#0016 綾の四つのお話 (6)




「えっと、綾は友達とプリクラを撮ることはあるの?」


 おそるおそる訊いてみると、綾は首を振って答える。


「……ううん、いっかいも無い。こういうところにもぜんぜん来ないから」


 質問したおれも、プリクラは概念としては知っているが人生で撮ったことがない。

 おれも綾さんと同じで、ゲーセンはおろかショッピングモールに一緒に来るような友人もほとんどいないから。


 ……いや、おれの家の周りが田舎すぎて同年代がぜんぜんいないせいですからね? おれの人間性の問題じゃない、はずだ。


「それに、学校の子たちは何故かわたしと一緒に写真に映りたがらないみたいで……」

「……」


 それは間違いなく、綾さんの横に並んで映った女の子はその凶器レベルの顔の小ささと腰の高さに完膚なきまでに敗北するからだ……!


 綾はおれの正面に向き直って、子犬みたいにうるうるした上目遣いで訴えてくる。


「ずっと、あれの中はどうなってるのか気になってたの。一回でいいから、仲のいい友達と撮ってみたいって思ってて」

「麗さんに見せるための写真だよね? なにもあれで撮らなくてもいい気もするんだけど……」



 いくらやったことがないとは言え、さすがにアレがどういう写真を撮るかくらいは知っている。


 明るい髪色、赤く染まった口元、過度に陰影の無い画質。

 いわゆる"盛った"写真が出てくるのだ。


 麗さんが、おれの外見を見て同居しても大丈夫そうかを判断するための大事な写真。

 それを撮るのにはどう考えてもふさわしくないように思う。



 しかし、


「わたし、葵くんとプリクラ撮ってみたい。だめ、かな……」


 綾さんは寂しそうな瞳でこのようなことを仰るのだ。

 これに逆らえる男子は世界中探してひとりでもいるだろうか??


 一瞬、この子はおれのこと落とそうとしてるのか? と思ってしまうけど、綾はいたって真面目だ。

 100%純粋におれとプリクラを撮ってみたい一心で、こんな可愛いLv.99みたいなお願いのしかたをするのだ。


 完全に天然でやってるだけに、ある意味萌よりも質が悪い……



 おれも覚悟を決めた。


「わかった。おれも一回くらいは経験してみたいし。いっしょに撮ろう」

「ありがとう……!」


 感激するのはいいけど、思わずおれの手をとってお礼を言わないでくれ綾さん……!

