第17話 Effect

 アアヤが駆り出される羽目になったのは、カエデが疲れて帰ってきた次の日の事であった。

 被害者が出るスパンが短くなり始めたのか、たまたま連続したのか、今はなんとも言えない。ただ、ヤマサカの言を信じるならば前者である可能性が高い。特に、カエデのことがあったのだから尚更。

「注意しないと」

 彼女は現場へと向かう道中、自分に言い聞かせるように呟いた。

 もともと手を抜くような人間ではないのだが、それをするのは彼女の仕事前の日課。集中力を高める一助になっていた。

 そして本部からの支給品である「認識転換機(コペルニクス)」を耳にかけ、起動する。

 一見するとカールコード型のイヤホンのようにも見えるこの機械は、現世と幻世の橋渡し役。

 いつものように彼女の視界は一瞬暗転し、それを意識した頃にはすでに景色は別のものへと変わっていた。


 その世界の印象を一言で言うならば、暗い。

 地面をそのまま空に溶かし込んだかのような暗褐色が頭上に広がり、ほのかな光源が浮かび上がらせる景色は、彼女の視界に無数の黒い塊を配置している。

 ただただ暗い場所。

 足元には微かに、コンクリートの上に引かれた白線が見える。

 街灯はない。

 ほとんど視界が効かないが目を凝らして横の黒い壁を見ると、どこにでもあるような石垣のように見えた。

 しかし、少しでも離れてしまうと、それらがなんであったのかさえ分からない、ただの黒い塊となってしまう。

 ただ暗いのとは訳が違うようだ。

 アアヤは周囲の警戒を怠らず、「迷宮」を歩き出した。

 カエデが言うには、ここは進めば進むほど危険度が増す場所だ。

 迷わないようにはしたいところではあるが、カエデの言葉を信じるならば、この「迷宮」が入り組んでいて危険というよりは、留まる時間が長ければ長いほど危険。

 少なくともアアヤはそのように解釈していたし、ヤマサカもそれについては否定しなかった。

 ただ、彼はアアヤが出向く時に「時間経過だけが引き金とは限らないからね」と聞き捨てならないことを言っていたのが気に掛かる。

「もうちょっと、明確に話してくれればいいのに」

 アアヤは暗い世界で、誰もいないことをいいことに、普段からの不満を吐き出した。

 文句ばかりを言っている暇もないので、アアヤの足はぼやきながらも進んでいる。

 ただ目測もなく歩いていてもどうしようもないものだが、ヤマサカの助言もあって今はとにかく進む。

 奥へ奥へ。

 進めば進むほど景色が変わる、なんてこともなく、しばらくは同じような暗い世界が続く。

 ヤマサカが言っていた、夜の森、という表現は驚くべきほどしっくりくるもので、脇目に見える黒い影はちょっと前に見たことがある気さえしてくる。

 あるいは本当に同じ場所をぐるぐると周回しているのかもしれない。

 まさに迷宮。迷っているかどうかすらも曖昧で、アアヤとしても判断に困っていた。

 このまま仕事を続けるべきかどうか。

 ヤマサカに助言を仰ぎたいところだが、あいにくとこの世界には電波は入っていない。

 情報が少ない。

 それに尽きる。

 アアヤは半ばやけくそ気味に、ニヒルな笑みを浮かべた。

 彼女はこういった行き詰まりを感じる時、どうしても冷静でいられないことを自覚していた。

 だから、なるべくは衝動的にならないようにはしているし、実際、普段はその通りにできている。

 だが、例外としている時もある。

 一つは、もたもたしていると人に危害が加わる場合。

 そしてもう一つが、

「あぁもう、燃やしちゃおうかな」


 イブツが絡む時だ。

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