#0014 綾の四つのお話 (4)



 おれも料理とか家事は一通りできるから、もし家族になれたら綾もすこし楽になると思う。


 父さんも里香さんも忙しそうだし家事はきっとおれたちで分担することになるんだろう。

 もちろん麗さんのことは、今のおれは何もしてあげられないから、綾や栞に託すしかない。

 それでも、いまの綾が抱えてる負担を軽減できるよう、おれもできることを協力したいと思う。



 そうおれが告げると、綾は穏やかな表情でありがとうと言ってくれた。


 少しだけでも不安が無くなってくれればいいが……

 おれの言葉にそれだけの力があったかどうか、綾の表情からはよく分からなかった。



 そのあとおれたちは美味しそうなパスタ屋さんを見つけて、そこで昼食をとった。

 ……この間もパスタを食べた気がするけど、夏野菜をつかった限定のスパゲティが美味しそうだったのだ。


 なんだか泣きそうな雰囲気だった綾は、食事をしているうちにだんだんと明るさを取り戻してくれた。

 やっぱり、人間おいしいものを食べると幸せになれる。


 食べながら、どういう味付けなんだろうと不思議がっている姿はとても可愛らしかった。


 きっと綾は料理が好きなのかもしれない。



 それから、うちが家の近くに畑を持っていて最近夏野菜をたくさん収穫してることを教えると、予想以上に興味をもってくれた。

 どうやら綾の家も家庭菜園をやっていて、野菜やイチゴとかを育てているらしい。


 ただ、うちの畑は500坪くらいあるのでそこらの家の庭とは規模が全然違う。

 ……うちは昔農家だっただけあって、その名残りだ。



 ――父さんと里香さんが結婚してうちに引っ越して来たら、綾の好きなことに使って良いよ。どうせ余ってる土地だから。


 そう言ってあげると、目を輝かせてくれた。

 まだ正式に家族になれるとは決まってないのに、何を育てるか皮算用しはじめる綾がとても微笑ましかった。



 綾が楽しいと思えること、これから見つかるといいな。


 綾の姿を見てそう思った。




 食べ終わって店を後にする。

 第一印象だけで選んだけど、味も値段も量もなかなかに満足度の高いお店だった。


「さて、この後はどうしよっか。いろいろお店あると思うけど、なにか見たいものとかある?」

「うーん……」

「じゃあ適当に散策するって感じで」


 お互いにこれと言って見たいものも無いみたいなので、のんびりとした午後になりそうだった。


 それはそれで良い過ごし方だと思う。

 おれ自身が結構なのんびり屋なので、こういうのは全然苦にならないのだ。



 それにしても。

 こうして綾とふたり並んで歩いているだけで、すれ違う人すべての視線がおれたちに集まってくる。


 女性からは、綾の美貌に対する羨望。

 男性からは言うまでもなく、綾のような可愛い女の子を侍らせているおれへの物凄い嫉妬だった。


 あらためて綾の美貌の凄まじさを感じる。

 年齢なんて関係ない綾の普遍的な美しさで周りの世界が歪んで見える。



 何もしてないのに強制的に周りの視線をひとり占めしてしまっている。

 好奇の視線のほか悪意のあるものもたくさん混じっていた。


 ……いつもこんな中で生きているのか。

 それでいて、綾みたいな心優しい女の子に成長できるのは奇跡みたいだと思った。



 でも、それはそれとして、おれらがデートを楽しむことに変わりはない。

 何も悪いことをしているわけでもないし、見たい奴には見させておけばいい。


 綾のような素敵な女の子と一日を過ごすことができることは幸せだった。




「そういえば、擦り切れて捨てちゃった靴下の替えを買わないといけないんだった。服屋さんに付き合ってもらってもいいかな」

「うん。もちろん」


 別に靴下くらいネットで買えばいいんだけど、せっかく綾と過ごすのだから目的があったほうが良い。

 綾も問題なくOKしてくれたので、服屋さんに行くことに。




 ふたりでユニクロへ向かう。

 靴下ごとき、本当ならドン・キホーテでも良いくらいだけど、ユニクロのが丈夫でいつも使っている。


 それなりに広い面積の店内、だけど男もののインナーや靴下があるコーナーはすぐ見つけられた。

 目的物をいくつかカゴに放り込む。

 おれの用事は完了だ。



「おれが買わないといけないのはこれで終わりだけど、せっかくだし綾の服も見ようよ」

「うん……♪」


 おれが促すと綾もついてきて、普段はなかなか入りづらい女性ものの区画に足を踏み入れる。

 女の子と一緒なら男のおれが入っても問題ないだろう。


 今日の綾はシンプルなワンピース姿だ。

 言うまでもなく清楚な綾のイメージにぴったり合っている。


 一方、この間の"顔合わせ会"で綾が着ていたのも花柄のワンピースで、似た系統の服だ。

