第18話 ユウイン

何かに引き上げられる感覚とともに、視界が急に開けた。

 身体が押し潰されそうなほどの重圧が消え去り、いつの間にか、僕は地面に横たわっていることに気が付く。

 さっきまで陽光で照らされ続けていたかのように熱を帯びている。

 身を焼かれているような不快感から逃れるために、僕は飛び起きた。

 

 さっきまでいた場所とはまた別の場所が、目の前に広がっていた。

 そこは、真白な壁で囲まれた部屋。病院のようにも見えるが、それにしては無機質で、窓がなく、のっぺりとしている。

 白い箱に閉じ込められているよう。

 ただ、何もないわけではなく、さっきまで僕が横たわっていたのは、それこそ病院のベッドのように見えるし、その対面には扉と思しきものも見える。

 さっきまで感じていたはずの身を焼くような不快感が消えているのに首を傾げつつ、僕はベッドから飛び降りた。

 そこにも熱を感じることはなく、尚更わけが分からなくなった。

 とにかく今は、見える扉に手を掛ける。

 扉は頑として動かない。

 文字通り押したり引いたりしてみたが、びくともしないことがわかっただけだ。

 鍵がかかっているようでもないし、見た目には電子錠がかかっているとも思えない。

 どうすることもできず、僕はベッドに戻り、腰をおろす。

 ポケットの中に、スマホがあることを思い出し、画面を見てみるが、当然のように電波は届いていない。

 諦めてスマホをポケットに戻そうとしたところに、唐突な着信が鳴り響いた。

「うわ」

 仰天して思わずスマホを取り落とし、わたわたしながら急いで拾い上げる。

 画面に映し出された文字は一文字。

『私』

 登録した覚えのない存在からの着信。

 電波がないはずの場所に電話がかかってくるだけでもホラーだが、登録した覚えもないものが表示されるもんだから不気味さも割増だ。

 しかし現状、この場所でできることが思いつかない僕は、それに出ることを決めた。

 現状を打破してくれる何かが欲しかった。

「……もしもし」

『あ、繋がった。ハロハロ?』

 緊張感も聞き覚えも、何もない少女の声。

 あるのは薄っぺらい話し声だけだ。

「えっと、あの、どちら様ですか?」

 僕はとりあえず、訊ねてみた。

 別に答えてもらえなくとも、コミュニケーションが取れるのかどうかは確かめたかった。

『私?

 うーん、助っ人?

 とでも名乗っとく?

 いまは、その方が面白い?

 あーはい、というわけで、助っ人でーす』

 ノリがとことん軽いが、とりあえずコミュニケーションは取れるようで、電話(電話と呼べるのかはさておき)の向こう側の存在は「助っ人」らしい。そして向こう側には他にも人がいるようで、時々遠くなる声は、自分以外に向けられた言葉であることは確かだ。

 彼女の言葉を真に受けるのであれば、彼女は僕を助けてくれるようだ。

 真に受けるならば。

 僕はその時、よくあるホラー演出を想起していた。

 助けてもらえると油断して、裏どりもせずにその指示を信じきって、結果としてよりひどい状況に陥るのだ。

 僕は道化として踊らされるのだけはゴメンである。

 だから、注意深く彼女の話に耳を傾ける。

「助っ人ということは助けてくれるんですか?」

『そりゃ、もちろん』

「どのように?僕は何をするんです?」

『がんばって。あ、違う?

 え?

 あぁ、部屋を出るんだって』

 警戒するのがバカバカしくなるほど清々しいほどの適当な回答。

 しかしそれに連なるように紡がれた言葉は決して無視できないものだった。

「そこはね。君が媒介となった世界。

 だから、君の中には必然的にその世界を攻略する道筋が残されてる」

 さっきまでの適当な調子とは打って変わった低く落ち着いたトーンの声。

 一瞬、別人にでも変わったのかと考えるほどの切り替わりだ。

「それは……」

    『ぷっ』

 もはやお決まり。

 「肝心なことを訊く前に一方的に切られる電話」というのを実際に体験するとは思わなかった。

 それが意図的にせよ、偶発的なものにせよ、気分が良いものではない。

「どうしろっていうんだよ……」

 途方に暮れた僕は、スマホを耳に当てたまま、部屋の中をぐるりと見回すのであった。

 そこに何かが隠されていないかを探るために。

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