#0008 顔合わせの後に (4)
画像検索に切り替えると、そこはもう萌の全身写真と顔写真で溢れかえっていた。
ふんわりとした普段着から、妖艶でドレスみたいなワンピースまで鮮やかに着こなしている。
そしてどの角度で映しても萌の美貌とスタイルの良さ、そして自信にあふれる表情が魅惑的だった。
画面の明るさやピントの合わせ方から素人ではなくプロの手によるものだと一目で分かる写真ばかりだ。
というか、ファッション誌の表紙そのものがいくつも検索結果にある。
こういうことに疎いおれでも名前をしってるくらい有名な雑誌だった。
「これ、有名な雑誌の表紙だよね? これは本当にすごいことなんじゃないの?」
「最年少らしいですね」
おれの目の前にいる萌は誇らしげな顔でこちらを見上げてくる。
そりゃ誇らしくもなるさ、正真正銘プロのモデル、有名人だ。
「じゃあ、萌が怒ったわけっていうのは――」
「はい。あたしのこと"芸能人みたい"って言ったからです。あたしはプロなんです。最近は何回かテレビにも出てるんですから」
「……そんなすごい人だったのか」
「意外ですか?」
「いや、しかるべきだと思う」
「ありがとうございます……でも」
萌はずいっと身を乗り出して、おれに釘をさすように言う。
「あたし傷つきました。怒ってます」
責めるような冷たい口調だ。
おれを見つめる視線も鋭くなっていた。
「それは……まったく知らなかったのはおれのせいだね。ごめん」
「知らなかったのは仕方ないって分かってます。けど、あたしだって頑張ってるんですよ」
おれが知らないだけで世間的には間違いなく有名人だろう。
ここまで来るために一体どんな努力をしてるのか、本当に想像もつかなかった。
「なので、やっぱり葵さんにはあたしと付き合ってもらいます」
そう言うと、おれのひざの上の萌はおれの背中にするすると両手を回してくる。
ソファーに背を預けていたはずなのにどういうわけか簡単に絡めとられてしまう。
ひざの上に乗った萌に抱きつかれる格好だ。
「ちょ、ちょっと待って」
「だめです。あたしは今怒ってるんです。葵さんはちゃんと埋め合わせしてください」
ひざの上の萌に正面から触れ合って、身体のあらゆる箇所が自然と密着して……
特に、さっきすんでのところで触るのを回避した胸元の2つの膨らみがおれの胸もとでむっちりと押し潰れる感触が伝わってくる。
思わず目線を下げると……呼吸するたびの圧力で信じられない柔らかさで変形しているヤバすぎる光景が目に焼きついてしまう。
いやマジでやばい。この感触は危険すぎる……!
そのとき、
「……っ! なにを」
「あはは、これでもう離れられないですね♪」
あろうことか萌は両足でおれの腰もホールドし始める。
あまりにも丈の短いホットパンツから伸びる太ももはまぶしいくらい真っ白で、一見引き締まっている太ももは女の子特有の柔らかさがあって。
こうなってしまっては女の子相手といえど簡単に逃げられない。
この体勢は非常にまずい。
視覚と触覚の情報だけでも殺人的な破壊力があって、おれの劣情はもう限界を超えて膨張して、暴発間近だった。
顔を上げるとお互いの吐息が感じられるくらいの至近距離に超絶的な美貌があって。
星空みたいにキラキラした瞳が上目遣いで見つめてきて、今度こそ絶対に目が離せなくなってしまう。
みずみずしい綺麗なピンク色の萌のくちびるに、すべてを投げ捨ててめちゃくちゃに貪りつくことしか考えられなくなる。
ダメだ、これは本当にダメなやつだ。
その萌が口を開いて、今度は何を言い出すのかといえば――――
「この体勢、なんかすごいえっちじゃないですか?」
「ま、まって」
「まるで対面ざ――」
「それ以上言ったらダメ!」
おれたちの危うすぎる均衡を決定的に崩しかねない一言が発せられかけて、とっさにおれは空いている手で萌の口を塞いでしまう。
"ゲーム"のルール上おれに抵抗は認められていなかったけど、おれの行動は生存本能的な反射神経だった。
反抗したら負け。そのことが頭をよぎっておれはしまったと思う。
しかし萌は予想外のことを考えていた。
その表情は驚いて、その一瞬後にはとても妖しい笑みでこちらを見つめてきて――
「……っ!!」
信じられないことに、萌の口を塞いでる手のひらを萌は舐めはじめたのだ。
手のひらの突然の感触におれが硬直してるのを良いことに、萌は器用におれの手の指を口内に咥えてしまう。
そのままおれの指を弄ぶように舌を絡めてくるのだ。
萌の粘膜の感触と舌先の温かさに思考が麻痺してしまう。
その間も両腕と足はおれの身体にしがみついて、ますます抱きしめる力が強くなっていって。
指を舐め続けながら、何かをおねだりするみたいな上目遣いで見つめられて、おれの頭は簡単に沸騰してしまいそうになって。
これはヤバいこれはヤバいこれはヤバい――――!!
