#0009 反省会 (1)【栞視点】
「この場を借りて宣言させてもらうよ。ボクは葵の恋人にしてもらう」
例の"顔合わせ会"の翌日。
ボクたち4姉妹は、麗の寝室に集まっていた。
目的はもちろん、"顔合わせ会"の反省と今後どうするかの話し合いだ。
みんなが集まってすぐ、ボクは開口一番に宣言した。
……こんなに堂々と自分の恋心を口に出すのはなかなか恥ずかしいけれど。
でも、これからボクたち姉妹は葵ともっとかかわりをもっていくことになるから、先手を打って表明しておくことは大事だと思った。
ボクの突然の宣言に、残りの3人はぽかんとボクを見上げているだけだ。
ちなみに、麗はベッドの上で綾に優しく抱きかかえられた形で座っていて、萌はデスクの椅子に腰をおろしている。
ボクは部屋に来たばかりで、ドアの近くで立ったままだ。
全員ともラフな部屋着姿だった。
困惑した表情のまま、綾がおずおずと返答する。
「……えっと、今から葵くんとそのお父さんと今後家族になっても良いかを話し合おうってことだったけど」
「まあそうなんだけどさ。家族になるにしろならないにしろ、ボクは葵ともっと仲良くなるつもりだよ。そしてゆくゆくは…………」
葵に告白して、恋人になれたとしたら。
したいことがたくさんあって困っちゃうくらいだ。
もちろん、恋人なんだから恋人らしいこともいろいろと……
思い浮かべるだけで胸のドキドキが抑えられなくて、顔が火照ってきてしまう。
もっと葵のことを知りたい。
葵にもっとボクのことを知ってもらいたい。
昨日の顔合わせの時からそんなことばかり考えていた。
「あのさ、一人で妄想に耽ってるところ申し訳ないんだけどさ」
ボクが自分の世界に入りかけた時、萌が挙手しながら発言する。
妄想、なんて言われてすこしムッとしてしまうけどロマンチックな想像をしていたのは否定できない。
萌の視線はなんかジト目っぽい。
「あの後葵さんとカラオケ行ってちょっとお話したんだけどさ、家族になったら恋愛禁止だよって約束させちゃったんだよね」
萌が言い放ったことにボクは激高する。
「な、葵になんてことを約束させたんだ!」
「声が大きいよ……」
部屋の一番奥のベッドで肩をすくめて指摘する麗。
でも、そんなことに構ってられない。
恋愛禁止だって?
そんなこと決められたら、ボクの初恋にとって死活問題だった。
「萌だけひとりでどこかに行ってたのは、葵くんとお話するためだったのね……」
「聞いてないよそんな話! なんでそんなことに」
「なんでって、当たり前でしょ。麗が男性恐怖症なのは忘れたの?」
萌は冷たい声色で言い返してくる。
「もちろん忘れてなんてない。葵には麗と接するときに配慮してもらうのは前提だよ」
「"接するとき"じゃなくてそもそも葵さんと麗は会わせちゃいけないんだから。麗は瀬一郎おじさんにすらまともに会えないのに、あたしらが葵さんと付き合ってられると思ってるわけ?」
瀬一郎おじさんというのは母さんのお兄さんにあたる人で、ボクらが住んでいる家の持ち主でもある。
麗は男の人と会うと身体的な拒絶反応がでるほどで、瀬一郎おじさんともしばらく顔を合わせられない状態になっている。
最近は徐々に体調も戻ってきているけど、やっぱりもっと養生が必要みたいだった。
……けど。
「……じゃあ、ぼくのこの気持ちはどうすればいいんだ。葵と麗が顔を合わせないようにうまくやる方法だってきっとあるはずだよ」
「そもそもさ、葵さんとは家族になるんでしょ? 家族の中で恋愛とか常識的に考えてどうなの?」
「ボクはそのはるか前から葵のことが好きだったんだ。それに血がつながった兄妹じゃないから問題はまったくないはずだよ」
「んー、たしかに栞姉のことは覚えてたみたいだけど、ぜんぜん異性として意識されてなかったじゃん」
「それは……たしかにそうかもしれない。でもそれはこれからどうにでもなる」
「じゃあ、葵さんと栞姉が付き合ったとしてさ、麗への悪影響なくせるの? 音とか声とか、聞こえちゃうよ?」
「音、声……? って――!」
最初、萌が一体何を言っているのか分からなかったけど。
その意味に思い当たってしまうと、ボクは身体や顔が火照ってしまうのを自覚する。
な、なんてことを想像させてくれるんだ!