 きっと自分でも上品で似合うと分かって着ているんだと思う。

 だけど、せっかく服屋さんに来たのだからもっと違った綾も見てみたかった。




「……どれが似合う、かな?」


 女性ものの区画は店舗の半分もあるので、困ったように尋ねられる。

 不意打ちでそんな可愛い上目遣いしないでください、心臓に悪いよ……



「綾が着たいのを着るのがいちばんだよ」

「もう、それがいちばん困るのに。……じゃあたとえば、これとか」


 おずおずと手に取ったのは、水色のワンピースだった。

 無地で、全体的にだぼっとしている、気がする。


 正直に言うと、今着てるのやこの間着てたものの方がデザインが洗練されている気がする。

 いや、実際に着てみるともしかしたら良い感じなのかもしれない。モデルは綾なのだから……



「だめ……?」

「いや、でもこの間も似たようなワンピース着てたから、別のはどうかなと思って」

「……実はわたしが着てる服って、いつも萌と栞が選んでくれてるの。だから、どういうのが良いのかよく分からなくて」


 上品なコーデは萌によるものだったのか。

 服を着るプロが選んでるんだから、それは洗練されているわけだ。



「服を選ぶのって難しいよね。おれもよく分かってないけど、じゃあ今日はふたりで服を選んでみて、気に入ったのがあれば買ってみようよ」

「……いいの?」

「もちろん。いろいろ試しながら、ふたりで相談して決めよう」

「……ありがとう。嬉しい」

「ようやく、今日のおれたちの目的ができたね」



 綾ほどの子は周りからも注目されるだけに、変な服は着させられない。

 そう思うとかなりプレッシャーだ。だけどそれ以上に楽しみだった。

 これから綾はどんな女の子に変身するかを考えるだけでわくわくしたのだ。



「綾がいま選んだ水色、好きな色なの?」

「そう、かも。なんとなく、萌とか栞が選んでくれる服も青系が多い気がする」


 やっぱり綾のもつ清らかなイメージからだろうか。


「じゃあ、おれはその逆をいってみようかな。案外ピンクとか良いんじゃないかな」


 とりあえず目についた珊瑚色コーラルピンクのロングスカートをカゴに入れてみる。



 白系のトップスと合わせれば綾さんのイメージにぴったり……な気がする。

 でもあんまり夏っぽくないかな……まあいっか。


 それとは別にこのシャツとかも試してみようよ。そうなると下は暗めが良いだろう。


「……葵くん、わたしより服えらぶのうまい」

「そんなことないよ。女の子と服屋さんに来ること自体初めてだし、あとで試着して全然似合ってないかもしれない。そのときは一緒に笑おう」

「ふふ、ありがとう」


 おれの軽口におかしそうに笑ってくれる綾。

 他愛のない会話だけど、それが何より心地よかった。



「あとは、スカートだけじゃなくてパンツスタイルも試したいよね。もっとカジュアルな感じの」

「そうだけど、わたしに似合うかな……」


 似合わないかもしれないけど、試す価値はあると思う。

 それにこれだけの美貌なら、そもそも何を着ても可愛いはずだ。


 そう思って綾と店内を見て回っている時。

 ふと目についたものがあった。


 気が付くとおれは自然とソレを見ていた。



「……ショートパンツ、だね」


 綾も気がつく。


 デニムのショートパンツ。

 股下5、6センチくらい。

 あのとき萌が履いていたものと同じくらい、とても丈の短いものだ。


 あの時の萌のショーパンは、強烈な小悪魔っぽさを演出していた。


 これを清楚な綾が履いたらどうなるのか。

 ……見たい。とてもとても気になる。



「こんな短いの、わたしに似合うかな……」

「正直あまり想像つかない。綾も興味ある?」

「うん……でも、こんなに短いの履いたことないから、恥ずかしいよ」

「萌もこういう感じの履いてたし、綾もきっと似合うと思う」

「そうかな……」


 この間の萌の小悪魔な格好を思い出して、それを天使みたいな綾が着たら一体どうなってしまうのだろうと想像する。

 ……やばいぞ。



「せっかくだし試着してみようよ。上に着る服も見つけてあげるからさ」

「でも、こんなに短いし……」

「たぶん今までの綾のイメージからガラッと変わると思う。きっと面白いよ」

「……葵くんがそこまでいうなら、試してみようかな」


 すこし躊躇っていたみたいだけど、綾も興味自体はあったのか意を決した表情になっていた。

 綾が陳列棚からひとつとってをカゴに入れる。

 その様子をみて、おれは内心ガッツポーズをしていた。


 というか、綾はためらいなく一番ウエストが細いサイズを選んでいたけど、一体この姉妹はどういうスタイルをしてるんだ……


 その他にも何着かをカゴに入れ、綾はいま試着室に入ったところだった。


