第20話 エーデルワイス

 次に視界が開けた場所は、最初の道だった。


 この世界を初めて知った場所。

 初めは、現世に戻って来れたのかと思ったが、それが間違っていることはすぐに分かった。

 視界の隅に映るのは白亜の巨壁。

 白塗りの巨体。


 背中までそり返らなければその全貌を見通すことすらままならない。

 そんな巨体であるのに関わらず「それ」は僕のことを見ていた。

 頭上の無数の目が、その黒が、僕に向けられているのだ。

 迷宮の主人は、僕に対して敵意を持っている訳ではない。ただ、僕という存在に対して幾分かの意識を割いた。それだけのこと。

 たまたま見つけた道端の雑草に興味を抱くようなものだ。

 それが僕という人間をこちらの世界に引き込んだ理由である。それに厳密な理由があった訳ではない。

 文字通り僕は巻き込まれた。

 「それ」の目に止まったばかりに。

 「それ」はまさしく「災害」である。人を選ばず、規律を持たず、前触れをすることなく、気がついた時に訪れている。

 この存在が実際のところ、どこで誰の迷惑になっているのかとか、利益になっているとか、それは分からない。僕の他にこの存在に巻き込まれた存在がどれだけいるのかを知る由がないからだ。

 「イブツ」とこれらを説明したヤマサカの言葉から察するに、この舞台は僕のためだけに用意された特別なものではない。

 限りなくそれに近いが別のもの。きっと、この世界は僕以外にも牙を剥くのだろう。

 あくまでも僕の「記憶」という基盤を元にした存在なだけで、「僕」である必要性は無いに等しい。

 それでも「僕の記憶」から生まれたものであることには違いない。

 だからという訳ではないが、僕には少しだけ、この世界をどうにかしなけらばならないという義務感のようなものがあった。


 いや、義務感だと自分の意思じゃ無いみたいだ。違うな、もっと別の感情だ。 

 これは、もっと俗な感情。

 僕の願い。

 しかし語部のいないこの場では、それは叶うまい。

 だが、誰がみている訳ではなくともせめて、自分がそうなれているのだと思えるような生き方をしたいと思うことは馬鹿馬鹿しいだろうか。


 僕はそれの正面に立ち「それ」を見据える。

 それが「僕の記憶」の一部なのだとすれば、「それ」は僕の深層に根付くものだ。

 だとすれば、その対策も僕の中にあるはずである。


 そうだ。

 僕はそう思って、ここまで進んできたのだ。


 今になって、それが僕の中で形になった。

 今まで、僕は何故ここに来たのか、その理由が自分にさえも説明ができなかった。

 感覚としてそう思っていても、それを実際に言語化していなかったのである。


「……………!、……………」


 僕の頭の中の霧が晴れて行く、同時に「それ」が呼応するかのように動き出した。


 「それ」は僕に欠けたもの。

 僕が欲しいと願うもの。


 なぜ僕は初めてみた時、「それ」を鬼としたのだろう?

 その姿は人型でこそあれ、ツノもなく、金棒はおろか道具の一つも身につけていない。

 客観的に見れば、それは鬼ではありえない。

 せいぜいが巨人。

 強いて「鬼」と名付けるには、あまりに淡白。

 だが、あれは鬼。


 僕にとっての「悪役」。

 で、あるならば「セカイ」は?

 僕は、何か?


 答えは初めから自分の中に。

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