おれは最後の理性をふり絞って、萌の口内から指を引き抜いた。
これほど強い意思をもって行動したのは人生で初めてだった。
「えー、やめちゃうんですか」
萌はまるでおもちゃを取り上げられた子供みたいな顔でこちらを見つめてくる。
引き抜いた指は萌の唾液で濡れていて、舌の感触とぬくもりが頭から離れない。
おれが目を離せないでいると、萌は妖しい笑みで指摘してくる。
「……舐めても良いんですよ?」
「舐めないよ!」
「だって、そんなに気になるみたいですし。……でもやっぱり、直接確かめた方が分かるんじゃないですか?」
萌がさらに顔を近づけて言うのだから、限界突破していた鼓動はなお一層動悸が抑えられなくなる。
だって、もうおたがいのくちびるの距離は1センチにまで近づいていて、ふとした拍子にくっついてしまいそうだったから……
「キスしません?」
「いや、待って」
「もうここまできて待っては無いですよ。えい♪」
「うわ!」
そのとき抱きしめてる両腕から急に横方向に力が加えられて、瀕死のおれはあっけなくソファーの上に横倒しにされてしまう。
萌はすぐさま仰向けに引き倒されたおれの上にのしかかってきて、簡単に組み伏してしまう。
おれの上に感じる萌の身体は信じられないくらい軽くて。
萌はすぐまた全身で覆いかぶさって抱きしめてくる。
「本当に逃げられないですね♪」
「頼むから待って」
「ダメです」
さっきよりもさらに至近距離で萌が見つめてくる。
その頬は紅潮していて、興奮した女の子の熱っぽい吐息は生殖本能的にヤバすぎる代物だった。
「もうここまで来たらキスして合体するしかないと思います♪ あ、ちなみにあたし今日排卵日ですから♡」
萌の表情はまるで、完全に発情しきってる女の子の顔で……!
おれは正真正銘逃げ場がなくなった。
「葵さんは、本気で逃れようと思ったらあたしのこと力ずくで除けることだってできたはずです。なのにしなかったってことは、葵さんだって満更でもないってことですよね?」
「いや、それは抵抗したら負けだって……」
「そうですね、あたしは葵さんのお父さんの結婚を人質にしました。でも、本当にそれだけですか? 葵さんのココ、すごい窮屈そうですけど」
おれの身体の上で身じろぎする萌。
今その刺激はマジでシャレにならない!!
「あはは、葵さん強く抱きしめすぎですよ」
必死に欲望に抗うためにもはや目の前の萌にしがみつくしかないほどの窮地だった。
そうすると余計にお互いの身体が密着して、余計に自分の首を絞めることになる。
そのうえ萌の、女の子特有の甘い匂いが脳を溶かすような錯覚に陥らせてくる。
「じゃあ、ゲームにのっとって葵さんを負かしてあげます♪ ――いまから葵さんにキスします」
「まって、それは反則」
「葵さんは抵抗したら反則負けですけど、あたしの側は特に制約つくってなかったので合法ですよ。なにか問題ありますか?」
「じゃあ、そのキスで勝負は……」
「それはその通り、葵さんの負けになります。なので実は、あたしは葵さんをこうして組み伏せてしまえばいつでも葵さんを負かすことができたわけです」
なんということだ。
おれは最初から負けが確定していたようなものだった。
萌の勝利宣言におれは目の前が真っ暗になる。
完全敗北。ゲームオーバー。ジエンド。
そんな言葉が脳裏をよぎって、頭の中でぐるぐる回っている。
「あはは、ここまで追いつめても抵抗しないってことは、やっぱり葵さんもあたしと一緒になりたいってことですよね」
……ああ、その通りだよ! というか健全な男子だったら当然じゃないか!?
