#0007 顔合わせの後に (3)
「抵抗してしまったのはごめん。謝るけど、でもさすがにこれ以上はシャレにならない」
「だめですよ、それを耐えるのがこのゲームですから」
半ばダメ元で懇願してみたけど、萌の返答はにべもない。
しかし、これ以上は本当にいけない道に入ってしまうのを止められないのでおれも必死に縋る。
「いや、ダメだって。こういうことはこんな勢いだけじゃなくて、もっとよく相手を考えてからにしないと絶対後悔するよ」
「葵さんだからやってるとさっきから言ってるじゃないですか」
「いや、だからって」
「……葵さんは触りたくないんですか」
そんなズルい質問しないでくれ。
そんなの、触りたいに決まってるじゃないか……!
いまも、薄い布地を突き上げるふたつの巨大な膨らみに目線が固定されそうになるのをなんとか振り払っているくらいだから。
「とりあえず、おれの心の準備がまだだから。何なら、なんでもひとつ質問に正直に答えるからここは一旦手を引いてくれないかな」
と、おれはとっさに思いついた提案を言ってみた。
すると案外これが響いたみたいで、萌は攻める手を緩めて考える素振りをしはじめる。
どんな際どい質問が飛んでくるかという心配はあるけど、当面の危機は脱したみたいでおれはほっと息をはく。
「分かりました。本当は却下したいんですけど、あたしもさっき訊きそびれちゃったことがあるので今回はその提案を受け入れます」
「よかった。助かるよ」
「ふふ、あからさまにホッとしてますね。それで質問ですけど、ずばりあたしたち3人の中で誰がいちばん葵さんのタイプなんですか?」
やはり予想通りというか、またとんでもない質問をしてくる。
「あのさ、どう答えても問題発言になる質問するのやめてくれないかな」
「何でも答えるって言ったじゃないですか」
「確かに言ったけどさ。それ訊いてどうしたいの?」
そもそも、おれが家族として同居しても耐えられるかという話ではなかったのか?
それとどういう関係があるんだろうか?
「一番はあたしの率直な好奇心です。それから、あたしらのママと葵さんのパパさんの結婚を許していいかを決めるのに、結構重要な決め手になるんですよね」
「おれが好きな女の子のタイプが?」
「はい。詳しくは今はまだ言えません。たぶん、家族になってもいいって決まった後で教えることになると思います」
いまは言えないってことだろうか。
「あと、あんなに葵さんが抵抗するってことはひょっとしてあたし以外の綾姉か栞姉のどっちかがタイプで狙ってるんじゃないかっていう対抗心もありますね」
「もしその場合は応援してくれる?」
そしてこの敗色濃厚なゲームから解放してくれるのだろうか。
「しませんよ。それはそれ、これはこれです」
「ダメか」
「ようやく見つけたこんなに素敵な人をそんな簡単に諦めるわけないじゃないですか。それに、葵さんが負けたら付き合ってくれるって条件もありますし、千載一遇のチャンスはみすみす逃しませんよ♪」
……おれを負かして、恋人同士になりたい。
その気持ちがストレートに伝えられて、緊張しないわけがない。
さっきからの萌の表情は顔がほんのり紅潮していて、好きな男の子を前にした気恥ずかしさみたいなのが見え隠れしていて、その年相応の女の子らしさに思わずどぎまぎしてしまう。
「おれのことそんなにいい男だと思うなら、耐えないといけないのはおれだけじゃないんじゃないかな? そっちだっておれのこと襲いたくなったりしたらどうするの?」
「それはさすがに自意識過剰すぎません? というか、さっきからあたしが質問されてるんですけど。引き伸ばしはちょっとかっこ悪いですよ」
さっきからの胸の高鳴りを悟られないよう強引だけど話題を逸らしたというのが意図だったが、さすがにバレてしまう。
「ごめん、萌の質問にはちゃんと答えるから。でも、萌だっておれのこと付き合っても良いくらいには思ってくれてるわけだし、ほかの子らだっておれのことそういう目で見る可能性だってゼロじゃない」
むしろ、思春期の男女がおなじ家で住むという状況になったら自然に起こりうることではないか?