 少しは自分の可憐さを自覚してほしいです、さもないとおれの心臓が爆発してしまいます。



 おれは抑えきれない動悸を必死に隠しながら、綾を連れてプリクラコーナーへと足を踏み入れる。

 男性のみでは立ち入り禁止の聖域、未知の領域に自然と緊張していた。


 そこには各社のプリクラ機が所狭しと並んでいた。



「たくさんあるね……どれがいいんだろう」


 メーカー毎の違いなんておれにもさっぱり分からない。



「この"最新機種"って書いてあるやつにしてみようか」

「うん。わたしもこれがいいと思う」


 とりあえず目についたプリクラ機を選ぶ。


 プリクラ機の筐体はトラックの荷台くらいはありそうな大きさで、幕で囲われた中に入って撮るのは周知の通りだ。

 まずは外でお金を投入し、タッチパネルで撮影モードなどを決めるみたいだ。


 1回400円。結構するんだな……



「わたしが払うよ。わたしがお願いしたから」

「じゃあ、200円ずつ払おうよ。おれも撮ってみたいからさ」

「……うん。ありがとう♪」


 ふたりで100円玉を2枚ずつ投入する。

 ……なんだかこの何気ないやりとりだけでも無性にどぎまぎする。


 400円が投入されたところで、タッチパネルの画面にゲーム開始の映像が流れる。

 モデルの女の子がふたり映って新機能の紹介をしている。が、横にいる綾の方が圧倒的に美人だ。


 当の綾は、熱心に液晶の画面に見入っていておれの視線には気づいていなかった。



『撮影コースを選んでね♡』


 選択肢は、"友達"、"カップル"、"大人数"。


 大人数とそれ以外(ふたり用)ではカメラの画角が変わるらしい。

 友達とカップルでなにが違うのか分からないけど、普通に考えたら友達を選ぶのだろうか。


 そうおれは思ったけど、


「葵くん、カップルを選んでみてもいいですか……?」


 どうやら綾さんの考えは違うらしい。


「おれは構わないけど……友達モードのほうが無難じゃない?」

「葵くん男の子だし、性別的にはこっちだと思って……」


 たしかに、友達モードのアイコンは女の子同士2人だ。

 カップルモードは言うまでもなく男女ペア。


 確かに男女で撮るならこちらの方かもしれない。そう思っていると、



「……ごめんなさい、やっぱりわたしなんかが葵くんの恋人なんて嫌、だよね」

「待って待って! そんなことないから」


 綾が悲しそうにうつむいてしまうのを見て、おれはあわててカップルモードのボタンをタッチする。


「いいの?」

「たぶん、どっち選んでもそんなに変わらないよ。綾の言うとおり男女ならこっちの方がきっと合ってるよ」

「……ありがとう」


 それでも綾はなんだか浮かない表情だ。

 きっとおれが遠慮して綾の意見に従っていると思っているのだろう。


 ぜんぜんそんなこと無いんだけど……



「……綾と恋人になれて嫌な男なんていないよ。むしろみんな嬉しいんじゃないかな」


 綾に言うかどうか迷ったけど、言うことにした。


 綾は本当に天使みたいな女の子だ。

 綾は家族の、とくに弱っている麗さんのことに誰よりも心を砕いている。

 妹たちのために自分のことよりも家のことを優先して、大変な境遇でもいつも大切な人ことを思っている。


 そんな彼女の優しさに間近で触れたら、魅せられないはずがない。


 ちょっとした優しさにも恩を感じて、それに報いようとがんばる。

 ……そのために綾といっしょにやったクレーンゲームは楽しかったし、無邪気に喜ぶ姿は魅力的でもっと色んな表情を見てみたいと思った。



 綾と恋人になれて嫌に思う男なんているわけがない。

 綾にとって大切な人になれた男は、どれだけ幸せ者なのだろうかと思う。


 そう綾に伝えると、



「……葵くんも、わたしと恋人になれたら嬉しいの?」

「……どっちに答えても問題発言になる質問するのやめてくれないかな」

「ふふっ、わたしに恥ずかしいことばかり言うからそのお返し、だよ」


 ともあれ、綾はまた(いたずらっぽくだけど)笑ってくれた。

 一瞬、萌みたいな小悪魔な雰囲気でドキリとしてしまう。

 綾もこんな表情できるんだな……いきなりは心臓に悪すぎる。


 とにかく、これからふたりで写真に映るのだから、笑ってくれてよかったと思う。



「……もう、そんなのほとんど愛の告白だよ」

「カップルモードで撮るから」

「ふふっ」


 おどけて見せると、会話のすべてが冗談っぽくなったのだった。




 綾と会話が弾んだところで、写真の外枠の色を適当に選び、いよいよ撮影ブースの中に入る。

 プリクラ機の中は四方を真っ白な幕に囲まれていて、正面にカメラとディスプレイが据え付けてある。

 その左右の棚に持っていた荷物を置くようになっていた。



『ぜんぶで5枚撮るよっ♪ もし困ったら、わたしが言ったポーズを参考にしてね』


 お姉さん風の声でアナウンスされる。


「どうしよう、緊張してきちゃった……」


 手早く髪を整えている綾。

 ……髪、いくらなんでもサラサラすぎません?