おれだって男なんだ。
ここまで据え膳されて、手を出したくないわけがない……!
いままでは父さんの結婚という理由があったから耐えていた。
だけど、抵抗禁止のルールで萌が直接行動に出られるともはや勝ち目が無い。
もはや勝ち目が無くなったとき、この誘惑におれが逆らう理由はあるだろうか?
ああ、もう終わりだと思った。
諦めの気持ちで目を閉じて身体の力を抜くと、いままで意識しないようにフィルターしていた萌の匂いとか感触とか吐息がダイレクトに、原液のまま洪水みたいな勢いで浴びせられる。
それは他のどんなものよりも甘くて、危険なものだった。
おれと萌の間にはもはや数ミリの空気の壁しかない距離しか隔てられていなくて、それを破ってしまえば、それは――
「観念したみたいですね、葵さん」
「……」
「ほんとは葵さんからキスしてほしかったですけど。でも葵さんは意外と手ごわい相手でした。特別にあたし自ら手を下してあげます」
きっと天国みたいな感触なんだろうな。
キスと、それ以上もしてしまうんだろう。
お互い、もうとっくにキスだけで抑えられるような段階ではなくなっていた。
萌はまっすぐにおれの両目を見据えて、嬉しそうに言う。
「いまからキスします。それで葵さんの負けです。なので、今日からあたしと付き合ってもらいます。覚悟してくださいね? ……10秒カウントするので、嫌だったら逃げる最後のチャンスです」
萌はそう言うと、可愛らしいソプラノボイスで10、9、8、……とカウントし始める。
こんな超絶的に可愛い子とお付き合いできるなんて、間違いなく一生に一度のチャンスだ。
たとえ一夜の夢だったとしても、その快楽にただ溺れたいということしか考えられなくなっていた。
おれは覚悟を決め、目を閉じてその瞬間を待っていた。
心残りはたったひとつだった。
父さんごめん。
それだけを思っていた。
そのときだった。
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr..............
という、けたたましい電子音がカラオケの室内に響きわたる。
壁に設置されている電話機の着信音だった。
「…………」
「…………」
あまりに大音量で鳴るので閉じていた眼を開くと、ぽかんとした表情の萌と目が合う。
なんとも言えない沈黙の中で目を見合わせること、しっかりと5秒。
やがて、おもむろに萌が起き上がる。
横たわるおれの上にのっていた萌が、自然と壁際の受話器をとって応答することに。
「はい」
「お客様、恐れ入りますがここはカラオケ店ですので、そのような行為はご遠慮いただいております」
受話口から、とげのある口調の女性の声が漏れ聞こえてくる。
このお店の店員さんだろうけど、冷たくて責めるような声から怒りの感情が伝わってくる。
「えと、すみません」
「防犯用のカメラからお部屋の様子を拝見してますけど、お客様生徒さんですよね? 本来いまみたいな遅い時間帯は入店もお断りしなければいけないんですが、いつもご利用していただいてるということで黙認させていただきました。しかし、いまのような一線を超えた行為をされるのであれば、やはりご利用はお断りさせていただいて、今後は当店出入り禁止とさせて――」
「え、出入り禁止ですか!? そんな、いつも友達と来てるので本当に困ります! もう絶対しないので、どうか許してくれませんか、おねがいします!」
「……わかりました。ですが今回だけです。この次このようなことがあったら、即出禁とさせていただきますのでそのつもりでご利用ください」
「わかりました、すみませんでした!」
そう言うと、内線は切れたようだった。
出禁というワードを聞いた途端声をあげて謝りだした萌は、最後には電話ごしなのに勢いよく頭も下げていた。
……いや、カメラで室内が見えるなら意味はあるのか?
それはともかく。
受話器を元の位置に戻すと、おれのほうに向き直る。
入口近くの壁際で立ち尽くす萌と、ソファーの上のおれ。
自然と目が合って、ふたりとも言葉を失っていた。
さっきの危うい空気はすっかり抜けていて、どちらかというと気まずさに似た沈黙がおれたちを支配して。
やがて、
「……ぷっ」
「……っくくくくく」
「あはははははは!」
あまりのおかしさに、おれたちは耐えきれずに大笑いしてしまったのだった。
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