第21話 モノガタリヲキミニ

「別に、そこまで大したことじゃない」

 彼は澄ました表情でそう言った。

 しかし、明らかに今まで聞いた話は「大した」ことだったし、それを今すぐに信じろと言われても難しい話だった。

 何なら、この目の前で理路整然と話している男の正気を疑いたくもなった。


 その方がよっぽど現実的だ。


「疑ってる?まあ、いきなりこんなことを聞かされてもそうなるのは判るよ」

 彼、ヤマサカは目敏く僕の感情を見つけて持ってくる。小さくして隠しているはずなのに「ちょっと拾ってきた」とでも言いたげに。

「いえ、まあ、確かに、実際に非現実的なものは目にしているので、全てを否定する訳ではないんですけど」

 我ながら歯切れが悪い。

 気づけば僕は、自分の腕を腹の前で掻き合わせていた。

 それを意識的に外し、ヤマサカを見据える。

 彼はそれを平然と受け止めた。また、そんな僕の内面すら見透かすように微笑みさえ浮かべている。

「僕が来ることを予想していた、そう仰いましたよね?」

「言ったね」

「どうやってですか?」

「どうやって、か。簡単に言えば『勘』。だけど君はそれで納得はしないだろうね」

 彼は質問に答えてから苦笑する。

 僕の内面を暴くおまけ付き。

「勘を否定はしませんが、僕が思うに『勘』っていうのは、表面化していない思考の結果なんじゃないかと」

 僕は彼の言葉を暗に肯定した。正直な話、正確な答えを期待していたわけではなかった。

 本人が『勘』というのだから、それはそうなのだ。その裏にいくつの思考過程があろうと、表面化できないのであれば無いのと同然だ。

「そう。でも、私にはそれを『勘』としか言い表せない。この世界の言葉にそれを言い表す言葉がないからね。強いていうなら『第六感』ってところだけど、そっちの方がよっぽど胡散臭い。だろ?」

「そうですね」

 僕も苦笑するヤマサカに釣られて苦笑する。

「でも事実だ」

 ヤマサカは笑みを引っ込めて、そう言い切った。

 僕は、そんな彼は普段からどんな世界を見ているのかが気になった。

 それはきっと、僕の見ているこことは別のものだ。


 もっと広くて、深い。


 彼の言葉を借りるなら、それが僕の「勘」である。

 この目の前のヤマサカという男は、僕とは明らかに違うものを見ている。その視点こそが彼の「第六感」だとするならば、なるほど、それは説明できないだろう。

 共通認識がないものはどうやっても共有できない。

 でも彼は少なくとも、それを笠に着るようなことはしていない。

 それを恥じて隠すわけでもない。

 ただ当然のこととして受け入れている。まるで………


「僕もあなたのようになれますか?つまり、その………」

 ヤマサカが、間髪を入れずに僕の問いに答えた。

「君では、私のようにはなれないさ」

 短いがそれは、僕を納得させるに十分な言葉だった。

 僕ではヤマサカのようにはなれない。

 それはその彼が用いた言葉である分、言葉の重みが全く異なっていた。

「そう、ですよね」

 その時の僕の視界には、祈るように組まれた両手が見えた。

「そうとも、そんなことを私は望んじゃいない」

 彼は追い討ちを掛けるようにそう言った。


「私はね、『君に』綴って欲しいんだよ『物語を君に』ね」

いつの間に近づいていたのか、その言葉は僕の耳元で聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る