 一糸乱れぬとは綾の髪のことを指すための言葉だった。


「変じゃないかな……?」

「ぜんぜん変じゃないよ」


 思わず見惚れてしまうくらい完璧な美人なんだから、変なとろこなんてあるはずない。


 そう思っていると、


『それじゃあ撮影を始めるよ! 撮影は全部で5回! ……まずはふたりでピース!』

「えっ、もう撮るの!?」

『さん! にー! いち!』


 唐突にはじまるカウントダウン。


「どうしようどうしよう……」


 あたふたとおれたちは並んでピースのポーズをとる。

 画角に収まるようにおれと綾は近づいていて、ふたりの肩と腕が触れさすがにドキドキしてしまう。



 パシャリ。



 まぶしいフラッシュが焚かれてまずは1枚撮られたらしい。

 ほっと一息つく間もなく、


『つぎは両手を頭のうえに……ウサギさんのポーズ!』


 撮影のテンポが早すぎる!


『さん! にー! いち!』


 考える暇がない。

 横を見ると、綾がすこし恥ずかしそうにウサギさんのポーズをとっていたので、急いでおれも従う。



 パシャリ。



 撮れた写真はすぐに画面に表示される。

 ――綾のはにかんだ表情が強烈に可愛らしくて、胸を鷲づかみされる。



 間髪入れずに次の撮影が始まる。


『つぎは……ほっぺつんつんっ♡』


「ほ、ほっぺつんつん、ですか……葵くん、すこししゃがんでくれますか?」


 顔を赤らめた綾が、おれに向き直ってお願いしてくる。

 ……つんつんって自分の頬じゃなくて相手のほっぺなのか!?


『さん! にー!』

「もう撮られちゃいます……!」

「えっと、こうか……?」

『いち!』


 カウントダウンが迫る中、小柄な綾がやりやすいようすこしかがんであげる。

 綾の顔がすぐ隣に……距離が近い! びっくりするくらいきめ細やかな綾の素肌と長いまつ毛がすぐ目の前にあって、鼓動が跳ねる。


 動揺を隠したまま綾の頬を人差し指で触れる。

 ……綾のほっぺ、めちゃめちゃ柔らかい。



 パシャリ。



 撮影された写真をみると、お互いの頬をつつく手が交差していた。

 ……すごい、本当にカップルのプリクラっぽい。

 顔が自然とにやけてしまうのが抑えられない。



 撮影は残り2枚。次のポーズの指示は……


『ハグしちゃおう♡』


 ついに来た。

 恋人同士なら望むところだろうけど、綾さんとできるのはさっきのつんつんが限界みたいだ。


「えっ、ハグですか、どうしよう……!」


 ここにきてスキンシップのレベルが一気に上がって、目に見えて狼狽している綾。


「必ずしも言われた通りじゃなくても……」

『さん! にー! いち!』

「……葵くんっ ごめんなさい!」


 綾を落ち着かせつつ代わりの穏便なポーズを考えていた時、あろうことか綾はおれの胸に飛び込んでくる。

 おれは突然抱きついてきた綾を受け止めて抱きしめて……それは頭がおかしくなりそうな刺激だった。


 綾のカラダは女の子特有の柔らかさで、呼吸とか鼓動までダイレクトに伝わってくる。

 同時に、お花みたいな綾の良い匂いが鼻孔をくすぐってきて、おれの胸に顔をうずめる綾の姿とか、おれの腕の中ににすっぽりと収まってしまうサイズ感とか……こんなのダメだ、危険すぎる可愛さだ。


 綾に抱きつかれた一瞬に押し寄せる大量の情報に脳がフリーズして、ただ抱きしめかえすことしかできなかった。



 パシャリ。



 おれたちは抱き合った体勢のまま写真を撮られる。

 綾の感触を知ってしまったおれはもう本能的に綾を離せなくなっていて、綾もなぜかおれに抱きついたままでいて。


『次がラストだよ! あつーいキスでフィニッシュしちゃおう♪』


 え、今なんて? キスって言いました?