「あはは、栞姉ってば純情すぎ」
「うるさいなあ!」
「――ねえ、なんだかまた脱線してるみたいだけど」
こういう時いつも軌道修正してくれるのは綾だ。
綾はベッドの上で麗を抱きかかえたまま、やさしく問いかける。
「麗はどう思う? 栞が葵さんと付き合うことについて」
「……それだと脱線したままなんだけど。そもそも、まだその葵って人が誰なのかも聞いてない」
麗が後ろから抱きかかえる綾をあきれた眼差しで見上げる。
綾は外では完璧な優等生で通ってるけど、身内に対してはたまに抜けたところもあるのだ。
「ごめんごめん、そうだった。まず昨日の"顔合わせ会"のことから話していくけど……」
「母さんの再婚相手の子供が、なんと葵だったんだよ! あのコンクールでボクを慰めて、立ち直らせてくれた葵!」
ボクは昨夜、葵と奇跡的に再会したことを麗に説明した。
電車の遅延で待ち合わせに遅れてきた男の子は、ボクが思い描いていた通りの……、いやそれ以上にカッコよく成長した葵だったこと。
葵は昔ピアノのコンクールでボクと出会ったことをちゃんと覚えていてくれたこと。
あまりの感激に、ちょっと席を外して号泣してしまったことは、恥ずかしくて言わなかったけど。
でも、昨日からずっと興奮が冷めやらないままに、葵のことを麗に説明した。
麗はそのことを聞いたとき少し目を見開いて、さすがに驚いた表情だった。
普段からあまり感情を顔に出さないタイプだから、ここまで表情を変化させるのは珍しいことだ。
それはそうだろう。
麗にもこれまで何度も、ボクが葵に救われた話をしてきたんだから。
その相手がまさか、母さんが結婚する人の子供だったなんて。
「……話はだいたいわかった。どうして栞姉さんがこんなに大騒ぎしてるのかも」
「そうだろう? こんな夢みたいなことが現実に起こるなんて信じられないんだ! 葵とまた会えて、しかも家族になれるなんて嬉しすぎるよ……!」
「ちょっと、まだ家族になれると決まったわけじゃないんだけど……」
綾が苦笑いしながら指摘するけど、ボクにとっては意識の外だった。
そして、昨日その場にいたボクたち3人に麗が次に尋ねたのは、
「で、その葵さんの写真は?」
「「「…………えっ」」」
麗以外のボクたち3人はうっかりした表情で互いに顔を見合わせて、お互いに首を振りあう。
アイコンタクトだけで『萌は撮った?』『いや撮ってないよ』みたいな意思疎通がボクと綾と萌との間で交わされた。
麗にみせるための写真を撮るとか、まったく発想がなかった。
3人とも。
「「「…………」」」
……やがて気まずい沈黙に変わる。
はぁ、と麗は深いため息をついた。
「あのさ、相手の見た目って一番重要な情報じゃん。どうして3人もいて誰も写真のひとつも撮ってないわけ?」
「「「……すみません」」」
返す言葉もない。
ボクたち3人の姉は首を垂れるしかない。
「その葵さんって人、栞姉さんの言うように良い人かもしれないけどさ、私が生理的に受け入れられない見た目だったら問題外なんだけど」
「そんなことはなかったよ。葵は昔のままカッコよくなってた」
「恋は盲目。恋する乙女状態の栞姉さんの言葉は信頼できない。それに、私は昔の葵さんも見たことがない」
ボクがフォローしようにも一刀両断されてしまう。
前半はともかく後半の指摘はまったくもってその通りなので、ぐぬぬ……と声が漏れる。
すると、麗を抱きかかえた綾が控えめに発言する。
「うーん……身長は結構高め、かな。私はかっこいいと思ったかな」
「……綾姉が男子のことかっこいいなんて言うの、珍しくない?」
萌が指摘する通り、確かにその通りだ。
綾姉が男の子の見た目を、はっきりと"かっこいい"と言うなんて初めてだ。
麗も眉をあげて驚いた表情をしてうしろを振りかえっている。
「そんなに?」
「うん。見た目も話し方も飾らなくて、とても聞き上手だったよ。背は高めだけど、話す目線は同じっていうか……、優しく対等に話してくれた感じ。ほんわかしたイメージかな」
綾は葵に感じたイメージをひとつひとつ言葉を選びながら言語化していく。
そのどれもが好印象だった。
「……もしかして、綾姉も葵さんのこと狙ってたりする?」
「まだ会って1日も経ってないのに、そんな気持ちになったらおかしいんじゃないかな」
「まあ、綾姉はそうだよねー」
……なんだか萌が意味ありげな含み笑いをしている。
何か怪しい。何をごまかしているんだ?
