないから結構貯めこんでるのかも。



 そう、あたしのなかで腑に落ちていた時。


「サクラの批評時空を、葵が書いているってのは……本当、なの?」


 栞姉が、今日いちばんの驚愕――綾姉と葵さんのプリクラを目にした時以上の驚愕の表情を浮かべて絶句している。



「……栞、知ってるの?」

「かなり有名なサイトだよ。……クラシックの、特にピアノ曲を中心にCDのレビューとか演奏会の感想とかを掲載しているんだ」

「葵くんもそんなこと言ってた」

「とにかくレビュー記事の数が膨大で、同じ曲でもすごい数のピアニストの音源を比較してるんだ。それに演奏の批評も、コンクールの審査結果よりもこのサイトがつけた順位の方が正確とまで言われてるくらいなんだ。かなり古い音源のレビューもあるからてっきり年配の管理人なのかと思ってたけど、まさか葵だったなんて……」

「へえー」


 よく知らないあたしは、栞姉の説明に感心するだけだ。

 栞姉は興奮したように綾姉のスマホを操作していて、


「……ほら、コンクールの観戦レポートもあって、ボクが優勝したコンクールの感想記事も」


 記事内は、コンテスタントひとり一人、一曲一曲に丁寧に感想が書いてある。

 栞姉の演奏に対しては……うわ、べた褒めばかりだ。

 詩的に栞姉の演奏を評していて、最後は「これは久々に見た文句なしの天才少女。将来に期待しています」と結んでいた。


「そっか、これも葵が書いていたんだ。葵はボクの演奏を聴いていたんだね……」


 おそらく何度も読み返したであろうレビュー記事の文章を指でなぞりながら、栞姉は嬉しそうに頬を緩ませている。

 うわー、完っ全に恋する乙女の表情だ……



「……ひょっとして、葵さんってすごい人?」

「そうなのかも」

「いやいや、相当すごい人でしょ……」


 麗と綾もいまいち分かってないみたいだけど、この年で自分で稼ぎがある子なんてそうそういないよ?

 相当すごいでしょ。

 ……あたしが言うとなんか自慢になっちゃうけど。



 それにしても。

 綾姉の服選びに付き合ってあげて、綾姉といっしょに服を選んであげて。

 挙句の果てに、それを全部買ってあげる?


 葵さん、どんだけ紳士なんですか。

 これで女の子と付き合ったことないって、嘘じゃないですか?



「あ、そうだ。忘れないうちに……葵くんから栞にプレゼントだって」

「葵がボクに?」


 綾姉が何やら別の紙袋を漁っている。

 出てきたのは……何やら四角形の包装紙。

 ショッピングモールではなく、駅前の百貨店の包装紙だ。


 大きさといい形といい、まるでラブレターでも入ってそうに見えるのは、……あたしが貰いすぎてるせい?


 栞が開封して、中から取り出されたのは――


「……ハンカチだ」

「うん。順番が前後しちゃうけど、バスで帰ってきたときに百貨店に寄って買ったの。葵さんが、よかったら栞に使ってほしいって」


 綾姉の言葉を聞いた栞姉は目を見開いたかと思えば、嬉しそうに頬を染めて思わず葵さんからもらったハンカチを胸に抱きしめてしまっている。

 そのまま目を閉じて感極まっている。


「葵くん、栞のコンサート楽しみにしてますって言ってたよ」

「葵……、どうしよう。うれしすぎるよ」

「え、どういう意味?」


 すぐに考えが通じ合ってる綾姉と栞姉。

 あたしは意味が分からずふたりに訊き返してしまった。

 だってハンカチを送る意味って、たしかお別れだったはず……?


「えっと、本当はハンカチを送るのはお別れの意味なんだけど、葵くんが言うには、ハンカチはピアニストの必需品だから、葵くんのかわりに栞のそばで見守らせてほしい、って」

「……ピアニストは、たったひとりで舞台の上に立たないといけないんだ。楽譜さえ持っていけない。でも、手と鍵盤を拭くためのハンカチだけは、唯一持っていけるモノなんだ。……だからこのハンカチ、葵のボクを想う気持ちがこもってる。舞台の上のボクにとって絶対、心強いアイテムになる。本当に嬉しいよ」


 栞姉の補足を聞いて納得。


 うわー、なんて気の利いたプレゼント。


 しかも、ちゃんとブランドものの良いハンカチを買っている。しかも無駄にオシャレだし。

 ちゃんと汗を吸えるような材質だ。栞姉のこと考えて選んだんだろうな……


 葵さんに片思い中の栞姉はとろけた表情になっていて、もう葵さんで頭がいっぱいという感じだった。

 ていうか葵さん女の子キラーすぎません?


 葵さんになんで彼女できたことないのか、ますます謎が深まった……



 栞姉が感激の声を上げている光景を見させられた麗は、


「……葵さんって、もしかしてただの女たらしなんじゃ」


 と、むしろ葵さんに対する不信感を強めていた。



「……いや、葵さんが良い人すぎるだけなんだと思う」


 とフォローするけど、あたしも自分の言葉に自信が無かった。









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