 大きな服屋さんなので、店内の一角に試着室がいくつも並んでいる。

 店員さんに見られていちいち反応される恥ずかしさもない。

 気楽に試着できるのが大手のお店の良いところだった。



 おれは綾が靴を脱いだところの目の前につっ立って、綾が着替え終わるのを待っていた。


 ……目の前のカーテンの向こう側で、綾が着替えをしている。

 そう考えると非常にこう、胸が高鳴るというか。邪な妄想をしてしまうというか。


 いや、そんな変態的な思考はやめないと。

 先日萌と恋愛禁止の約束をしたばかりだ。

 家族になったら、隣の部屋で綾や栞や萌が着替えをすることになる。


 平常心平常心……



 すると、


「……あの、葵くん。ほんとに見せないとダメ、かな」


 カーテンの向こうからか細いソプラノが聞こえてくる。

 綾の声だ。



「大丈夫?」

「うん、大丈夫。……だけど、やっぱりこんなに足を見せるのは恥ずかしいよ」


 すこし震えた声がカーテン越しに聞こえてくる。

 なんと、綾は1着目からいきなりショーパンに手を付けたらしい……!

 おれは胸に渦巻くさまざまな感情を悟られないよう、努めてやさしく声をかけてみる。



「もしかしてサイズあってない?」

「ううん、それは大丈夫。……しいて言えば、ウエストがちょっとゆるいかな」

「……」


 どんだけ細いんだ……



「着れたならおれにもみせて欲しいけど、……恥ずかしいなら無理にとは言わないよ」


 本音を言えば、綾のショーパン姿はかなり興味がそそられるけど、他人に見せるのを嫌がってるところを無理やり見たりしたら可哀そうだ。

 しかし綾は、


「……恥ずかしいけど、でも葵くんに見てもらいたい。葵くんが選んでくれたから」


 こんなことを言ってくるのだ。

 ――この子おれのこと惚れさせようとしてないですか?

 いや、綾はきっと純粋な気持ちでおれに見てもらって、感想が欲しいと思ってるんだ。

 その綾の気持ちがあらわれた台詞なんだ。決して男が喜ぶ台詞を言ってるわけじゃないはずだ。


 平常心平常心……



「わかった。いまちょうど周りに人がいないからカーテン開けて大丈夫だよ。ぜったい笑わないから、おれもどんな感じか見てみたい」

「……うん、わかった」


 ややあって、静かな音をたててゆっくりとカーテンが開かれる。


 そこに現れたのは……




「どう、かな……?」


 感想を求めてためらいがちにおれを見つめてくる綾。

 股下数センチというショーパンが、その柔らかそうな太ももにほんの少し食い込んでいて。

 すらりと伸びた長い足は、まるで日焼けなんて知らないみたいに真っ白で、まぶしいくらい光を反射していて。


 その光景だけでもおれが言葉を失ってしまうには十分すぎた。


 しかし、問題はトップスだ。

 おれが見繕ったのはオーバーサイズのTシャツだったはずだけど、綾はなぜか別のTシャツを着てしまっている。

 ……それはおれが、黒のスキニ―パンツに合わせる用に選んだ服では?


 きっと綾が勘違いで着てしまったのだろうそれは、サイズがぴったりなせいで綾の身体のラインを上から下まで浮かび上がらせてしまっていて。

 ……というか、ぴったりすぎて胸のところすごいパツパツになってません? え、綾さんそんな巨乳だったんですか?


 Tシャツの柄がボーダーなのも不幸だ。胸元の部分だけ縞模様が大きく歪んでいて、綾のおっぱいの大きさがなお強調されている。

 ……さっきまでのワンピース姿ではぜんぜんそんな印象なかったのに、普段どんだけ着痩せしてるんですか??

 おれは完全に混乱した。


 その上、内股でもじもじしながら「どうですか……?」なんて言ってくるのだ。

 小柄な綾が、恥ずかしそう頬を赤らめて、目を潤ませながら。


 綾を一目見た瞬間、おれの脳の回路は一瞬で焼き切れてしまった。

 えっちすぎる……!



「葵くん。何も言ってくれないと、わたし……」

「……ごめん、見惚れてた」

「よ、よけいに恥ずかしいこと言わないで……」



 綾の全身から目が離せない。

 ほとんど無意識のうちに会話していた。

 おれの言葉に綾がよけい紅潮しているのは、意識の外だった。



 そうだ、感想を言わなくては……



「とても似合ってる。……けど、他の人には見せられないかな」

「そ、そうだよね……っ」


 これがおれの精一杯の感想だった。

 綾も恥ずかしそうに苦笑いしていて、別の服に着替えるためにまたカーテンを閉めた。



 こんなえっちな綾の姿、他の男に見せられない。

 ……おれの記憶の中でひとり占めしないといけないものだった。







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