「でも、今までに会ったことのないタイプの男の子だと思ったよ」
綾がしみじみと言う。それはボクも本当にその通りだと思う。
少なくともボクたちの周りには葵みたいな男の子はいない。
「ふーん……綾姉さんが、そんなふうに言うなんて」
「ていうか普通にイケメンだったよ」
萌があまりにも有り体な言い方で葵の見た目を評する。
いや、ボクも葵のことはカッコいいと思うけど……
「そうなの?」
「そうそう。あたしは、さっき綾姉が言ったほんわかしてるってのがすごいしっくり来ると思った。体つきも華奢だったし。身長も、見た目の印象的には高いなーとは思わなかったかな」
「……なるほど」
「あーでも、華奢にみえて意外と筋肉はあったよ。抱きしめる力とか案外強かったし、ああ見えて意外と鍛えてるのかも」
「……なるほど」
「いや、ちょっと待ってよ!」
今とんでもないこと言わなかったか?
抱きしめるとか何とか?
まさか、葵が萌を?
同じく疑問に思った綾も萌に尋ねる。
「抱きしめる力って?」
「いやあたし、葵さんに抱きしめて貰ったから。カラオケ屋さんで」
「どういうことなのか詳しく説明を要求するね!」
仕方ないなあ、という口ぶりで昨夜ひとりでとった行動について説明する萌。
その内容は、葵の忍耐力を試すためにカラオケ店の個室で萌が性的な誘惑をするという、ボクにとって到底受け入れがたいものだった。
なんてことをしてくれたんだ――!
怒りを通り越して、ボクは言葉が出てこなかった。
「ということで、葵さんの誠実さはあたしが保障するよ。あれは鉄壁の理性。普通に暮らしてて葵さんが襲ってくることはまずないよ」
自分の仕事に誇らしげな萌に対して、麗はあきれた表情だった。
「……なんていうか、すごい思い切った行動だよね。萌姉さんらしいよ」
「でしょ」
「いや、褒めてないんだけど……もし葵さんに襲われたらどうしてたの?」
麗は嘆息して尋ねる。
「どうするも何も、普通に葵さんと付き合ってたよ? あたしだって葵さんに結構好印象もってたし、いっかなーって。昨日は安全日だったしね」
「あ、安全日って……」
さっきから萌が言っていることが理解できない。
まさか萌は、そのまま葵ととんでもないことをするつもりだったのか――!?
ボクが口から言葉にならない声を発していると、萌が身を乗り出してきて、
「栞姉さ、もしかして葵さんのこと自分だけのものだと思ってない? さっきも何か宣言してたし。でもさ、先に言った人じゃなくて先にゲットした人が葵さんの彼女になれるの、当たり前だよね?」
「――――――!!」
ボクは屈辱的だった。
なんで自分の妹にこんな言い負かされなきゃいけないんだ……!!
ボクの顔は真っ赤になっていた。
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