綾さんや栞や萌はずば抜けて整った容姿のせいで、男が狂ってしまうことが起こることを心配するのはわかる。
だけどそうではなく、お互いに時間をかけて信頼関係を築いた上で、恋愛に発展する場合はどうなんだろう?
清く正しいお付き合いをするのなら、それはそれで健全な男女のあり方だとも思う。
「……そうですね。そういう疑問は尤もですし、あたしたちが暮らしてく時に重要なところですね」
おれの指摘に萌も真面目な声色になる。
……しかし萌はおれのひざの上にのったままだ。振る舞いはぜんぜん真面目じゃない。
「結論を言うと、もし葵さんと家族として暮らしていくことになれば、そういう健全なお付き合いの場合を含めてあたしらと葵さんは恋愛禁止になります」
「決定事項?」
「はい」
「理由は……家族内の人間関係かな」
「そうですね。もしあたしらの誰かと葵さんが付き合っちゃった場合、確実にあたしら姉妹の人間関係がぶっ壊れますね」
断定的に言い切る萌。
「あたしが告白断ったせいで、クラスの人間関係がめちゃくちゃになるとか、よくありますから」
「……苦労してるんだね」
「いえ、もうあたしらの運命だと割り切ってますから」
あたしら、という言い方から他の姉妹でも同じような経験があるのだろう。
こんな体験に慣れてしまうとか、おそろしいと思ってしまう。
「ということで、家族になるなら恋愛は持ち込めません。これは綾姉も栞姉もおなじように考えてると思います」
「なるほどね、よくわかったよ」
「あたしと付き合いたいなら今がラストチャンスなわけですよ」
そういうと萌はくるりと向きを180度反転させて、おれのひざの上で正面から見つめ上げてくる。
表情はさっきまでのいたずらっぽくて小悪魔な萌に戻っていた。
ひざの上から見上げられるというだけで、とてつもない破壊力だった。
「そろそろあたしの質問に答えてもらってもいい頃合いですよね。あたしら3人の中でだれが一番タイプだったですか? しょーじきに、答えてください」
「う、まあそうだよね、訊くよね」
「はい。あたしだって色々答えたんですから」
色々答えさせておいてこんなことを言わないといけないのはとても心苦しいが。
しかし思いつく回答はこれしかない。
「こんな答えになってしまって申し訳ないんだけど、おれもよく分かってないってのが正直なところだ」
「えー、ここまで引っ張っておいてそれはどうなんですか」
「そうは言っても。やっぱりあれほど可愛い女の子が目の前に3人もいる状況があまりにも現実離れしてて、逆にそういう気持ちにはぜんぜんならなかったよ」
おれの素直な気持ちを伝えると、萌はすこし表情をゆがめる。
「……いきなり3人に会わせたのが失敗だったってことですか」
「栞の件もあったからってのもあるかな」
「ひとりで会ってたら葵さんのこと落とせてたってことですよね」
「……おれはゲームの攻略対象か」
確かに、姉妹のうち誰か一人と別のところで出会っていたなら間違いなく一目ぼれしていただろうし、お近づきになりたいって欲も出ていたかもしれない。
「おれは……やっぱり人となりもセットでその人のことを好きになりたいよ。もちろん見た目の良さはすごく強い魅力だと思うけど、それだけでただちに付き合いたいとか告白したいとは思わないかな」
恋人になるってことは長い時間を一緒に過ごすということだ。
だから見た目だけじゃなくて、その人の性格とか価値観とか、そういう内面で波長が合うかも同じくらい大事だと思う。
なにより一緒にいてお互いが嬉しくなる関係が一番だ。
だから、付き合う前にその子と接してみて良い人間関係が築けないと、その先に進むのには抵抗がある。
「――ということで、どんな子がタイプかって質問に答えるのはすごい難しいよ。そもそも3人とはさっき会ったばかりだし、決められない」
「……何というか、やっぱり優等生的な答えですね」
「それは悪い意味?」
「あたしとしては率直に葵さんの異性の好みを聞きたかっただけなんですけど。でも、葵さんの恋愛に対する誠実な態度を聞けてむしろ安心しました。やっぱり思った通り、良い人だと思います」
自分でも答えになっていないよなあ、と思っていたけど、萌は満足げな笑顔だった。しかし、
「でもそれはそれとして、好みの見た目くらいはあるんですよね? ちゃんと、あたしが知りたい葵さんの好みを教えてください。」
そんな優等生的な答えだけでは許しませんよ?
