第16話 オレル

流れに「いかだ」を任せつつ、周囲に注意を配っていると、玩具たちの折り重なるガラガラという音とは違うものが、絶え間なく聞こえ続けていることに気がついた。

 僕は、そもそもこの声を頼りに進んできた。いろいろと必死すぎて半ば忘れかけていたことだが、確かなことだ。


『………』


 それは意味をなしているのか、はたまた全くの無意味なのか、それすらわからない。

 ただ、どこかで一度は聞いたことがあるような奇妙な感覚があるだけ。

 玩具の流れは次第に緩やかに、しかし一つの方向に導かれるように流れ続けている。

 その声の元へ。


 目に写る景色が切り替わる。

 今まであった歪な住宅街は背後に流れゆく。

 開けた光景はまるで海。一面に広がる玩具の水面は時々、波打つように押しのけられ騒々しく音を立てる。

 何かがいるのだろうか。

 玩具の海の動きにそんなことを考えるが、確かなことは何も分からない。

 ただ、今や僕の目に映る景色は黒いもやに覆われたものではなく、はっきりとした像を結びつつあった。

 頭上に広がるのは陰りのない青い空。

 しかしその空を彩るのは太陽ではなく、巨大な目玉。

 煌々と輝き、直視することすらままならない。だというのに、それは目玉なのだということは認識できる。

 なんとも面妖な世界。

 今更だけれど。

 そして僕は少しずつ、その奇妙な世界の仕組みを理解しつつあるようだった。

 次第に像を結びつつあるこの景色がその証拠だ。

 何より、整合性のないはずの世界に、不思議と整合性を感じ始めている。

 それはどこか、忘れていたものが不意に思い返されるような、もともと知っていたものを見直しているような、そんな感覚に近い。

 こんな景色がこの世のどこにあるというのだろうか。

 そんなふうに自分の不自然な感覚に戸惑うが、そんな僕のことなど、どこ吹く風。

 僕を乗せた「いかだ」は、玩具の大海原を不敵に漕ぎ出すのだ。

 それはあたかも、冒険に繰り出す少年を乗せているかのよう。

 勇ましくも、無謀。

 不意に訪れる大波に大きく身体を揺すられて、僕は「いかだ」にしがみつく。

 玩具が押し上げられる音に加えて、木材の割れるような大きな音が鳴り、「いかだ」に致命的なダメージが与えられたことを知らせていた。

 近いうちに「いかだ」はバラバラにされてしまうことを直感し、僕はこの大波に飲まれる覚悟を決めた。

 次の瞬間、突き上げるような揺れがあったかと思ったら、僕の身体は大きく宙を舞っていた。

「へぐっ」

 気づいた時には背中から玩具の海に叩きつけられていた。

 舌を噛まなかったのは幸運だった。

 しかし、そんなことを安堵している暇なんてなかった。

 僕の身体にはどんどん玩具の波が覆い被さり、次第に空の色まで見えなくなった。

 重なる玩具の重みに圧迫され、息もできない。

 玩具の流れに巻かれ、最早どちらが上かも分からない。

 狭い。暗い。痛い。


 死ぬ。

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