 さすがに冗談ですよね? カップルってキスしながらプリクラ撮るの??


 たとえキスをお望みだとしても、さすがに恋人同士じゃないおれと綾とではできないよ?

 ……そう頭では考えていても、身体はまったく言うことを聞いてくれなくて、綾のことを離せないままでいた。


「葵くんと、キス……」


 おれの胸の中にいる綾さんがやばいことを言い出してる!


「綾? 本気でするつもり?」

「だって、最後はキスって……」


 綾はおれの背中にまわす両手にぎゅっと力をこめていて、……それ、好きな人にする行為だよね?

 そして、心なしか背伸びをしているようにも見えるですけど。



 至近距離から綾に見上げられる。

 ……その上目遣いは反則すぎだ!

 綾さん! 少しはご自分の可愛さを自覚してください!!


 宝石みたいな瞳が熱っぽくうるうるしてて、なんだか切なそうにおれを見つめてるのは錯覚か? おれが男だからかそう思うだけなのか!?



 ……そして、桃色でみずみずしい綾のくちびる。

 恥ずかしげに紅潮した頬と、わずかに開いたくちびるから漏れる熱っぽい息。

 火照った綾のカラダ。


 綾がおれを抱きしめる腕がまたぎゅっ……♡ってして、お互いの息がかかるくらい顔が近づいていて。


 おれをじっと見つめる視線は、それ完全に女の子がおねだりする目……!



「待ってよ。本気? 無理しなくてもいいんだよ?」

「……わたし、葵くんになら平気、だから」

「……えっ、それって」



 パシャリ。



 綾の口からとんでもない言葉が聞こえてきたその時、撮影の強い閃光がふたりの熱に狂った時間を切り取る。


『撮影はおわりだよ♪ 右側の出口から出て、落書きスペースへ行ってね!』


 終了を告げる女の子の声と音楽が機械から聞こえてくる。

 おれたちは抱き合ったまま、呆気にとられてしばらく見つめあっていた。


「……」

「……」


 おれと綾は時間が止まったように固まって、一言も発せなかった。

 外のゲームセンターの喧噪だけが、やけに耳に聞こえてくる。


 プリクラの最後の一枚は、おれと綾さんが見つめあっているところを撮られてしまった。

 ……あまりのことに、おれはカウントダウンの声すら聞こえていなかった。



 綾は呆けたように、目の焦点が定まらず口が半開きの表情だった。

 きっとおれも同じような顔をしているのだろう。


 気まずい沈黙。

 おれたちは抱き合ったまま一歩も動けず、熱に浮かされていたおれと綾さんの頭がだんだん冷えてくる。



「…………」

「…………」

「…………おわっちゃったね」

「…………ああっ! わたし、今なんて言いました!?」


 おれが言葉を発すると、綾はみるみるうちに顔が赤くなっていって。

 そして沸点に達したその時、ばっ! っとおれの身体を離して後ろを振りかえって、しゃがみ込んでしまった。


 両手で顔を覆っている。


「……なんだか、とんでもないことを言ってた気がするけど」

「忘れてっ! わたし、緊張のあまりなんてことを口走っちゃったんだろう……!」


 綾の表情は見えないけど、恥ずかしさの極限みたいな体の震わせ方だった。

 声も震えていた。


 泣いているわけではないと思うけど、なんだか「しくしくしく……」と擬音が聞こえてきそうな綾の背中だった。



 おれができたのは、しゃがみ込んでいる綾のそばに寄り添ってそっと肩に手をのせてあげることと、


「おれはもう忘れたから。だから元気だして?」


 そう声をかけることだけだった。



 ……当然、綾にあんなに熱っぽい表情で見つめられた上でのあの台詞、到底忘れられるはずがない。


 おれの嘘は綾への優しさだった。









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