期待するように目線で射貫かれて、おれは逃げられないことを悟った。
「……あくまでおれの単純な好みなら、同年代か年下が良いかなと思うよ」
おれは観念して、萌が欲しいであろう答えを差し出すことにした。
「あ、ちゃんと教えてくれるんですね。ありがとうございます」
おれの回答を聞いた萌は、明らかに嬉しそうに見える。
「あと何が聞きたい?」
「そうですねー。髪型とか、あとスタイルの好みですかね。身長とかおっぱいのサイズとか」
「……なんてこと聞きやがるんだ」
思わず苦い表情になる。
自分の性癖晒してるみたいでさすがにこっぱずかしい。
しかし答えないわけにもいかないので、もうヤケになるしかない。
「髪型はショートよりは長めの方かな」
「身長とおっぱいは?」
「……小柄な女の子が可愛いと思うし、大きい胸がえっちだと思うよ。これで満足か」
「あはは、目を逸らさないでくださいよ。正直に答えてくれてありがとうございます♪」
年下の女の子にこんなことを言うなんて死ぬほど気恥ずかしい。
おれはよほど赤面しているのか、萌はクスクスと面白そうに笑っている。
「ということは、あたしらってかなり葵さんの好みなんですよね?」
またからかいのネタを見つけたとばかりに、意気揚々と指摘してくる萌。
……だから知られたくなかった。
容姿の特長だけならおれの理想に近い……というか、3人とも究極に可愛いと感じている。
現にさっきの初対面でも、気を抜いたら我を忘れて見惚れてしまう衝動に何度も駆られていたし。
なんとか耐えて、この危機的な今に至るわけだけど。
「……確かにパーツだけみたらおれの好みだし、客観的にみてもすごい美人だってのはここにきて最初に言った通りだけど。でも、あまりに容姿が整いすぎてて現実感がない、というかおれが恐縮しちゃうよ」
「というと?」
「おれなんかとはやっぱり釣り合わないよなあってことだよ。そんな、芸能人みたいな見た目の女の子と隣りに並び立つ自信は、おれにはないってことで……」
「……――」
あまりの気恥ずかしさに半ば出まかせを口走ってしまうと、ぴし、と萌の笑顔がかおに張り付いたみたいに表情に変化がなくなってしまう。
……目が笑っていなかった。
底冷えするような沈黙がおれと萌の間を交錯した。
「あの、どうかしたか……?」
「葵さんは今あたしのことを怒らせました」
おそるおそる尋ねると萌は笑顔を貼り付けたまま答える。
やはり虎の尾を踏んでしまったのか。
「えっと、おれは何か気に障ることを言ってしまっただろうか。気づかなくてごめん」
「……葵さんは、テレビとか雑誌って見ます?」
「あまり見ないかな、両方とも」
おれは家ではほとんどテレビを見ない。
音楽を聞いたり、本を読んだり、ネットで調べたりして過ごすことの方が多い。
それに書店なんて家の近くにないから、雑誌は基本取り寄せになってしまう。
おれにとっては、そこまでして読もうという気持ちになるものが無かった。
それで、どうしてそんなことを訊いてくるのだろうと思っていると、萌はテーブルの上から自分のスマホをとって乱暴に押し付けてくる。
「じゃあ、それであたしの名前検索してみてください」
「名前って、粕谷萌?」
「はい。あたしの本名です」
ブラウザを開いて、萌の名前を入力して検索をかける。
すると、いま目の前に陣取っている女の子とまったく同じ子が映った華々しい写真の数々が検索結果に表示される。
それが意味することとは。
「モデル、なのか……?」
「その通りです」
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